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野生の海、守られた土地

マヌエル・フェルナンデス・アロヨ  /  2023年8月17日  /  読み終えるまで11分  /  カルチャー

ミトレ半島は、献身的なコミュニティの活動により守られている。

最近、自然保護区として宣言がなされたミトレ半島で数日間の探検を終え、足を伸ばすフェリペ・カンシーノ。アルゼンチン、ティエラ・デル・フエゴ Photo: Rodrigo Manns

私にミトレ半島を案内してくれたファンとナチョに捧げる。

2022年12月6日、ティエラ・デル・フエゴの立法府は、南アメリカ大陸の最南端にミトレ半島自然保護区を設ける法律を満場一致で可決した。この宣言は、30年以上におよぶ努力の結果であり、陸地の中で重要な炭素吸収源である泥炭地の保護は、世界的に意義のある地域コミュニティの偉業となった。

ミトレ半島にまつわる私の物語は、いまから10年前、処女作『Finibusterre: Latitud 55° Sur』(フィニバスターレ:南緯55度)の撮影で、パタゴニア研究調査団に所属する友人のファンとイグナシオに連れられ、この地を訪れたのがはじまりだった。そのときはじめて、この魅惑的な土地を知り、私の記憶に刻まれた。ミトレ半島は、道路の終わりからはじまるのだ。

ミトレの最南端の最も突出した入り江、バイア・アギーレに着いた時のことを覚えている。廃業したプエルト・エスパニョール牧場の跡地に近づくにつれて、ボンプランド川の川幅が広くなっていった。野生馬の群れが長いたてがみを風になびかせて川を渡るのが見えた。その様子から川の水深を推測し、私たちの渡渉地点として最適かどうかが判断することができた。目的地にたどり着くために服を着たまま川に入る。続いて、現在は避難小屋として利用されている牧場の古びた建物にある暖炉の心地よい暖かさへ直行した。

野生の海、守られた土地

秋、ボンプランド川河口の降雪。ミトレ半島バイア・アギーレ、プエルト・エスパニョール Photo: Joel Reyero

ミトレ半島の景観では、山が海にぶつかり合い、予測できない潮の満ち引き、通り抜けできない鬱蒼とした森、不確かなトレイルなど絶えず別のルートを探し続けなければならない。そこは驚くほど多様な種が共存する自然環境で、生き物は通行人を興味深げに凝視する。そんな土地を私たちはドン・ペドロ・オストイッチのようなかつての住人の物語を収集しながら、31日間歩き回った。彼は20世紀前半、特に最初の12年間は全くの独りきりで、その後の8年間は妻と共にこの地で暮らした。ドキュメンタリーの中では、地球の片隅で過ごした20年の物語を伝えるために彼が自ら録音したテープから、その肉声を聞くことができる。「今ではこれらの牧場は閉鎖され、手つかずの自然が人間にいたぶられないように自己防衛している」年配のフエゴ島民の独特の口調で、ペドロは「いかなる採掘の企ても没落する運命にあるらしい場所」と表現した。

野生の海、守られた土地

フェリペ・カンシーノは、ミトレ半島の鬱蒼とした森を抜けて最善の道を探る。Photo: Rodrigo Manns

1984年以降、さまざまな政府機関、市民団体、学術・研究セクターが、半島を保護し、その遺産価値を守ろうと模索してきた。ティエラ・デル・フエゴがまだ州ではなかった1989年にさかのぼってみれば、地域ミュージアムの初代館長オスカー・ザノーラが、文化・自然保護区の設置を提案している。その後、紆余曲折を経て2017年に、ティエラ・デル・フエゴ州政府は、ミトレ半島とロス・エスタードス島周辺海域の保護を含めた新たな環境プロジェクトを共同で企画しようと、複数の機関や地域団体を招集した。2020年12月、同州はミトレ半島の環境的・自然的・文化的な関心を宣言した。こうして政治的には、この領域で景観を害する行為がなされないように、当面の生産活動から保護する法律を制定する道が開かれた。

その間に、ティエラ・デル・フエゴの地域社会は、半島の保護によりいっそう尽力するようになった。ここ数年、政策立案者は学生と学者の両方がこの法律の重要性を擁護するのを見てきた。各種環境団体の献身的活動は、実現に向けて声を上げる人々を募る重要な役割を果たし、やがて地域社会はミトレの文化的・環境的価値の主要な擁護者になった。欠けていたのは、まさしくそれだったのだ。法律の可決が30年以上も遅れてしまった唯一の原因は、保護すべき価値への認識不足だった。

