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山を滑る女性スキーヤーたちの想い

尾日向 梨沙  /  2022年1月20日  /  読み終えるまで10分  /  スノー

福島のり子、佐藤藍、大池朋未の3人の女性スキーヤーによる「山女子部」。結成の背景から、活動、山に生きる女性たちの暮らしを探る。

自然の中に身を置くことが何よりも好きな山女子部の3人。写真:中田 寛也

バックカントリースキーは、知れば知るほど虜になる滑り手が多い一方で、そこに費やす時間、体力、経験値、金銭など求められるものも多く、一定のスタンスで継続することは容易ではない。特に20〜30代の女性にとっては、生活環境の変化が、山に向き合う時間に影響することもあるだろう。

「限られた時間の中で、とことん山に向き合いたい、スキルを高めたい」。そんな強い想いを抱いた女性スキーヤーたちが集まり、共に経験を積んでいこうと2014年に結成されたのが「山女子部」だ。

メンバーは、スキークロス選手としてワールドカップやオリンピック出場経歴を持ち、山にも通い続けている3児の母・福島のり子、キルギスタンやモンゴルなど僻地への遠征や国内外のさまざまな山にチャレンジし続ける佐藤藍、アルゼンチンやカナダ遠征をはじめ、フリーライドスキー大会での優勝経験や大会運営にも力を注ぐ、大池朋未の3人。

彼女たちは、ライダーとして多くの人にスキーの楽しみを伝える伝道者であり、今もなお純粋に山が好きな女子スキーヤーである。

山を滑る女性スキーヤーたちの想い

アルペンレース、スキークロスで培った総合滑走力の高さが持ち味の福島のり子。写真:中田 寛也

のり子は長野県白馬村の『ロッジ やまじう』、藍は新潟県湯沢町の『レイクサイドロッジ』、朋未は長野県小谷村の『ロッヂ チャミンゴ』と、3人とも雪国出身で、宿泊業を営む家に生まれ育った。幼い頃からアルペンレースに打ち込んできたという経歴も3人の共通点である。

選手としてがむしゃらに練習をしたり、スノーボードをしたり、東京に暮らしたりと、それぞれのバックボーンから、行き着いた先は自然そのままの雪山を滑るスキースタイル。

しかし、バックカントリースキーの世界は男性愛好者の方が圧倒的に多い。彼女たちはプロスキーヤーやプロカメラマンとともに滑る機会には恵まれたものの、男性スキーヤーについていくことはハードルの高いものだった。

「バックカントリーを始めた頃は、グループで山に上がっても女性は私ひとりのことが多く、道具に慣れずに遅れをとったり、圧倒的な経験値の違いや体力に差があり、楽しさの中にも焦りと申し訳なさがあった」

そう話すのは、高校〜大学時代に国体出場までしていながら一度スキーから離れ、数年間のブランクから戻り、フリーライドの世界に導かれた藍。そんな中、バックカントリーでシューティングをしたり、アラスカの急斜面に挑戦したりと力強い滑りに憧れていた、のり子と友人の紹介にて意気投合。さらに、白馬・小谷エリアで紅一点頑張っていた朋未も誘い、女性3人で自分たちの経験値を上げようと活動を開始した。

山を滑る女性スキーヤーたちの想い

山を滑って転んだ時に子供の頃の楽しかった記憶が蘇ったという佐藤藍。写真:中田 寛也

初年度は「山女子部」という名の通り、まさに部活動そのもの。限られた時間の中で3人の予定を合わせ、雪山に通い詰める。11月の立山に始まり、12月かぐら、1月谷川岳、2月白馬、3月野沢温泉、4月蓮華温泉、5月かぐら、6月の立山で締めくくりと、行程の長さや濃度はまちまちだが、何度も山に通うことで格段に3人のスキルは上がった。

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春の北アルプス。ピッケル、アイゼンを駆使するロングハイクに挑む。写真:松尾 憲二郎

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部活だから難しいコンディションもあれば、最高に良い時もある。小谷村のツリーランを笑いながら滑る。写真:松尾 憲二郎

