パタゴニアの牧羊

羊の群れに向かうガウチョとボーダーコリー
パタゴニアの福利厚生制度はとても充実しているが、そのなかでもとくにすばらしいのは、環境保護グループでボランティア活動をする機会を与えてくれるインターンシップ・プログラムだ。ベンチュラ本社でエディターとして働いてきた15年間に、僕はウエスト・イエローストーンで野生のバッファローを追い、産業化したチリの森林の影響を目にし、ネバダ州北部のセージブラシ地帯の環境について学び、そして最近ではアルゼンチン領パタゴニアで2週間の〈ネイチャー・コンサーバンシー〉の草原プロジェクトに参加した。
牧羊はパタゴニア地方で最も一般的な土地利用法で、面積はカリフォルニアの3倍、そしてその大半は個人所有である。だが長年にわたる過放牧が草原を砂漠化させている。そこで草地の劣化を逆転させて生物多様性と淡水源を守るため、パタゴニアは〈ネイチャー・コンサーバンシー〉と、そしてウール製品のネットワーク管理/開発を手がけるアルゼンチンの企業オーヴィスXXIとパートナーシップを組んだ。
私たちの目標は持続可能な放牧プロトコルの普及を促進し、5年間でパタゴニア地方の草原1,500万エーカーを保護することだ。プロトコルは総体的管理形態を用い、この地方の原生動物である移動型グアナコとレアの伝統的な放牧パターンを模倣する。高密度の放牧とその後の十分な回復期に重点を置き、砂漠化を遅らせるだけでなく実際に草原を再生して、環境を改善することを目指している。パタゴニア社は持続可能な方法で育てたメリノウールをメリノ・ソックスやウィメンズ・メリノ・セーター、そしてメリノ・ベースレイヤー全品(2013年秋より)など、数々の製品に使用する。
2012年9月、僕は〈ネイチャー・コンサーバンシー〉のパンフレット制作のためにパタゴニアを訪れ、草原プロジェクトについて学んだ。パタゴニアはアルゼンチン本土の南部全体をほぼ覆いつくす半乾燥気候の低木高原地帯であり、南緯37度から51度のあいだの約673,000平方キロメートルに草原地帯と砂漠が広がる。この旅からの写真をいくつかご紹介しよう。

ナウエルワピ湖畔にあるバリローチェはコーディレラ山脈東側の観光地で、スキー、釣り、マウンテンバイク、登山など、さまざまなアウトドア・スポーツが楽しめる。〈ネイチャー・コンサーバンシー〉はこの町にオフィスを構え、草原プロジェクトを統括している。

地方色を帯びたバリローチェの裏道

バリローチェに到着して〈ネイチャー・コンサーバンシー〉のスタッフから暖かい歓迎を受けたあと、プロジェクトの詳細を聞いた。(左から右へ)カルロス・フェルナンデス(プロジェクト・マネージャー)、グスタボ・イグレシアス、バレリア・ブラン

翌日〈ネイチャー・コンサーバンシー〉のトラックに荷物を積んで、パタゴニア北部から牧羊地へと1,900キロのロードトリップに出た。

春先で、山にはまだ雪が降っていた。

4人チームの3人(左から右へ)ディエゴ・オチョア(ネイチャー・コンサーバンシー)、クリストバル・コスタ(パタゴニア・ブエノスアイレス店社員)、ジム・リトル(僕)。ネイチャー・コンサーバンシーのグスタボ・イグレシアス(写真未掲載)は気長に写真を撮り、トラックを運転し、自然史を詳しく説明してくれたうえ、随時マテ茶を用意してくれた。Photo: Gustavo Iglesias

つねに段取りがよいグスタボが次のマテ茶に備えて魔法瓶に湯を入れる。この地方のガソリンスタンドは顧客がいつでもマテ茶を飲めるようにと、湯が入ったタンクを備えているところが多い。

ヤーバ・マテ茶を片手に、iPhoneをもう片手に、クリストバル・コスタは新旧の道具を巧みに使いこなす。

数千キロの未舗装の道と有刺鉄線が縦横するパタゴニア地方。この道は最近持続可能な放牧プロトコルを導入した50,000エーカーの牧場エスタンシア・エル・クロノメトロへとつづく。

エル・クロノメトロの所有者はチリ在住のプロサッカー選手。牧場の自然環境を懸念し、昨年オーヴィスXXIとの協力をはじめた。羊は持続可能な放牧プロトコルのもと、エル・クロノメトロの草原再生に役立つ方法で管理されている。これは牧場主にも自然にも大きなメリットがある。

エスタンシア・エル・クロノメトロのこの辺りは、長いあいだ羊が草を食み放題だったが、このような状況は何百万匹もの羊が生息するパタゴニア地方各地で見られる。羊は好きな草を根元まで食べてしまうため草は枯れるかひどく弱り、表土は風や雨にさらわれ、やがて砂漠と化す。水は土中に染み込むかわりに流れ出し、炭素の吸収が悪くなり、そして原生動物のグアナコ(ラマに似たラクダ科の動物)やチョイケ(ダーウィン・レアとも呼ばれる大型の飛べない鳥)や羊が食べる十分な牧草がなくなる。

羊の目線で見る草原

グアナコは草食の原生動物で、写真撮影には望遠レンズが必要だ。持続可能な草原管理方法を理解するためには、かつてこの地方を駆けまわっていたグアナコの大群とダーウィン・レアの群れを想像してみるといい。種々の草を食み、排便をし、草を踏み、唾液を出しながら移動し、そして捕食動物に狙われないよう決して同じ場所に長くとどまらない。したがって過放牧による草原の砂漠化は起きず、むしろこれらの動物は土壌を肥やし、種子を運び、植物の根を丈夫にしていた。

フラミンゴは熱帯地方の鳥だと思っていたが、パタゴニアでは家畜とともに風景を飾る。

パタゴニア北部では春は羊の毛を刈る時期のため、巡回の毛刈り作業者たちがエスタンシア・エル・クロノメトロの小屋のなかで忙しく働く。ウール1俵は約180キロ。

毛を刈られるのを待つメリノ羊。オーヴィスXXIの選択飼育プログラムでは、パタゴニア製品に使用する非常に細いメリノウールを生産する。

小屋には電気刈り取り器の音が響く。1匹の羊の毛を刈るのに約3分。羊はうれしくはなさそうだが、ほんの数分仲間からはなれるのと、たまにチクッとするくらいで苦痛はない。

ウールはすべて同じではなく、長く細いものから短く粗いものまでいろいろある。これはトラック輸送されて工場で洗浄、コーミングされる前の未分類のウール。

上等な毛をなでるオーヴィスXXIの中心人物の1人パブロ・ボレリ。

パタゴニア地方のほとんどの牧場では、羊をウールと食用に育てている。

作業員が小屋で毛を刈るあいだ、チームリーダーは昔ながらの方法で昼食を準備。鋼鉄のような冷たい目と大型ナイフの閃光とは裏腹に、リーダーは非常に気前よくラムサンドイッチを分けてくれ、快く写真を撮らせてくれた。

ウールを脱がされた羊は、ふたたび草を食みはじめる。

そして俺たちは、羊を数えはじめる。