野生の海、守られた土地

上:勝利のハグ。各環境団体のメンバーや地域の代表者らは、ミトレ半島自然保護区の法律が署名される歴史的瞬間を目撃した。ティエラ・デル・フエゴ州ウシュアイア

下:ミトレ半島の保護は、地域の努力と市民の勝利だった。子供も大人も、学者も一般人も、それぞれの役割を果たした。Photos: Joel Reyero

ミトレの環境史を調査している間に、何人かの現地のアクティビストと出逢った。その1人が、半島で山とフィッシングガイドをしているフエゴ島民のナウエル・スタウチだ。ナウエルは自身のアクティビストとしての原点は、「馬に乗って一帯を散策し、釣りをして、そしてこの素晴らしい場所をできるかぎり隅から隅まで歩いて回った長年の結果として生じたこと」と言った。

彼にとって、「法律が承認されたことで、保護に必要な枠組みができ、州がこの場所でより積極的な存在感を示すことになれば、私たちが個人としてそれを引き受ける責任を負わなくてすむ」ただし、今後について彼は慎重だ。「ミトレ半島自然保護区を確かなものにするために、地域社会が今後数年間になすべきことはまだたくさんある」。

ナウエルのように、多くのフエゴ島民は、ここで生まれた人も、居住権を得た人も、活動団体のメンバーであろうとなかろうと、有志のグループであろうと、あるいはこの土地とのつながりにつき動かされた個人であろうと、帰属意識を育むようになった。それはこの半島に独特のアイデンティティをもたらし、その住民を、その人なりの形で支持者に変えてきた。こうした心情的な関係性が「エル・パイサ」(同郷人の意味)のような独特の気質を生んだ。エル・パイサとは、ミトレ半島に長年住み、この場所の不思議な雰囲気に魅了され世界中から訪れる人々を、自分の牧場で気前よく歓迎する地元民のことだ。

『Finibusterre: Latitud 55° Sur』が公開されたのと同じ年の2016年、半島の大西洋岸のプラヤ・ドナータで19世紀の食器が発見されたことで、考古学的キャンペーンが行われた。私はキャンペーンの撮影に呼ばれ、こうして2作目のドキュメンタリー「Patrimonio Fueguino: Rescate en Playa Donata」(フエゴの遺産:プラヤ・ドナータの救出活動)が誕生した。

マルティン・バスケスは、ミトレ半島で20年近く研究を行っている考古学者だ。同僚のフランシスコ・ザングランドと共にキャンペーンに招かれ、それを機会に、かつてこの地を占拠した人々について研究を深めることにした。「海難事故に関する現地チームとのあらゆるコラボレーションに、私は夢中になりました」ドキュメンタリーの撮影旅行中のインタビューでマルティンは語った。「この一帯の海難事故の多くは、ハウシュとよばれる狩猟採集民が居住していた時代に起きている。これらの狩猟民グループは、海難事故の遺留品の多くを活用していた…そうした例は多くないため、考古学的な見地から、とても興味深いケースです」

ミトレ半島の文化的価値は計り知れず、それは内陸や沿岸に見られる自然の多様性を補完している。動体視力の良い人ならフイリン(チリカワウソ)を見つけられるだろう。この人懐っこい肉食獣は、絶滅危惧種であり、生息環境の生態学的バランスにとって極めて重要だ。さらに、大型藻類の群生や広大な泥炭地など、この半島の沿岸海洋環境は、地球の健康にとって欠かせない生態系である。

野生の海、守られた土地

地表面の上下で、ミトレ半島の森は、炭素を閉じ込める役割を果たし、我々の故郷である、この惑星の健康に貢献している。Photo: Rodrigo Manns

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ミトレ半島の最東端カボ・サンディエゴの藻場は、成長すると100フィートにもなる藻類の生息地だ。Photo: Joel Reyero

そうした原生の自然が、2018~2021年にかけて、私の制作会社であるエル・ロンぺイエロス社の友人らと共に撮影したドキュメンタリー「Hostil」(敵対)のテーマだった。フェルナンド・ウルダピレタが監督したこのドキュメンタリーは、気候変動と闘うための解決策を提案しようとするものだった。氷河の専門家と相談し、私たちはエンジニアで、水文科学者で、ティエラ・デル・フエゴの水資源を知る数少ない学者の1人、ロドルフォ・イトゥラスペに面会した。そこで私たちは泥炭地の価値について知り、そして再び、半島に足を踏み入れた。