山を滑る女性スキーヤーたちの想い

リスク回避や判断力、ルート選択などなど、実際に体験しないと学べないことばかり。写真:松尾 憲二郎

「最初の頃は、山にドライヤーを持って行ったり、ザックに食料を詰め過ぎたり、忘れ物をしたり、凍ったシールにお茶をかけて溶かしたり、と失敗だらけ(笑)。私は怒られてばかりだったけれど、男性に頼らず女子3人で挑戦する過程がとにかく面白かったし、失敗から多くを学びました」

と振り返るのは朋未。3人は年齢順に、マイペースだけど器の大きい長女・のり子に、親分肌でしっかり者の次女・藍、末っ子キャラでいつも明るくみんなを笑顔に巻き込む三女・朋未と、三姉妹のような絶妙なバランスを保つトリオなのである。

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過酷な環境でも3人でなら笑って乗り越えられる。写真:松尾 憲二郎

2年目の冬、早速人生の転機がやってきた。のり子が2月に双子の出産を控えていたのだ。3人揃っての山女子部でなければ意味がない。この年はできることをやろうと考えついたのが、同じような悩みを抱える女性スキーヤーたちを対象としたキャンプ&ツアーだ。

ただし、お客さんは彼女たちに手取り足取りサポートしてもらい、良いコンディションの斜面に連れて行ってもらうといういわゆる“ガイドツアー”ではない。「山女子部」としてのスタンスを大切に、“私たちと一緒に”バックカントリーでのテクニックやスキル、知識を深めていきましょう、というもの。

男性の多いツアーではついて行くのに精一杯だったという人や、一緒に滑る仲間を探していた人、山で滑るテクニックを磨きたい人など、女性スキーヤーたちが気兼ねなくステップアップできる場として、人気を集めた。

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数々の山行で得た経験を生かし、女性スキーヤーたちと共有する。写真:松尾 憲二郎

その後、朋未が怪我をしてしまい雪上に立てないシーズンや、藍の宿泊業の拡張、のり子の3人目の出産など、それぞれの人生の節目で、初年度のように3人揃って積極的に山に通うのは難しくなった。しかし、1年目の大きな経験が3人の根底には流れ続けている。

山女子部は、ありのままの自分たちであり続けることを大切にしている。ひとり欠けても無理のない範囲でキャンプやツアーを開催しつつ、できるだけ3人で集まり、情報交換をしたり、一緒に滑ったり、山に向かう気持ちを共有し続け、8年が経つ。

「宿の仕事に自分の仕事に、子育て。歳を重ねる毎にどんどんやることが増え、冬の間は本当にバタバタでバランスを取ることの難しさを感じています。そんな中でスキーは心の支え。どんなに忙しくても、目の前のゲレンデで数本でも滑ることで心のバランスが取れる」

そう話すのは、三児の母となった、のり子。妊娠中の滑れない期間のキャンプ運営では、山女子の事務業務とロッジでのサポート側に回った。現在、成長した子供たちは一緒にキャンプに連れて行き、ゲストとの時間も共に過ごす。母が楽しんで滑っている姿を見ることで、子供たちもスキーが大好きになった。

末っ子体質の朋未は、不慣れなキャンプの運営やハードスケジュールで足を引っ張ってしまうこともあった。

「キャンプをスタートさせた頃は、何度ももう無理!やめようと思いました。でも拓磨(旦那でありプロスキーヤー大池拓磨)が背中を押してくれたり、自分も宿業を始めるようになって、山女子で学んだことの大切さがわかってきました」

三女朋未は、ゲストの癒しでもあり、山女子部の明るい空気感を保つのに欠かせないムードメーカー的存在だ。

山を滑る女性スキーヤーたちの想い

白馬や小谷の急峻な斜面や南米への旅などを通して滑走技術を磨いてきた大池朋未。写真:中田 寛也

山女子部のキャンプ参加者が、彼女たちから受け取るものは、スキー技術や山で役立つスキルだけではない。それぞれの宿で開催されることの多いキャンプでは、その暮らしぶりを垣間見ることができる。

