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森とともに

奥谷 陽子  /  2022年4月19日  /  読み終えるまで8分  /  アクティビズム

自伐型林業で森の再生を追求する元オリンピック選手。

「すごくきれいな年輪ですよね。この切り株で、時計を作ろうかなぁ、なんて思っています」と、自身の製作所で穏やかに話す湯澤丈人は軽井沢生まれのアーティスト。「たいてい1日中ここにいます。木を眺めながら、どのように新鮮な命を吹き込もうかと考える時間がいちばん幸せです」

全ての写真:遠藤 励

森という漢字は、大きさの異なる3つの「木」から成る。それは、森は本来、広葉樹と針葉樹とが混生する混合林であるということを表す。この均衡は国土の7割近くが森林で覆われている日本にとって、文字通り、重要だ。気象災害が頻発するいま、日本の森が全体論的にどのように機能してきたかは、これまで以上に意味をもつ。大型化する台風や大規模な皆伐で不安定になった土地が発生源となり、破壊的な土石流や土砂崩れがますます増加するなかで、林業における木は無視できない。それにもかかわらず、2000年には最後の林業高等学校が閉校し、大学の教科課程も林業から移行している。このことは、豊かな知識を有する林業家の未来世代はいつの日か存在しなくなってしまうかもしれない、ことを意味する。そのひとつの希望は、志を同じくする人たちが地域を自発的に創生することとなる、いま日本各地で広がりを見せている持続的森林経営、自伐型林業にあるのかもしれない。
私たちが無意識に壊してしまった森を私たちが回復させることは、可能なのではないだろうか。

森とともに

美しい清澄な空気と透明な自然美が、針葉樹と広葉樹の両方から溢れる軽井沢の森。

橋本通代さんがスノーボードハーフパイプでファイナリストとなったのは2002年のソルトレイク冬季五輪のこと。現役引退後は、福島県を拠点にKIRARAKAMP(キララキャンプ)を主宰する充足した日々を送っていた。「オリンピックが終わってからは燃え尽き症候群になり、脊椎を損傷する大けがもしました。でも子どもが大好きで、子どもたちとかかわることがしたくて」と言う通代さんは、子どもスノーボード教室を2003年に発足させ、キッズスノーボーダ―育成に全力で取り組んでいた。しかし2011年に東日本大震災が発生し、一家は移住の必要に迫られる。移り住んだのは、自然との高潔な精神的つながりと、自然と町とが融合する共生空間の繁栄に根ざした信念をもつ、雄大な浅間山の麓にひろがる美しい高原の町、軽井沢だった。そして通代さんにとって、それはまた予期せぬもうひとつの道への再生でもあった。回復させることは、可能なのではないだろうか。

通代さんはこう話す。「軽井沢に引っ越してきたとき、スキー場の町の夏はたいてい閑散としているのに、軽井沢にはこんなに人がいて活気があるんだと驚きました。そして思ったんです。ここでなら雪のないグリーンシーズンも何かできるかもしれない……と」

そしてその3年後、友人でカヌーのインストラクターの宮崎聖さんを通して、自伐型林業と出会うことになる。繁忙期が8月しかない四万十市で、宮崎さんは副業でコテージを経営しながら自伐型林業に従事していた。そこにある自然を、外から来る人のための観光だけではなく、そこに住む者の資産、つまり生きていく資本や基盤として考えているという宮崎さんの言葉に、通代さんはハッとさせられた。

森とともに

仲間のひとりである湯澤丈人とともに、「キララビレッヂプロジェクト」で創ろうとしている未来について話す元プロスノーボーダーの橋本通代。「地球や自然にとってのいちばんの害は人かもしれませんが、人ができることをあきらめたくはないのです」

「令和2年7月豪雨」による熊本県の球磨川の氾濫は、破壊的な土砂災害を誘発した。これは森林の大規模な皆伐により、森が保水力を失って表土がむき出しになったことに起因すると、多くの専門家が指摘している。大規模な皆伐はそれ自体が生態系にとって破壊的というだけでなく、近年は気候変動の影響で台風の規模も大きいため、土砂災害の脅威がさらに強まっており、こうした災害による未来は私たちの手には負えない状況となっていくだろう。

そして多くの意味で、その未来はすでに来ている。

「問題の多くは山を一気に伐採する皆伐にあることが多いです」と指摘するのは、林業のプロフェッショナルであり長年山に生きてきた、自伐型林業のパイオニア的存在の熊崎一也氏だ。林業就業支援事業の長野県地域アドバイザーでもある熊崎氏は、こうつづける。「ですが皆伐がすべて悪いのではなく、そのために伐採業者が大型の重機を使い、知識や技術の不足により、道を開けてはいけないところに作業道を作ってしまう点に問題があるのです。再造林をしないことも問題のひとつです」