ミトレがアルゼンチンで最も重要な炭素貯蔵地であり、このタイプの広大な湿地が気候変動を緩和する可能性があることで知られている。

野生の海、守られた土地

バイア・バレンティンで、クルーが船上から昆布の密生地へ飛び込もうとする数分前のクサル号。全長50フィートのこの船は、ミトレ半島の保護チームが試験的キャンペーンで使用したものだ。Photo: Joel Reyero

「泥炭地のメリット、つまり生態系への貢献は多岐にわたっている。最も知られているのは、その地球規模の性質であるが故に、炭素の循環を、それによってひいては気候変動をコントロールできることだ」。前述の「Hostil」の中でロドルフォが語っている。「そのような認識があると同時に、それらの生態系を劣化させる泥炭の使用が数多くあるために、世界的な懸念も存在している」。これらの湿地の採掘について彼は次のように結論をまとめている。「泥炭の持続可能な採掘などあり得ない。泥炭の再生には数千年かかるのだから」ロドルフォは、ティエラ・デル・フエゴには、調査済みの泥炭地が27万ヘクタールあると言う。その90%はミトレ半島にあり、泥炭地やラグーンの景観を、彼は別の惑星のようだと表現する。

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ミトレ半島バイア・アギーレ、ボンプランド川河口。Photo: Joel Reyero

野生の海、守られた土地

泥炭が地球の健康に及ぼす効能については、かなり多くの研究がある。しかし、その表面の細部が、しばしば妖精の物語に値するような風景を模写していることは、皆が知っているわけではない。Photo: Rodrigo Manns

地元のさまざまなアーティストや創造力に富んだ人々が、こうした特別な風景を使用して、自身の活動を伝えたり、ティエラ・デル・フエゴの土地や人々について世界に知らせたりしており、半島の保護を推し進める上で重要な役割を果たしている。フエゴの泥炭地の細部に焦点を当てたドキュメンタリー・フォトグラファーのルハン・アグスティの仕事もその1つで、自身がミトレ半島を探求するに至った記録写真である。彼女によるとそこは「私たちの惑星で最も偉大な宝物の1つ」だ。彼女の世界的に名高いプロジェクトは、これらの環境を保護する重要性をテーマにしている。彼女は保護法を巡る議論を通じて、地域の人々の多くが、この場所についてよく知るようになったと考える。「知ることによってこそ、人は自身が住む土地を守るべき責任を理解することができる」ルハンにとって、自然保護区の創設は「現地や現在にとどまることなく、後世や世界中の人々にとって、大きな行動を意味する」

「Hostil」には、保護活動家のクリス・トンプキンスも登場し、人間が自然からどれほど切り離されているかを懸念している。「人々はスマートフォンやコンピュータに没頭している。最近では、外へ出て探検しようという発想は後回しだ。自分が住んでいる土地を知らないことは、人間が社会的・文化的に直面する危機の1つではないか」と彼女は言う。「人は知らないものを愛することはできない」

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フェリペ・カンシーノが南から北へミトレ半島の探検から戻る頃、潮位はピークに達しようとしていた。Photo: Rodrigo Manns

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左:赤いタコは休息を求めて海藻にしがみつく。
右:赤ウニは、ミトレ半島の昆布の藻場で繁栄する多くの種の1つだ。Photos: Joel Reyero

私がミトレ半島を知るために費やした時間、そこで出逢った人々は、私たちが自然環境にもっと多く、もっと深く関わり、その保護をより意識すべきことを思い出させてくれる。信じがたいことだが、ミトレ半島を保護する法律は、皮肉なパラドックスの渦中に可決された。自然保護区の指定がなされようとしていた時に、人間の無責任な失火のせいで、どう猛な山火事がこの地方の生物多様性に修復不可能な損失を与えた。数千ヘクタールの自然の森が消滅した。それはこの地球を慈しむためにどれほどやるべきことがあるかを知らせる警鐘だった。

ティエラ・デル・フエゴの地域社会は、この地球の健康と、私たちのすべてに貢献する自然の宝物を保護することを決定した。この土地が生態系にもたらすメリットを思えば、それは世界的に意義のある地域社会の偉業である。そこは手つかずの自然に浸りたい全ての人々のために保護すべき場所なのだから。果たして未来の世代は、このような場所をいくつ知ることができるだろうか。

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歴史的勝利の立役者達。ミトレ半島自然保護区を創設する法律の承認後、各環境団体のメンバーや地域の代表者らは、その喜びを永遠にとどめた。Photo: Joel Reyero

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