宿で提供される料理は、自家製の野菜で作ったものがほとんど。味噌やジャムなど加工品も手作り。自分たちで集めてきた薪を燃して暖を取る。室内のインテリアとして飾られているドライフラワーやリースも、山から拾ってきたものだ。

親の代から続く宿業を引き継ぎ、リノベーションをしたり、自分たち色に創作してゆく3人。ボイラーが壊れた自慢で盛り上げるところも、畑で採れた大量の野菜をいかに保存食にするか各宿で実践している知恵を出し合うことも、3人ならではの会話であり、お互いが近い環境を共感し、良いところを盗み合うことで良い関係性が保たれているのだろう。

山を滑る女性スキーヤーたちの想い

夫婦で白馬乗鞍のゲレンデサイドのロッヂを切り盛りする朋未。

自然の中に身を置く時間が長いからこそ、自然環境への敬意の気持ちも強まってくる。エコやSDGsなんて言葉が生まれる前から、当たり前に自然に優しい暮らしを彼女たちは実践してきている。小谷村のゲレンデサイドに暮らし、夏はプライベートキャンプ場を営む朋未は言う。

「昔は都会への憧れも強く、東京で暮らしたこともあるけれど、帰ってきてから山の暮らしの豊かさをものすごく感じるようになりました。自分たちで作った野菜や採ってきた山菜やキノコを食べたり、四季の変化を感じたり。余計なものは買わなくなったし、ゴミ拾いをしたり、生ゴミはコンポストを活用したりと、自然と環境に配慮した選択をするようになりました」

のり子は家族総出で畑仕事をしたり、代々伝わる山の伝統食を仕込んだりと、本格的だ。

「先人の知恵をそのまま引き継いでいるという感じですね。近くに山があって、畑があって、田んぼがあって。うちはまだ両親が現役だから、郷土料理や食材の保存方法など、今のうちに学んでおきたいし、自分もそうだったように子供たちに里山暮らしの体験をたくさんさせたい。夫(福島格)とともに運営するアウトドアガイドサービスで、多くのゲストに白馬の自然の素晴らしさを伝えることもとても大切だと思っています」

山を滑る女性スキーヤーたちの想い

グリーンシーズンは湖や川でSUPのガイドツアーなどを運営するのり子。

なんでも手作業、手作りでお客さんをもてなしていた父の背中を見て育った藍は、一般的には男性が行うような野良仕事もすべてやりこなす。宿業やイベントの空間づくりのための、草刈りも薪割りも重機の操作も、大工仕事もお手の物だ。

「夏には『勝手にガーデン』というクラフトマーケットや音楽ライブを庭で開催しています。手で作る、物を大切にする気持ちを尊重したく、自分の手で作るワークショップや、体に優しい飲食店の出店、川遊びや焚き火などの自然体験ができます。田舎はお金に変えられない豊かさがある。自分自身でさまざまな経験をしているからこそ、お客様にも自然の中に身を置くことの楽しさを少しでも感じ取ってもらえたら嬉しいですね」

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自分で手入れしているロッジの庭の前で、毎年、夏に開催している「勝手にガーデン」。

子供の頃から続けてきたスキーが彼女たちを果てしなく大きな山の世界へと連れ出し、自然と共存する暮らしへと導く。3人にとって、山を滑ることは日常であり、暮らしの一部。生命力にあふれた彼女たちの生き様は、スキーの楽しさだけでなく、自然の尊さを伝えてくれる。

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2018年富士山でのひとコマ。写真:中田 寛也

山女子部初年度、立山の後は富士山や、北上して東北や北海道の山々を詰めようという計画もあった。それぞれのターニングポイントで持ち越しとなっていた富士山は、4年後にようやく実現。女性ならではの転機を迎えてもお互い支え合い、時間はかかっても「やめる」という選択肢は取らず、目指す山々への想いをじっくりと温めている。多忙すぎる3人だけれど、それが彼女たちのリアル。これからも部活動は続く。

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