日本の森林が気候変動を完治させることはできなくとも、健全な森林は土地にとっての強力な療法となる。そして森を救おうとする地域を元気づけることで、結果的に人間の生き方も健全になる。自伐型林業の取り組みはその両方に対処する。

森とともに

森という教室に入る林業希望就職者たち。自身もチェンソー、伐倒・造材・作業道開設を習得した橋本通代は、新規林業就業者を増やすことを目的に、軽井沢町で林業研修を開催しつづけている。

自伐型林業というのは、個人または少人数のグループで行う自営型の林業のことであり、その基盤となるのは、地域の人が地域の森林に必要な手を入れて豊かな森を育てるという考えだ。自伐型林業の講習を受けた林業従事者は、山林所有者から山を借りて、木材の伐採や搬出をする。都市から地方への移住という動きが広がりつつあるなか、地方の山村地域では、誰もが林業に参入しやすくするための入り口を作りたいと考えている。自伐型林業は、山村地域を復活させ、森を復活させることとなる。

「それは、いわば日本でかつて営まれていた、混みすぎた林の間伐や択伐を主とした家族経営の、小さな林業を再生するということです」と熊崎氏は言う。「あまり余計な経費がかからないため採算が合うばかりか、近年頻発している土石流等の災害誘発のリスクを防ぐこともできます」

森とともに

軽井沢の代表的な樹木であるカラマツは日本特産の落葉針葉樹であり、春の芽吹きや秋の黄葉など四季を通じた趣がある。日本各地で植林がされているが、その苗木の多くは浅間山の天然カラマツの種から作られている。

「多くのアスリートにとって、セカンドキャリア構築は大きな課題です。また同時に滑り手にとっては、雪のないグリーンシーズンの活かし方も課題です」と通代さんは言う。「私にとっては、自伐型林業がその答えでした」通代さんは軽井沢をモデルとすべく、2018年夏に友人とスノーボード関係者とともに、自伐型林業に興味をもつ多くの人たちのためのフォーラムを実施すると、自伐型林業をスノースポーツにどのように取り入れるかについて、多彩なパネリストをはじめ、6都道府県からの約60名の参加者と意見交換を行った。

2021年には、自分たちが滑る山を守りたいと、キララビレッヂプロジェクトに着手。スノーボーダーという森の恩恵を受けたスポーツに携わるアスリートとして、持続可能なその森の管理を地元地域にもたらすこと、そしてスキー場のグリーンシーズンの活用を構築することがその目的だった。熊崎氏らの手を借りてプロジェクトのひとつ、キララの森の整備にいま取り組んでいる。誰も手を入れなかったために鬱蒼と暗かった南軽井沢エリアの森に必要な間伐を行い、トレイルを整え、森のオブジェで飾る。それは歩行者や訪問者が楽しむことのできる、季節の葉越しに光が漏れさす美しく温かい森へと姿を変えるだろう。さらに、サステナブルなスキー場となるべく遊休地を間伐し、夏季に活用することを発表した軽井沢プリンスホテルスキー場のプログラムにも、今後関わることになっている。

森とともに

湯澤丈人によって描かれた、2023年完成予定のキララの森のイラスト。森の向こう側の公園までトレイルを整備し、遊具やベンチをできるだけこの森で出た素材で作ることで、地域を活性化させ、森を循環させる。

通代さんの行動はしずくとなり、その波紋は軽井沢町に住む志を同じくする人たちへと静かに広がっている。そのひとりが軽井沢生まれのリユースアーティスト、湯澤丈人さんだ。「幼いころ目にしていた生き物はいなくなり、風景は変わりました。でも人の手で壊した自然だから、人の手でなおすこともできるんじゃないかと思うんです」と、ゆっくりと言葉を選びながら話す湯澤さんは、国内の著名な大規模プロジェクトにも多く携わる空間プロデューサーの肩書きをもつ。釘やビスといった小さな材料までも捨てない湯澤さんの、町の西にある自然光の温かな光に包まれた製作所には、さまざまな建築廃材や資材などが所狭しと、けれども美しく整然と置かれ、楽しげにその出番を待っている。木という素材をとりわけ大切にする湯澤さんは、刈払で出た小径木や枝や蔓などを使ってキララの森の空間を演出している。「キララビレッヂのシンボルとなる昆虫などの生き物のオブジェを作り、森を飾っています。ペンキなどは塗りません。その森のものだけで何ができるか、どう演出するか……。それらはみな最終的には朽ちて、土に還ります」

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観光としての森、林業としての森、住居としての森、生態系としての森が共存し、バランスを取っている軽井沢の森。浅間山噴火後の植林や植生遷移により、いまでは町の面積の60%ほどが森で覆われている。

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