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反乱を起こす水

明日香 壽川  /  2023年3月28日  /  読み終えるまで10分  /  アクティビズム

映画『ニュートック』から日本を考える。

2016 年 10 月 9 日、ニュートック。ベアリング海からの嵐がニュートックを襲ったあと、住宅と浸食線との距離を測定する村の管理者のトム ジョン。村は一度の嵐で 約5メートルの土地を失った。2017年3月、ジョンはアザラシ狩りに出たあと行方不明になる。彼の遺体は発見されなかった。写真: Andrew Burton and Michael Kirby Smith

いま、起きていること

アラスカのベーリング海沿岸にある小さな村、ニュートックは、米国で気候変動によって最初に移住を迫られる土地だと言われている。映画では移住にともなう多くの喪失がていねいに描かれており、家族の別れの物語でもあった。喪失は、故郷や家族だけではない。文化や言葉、そしておそらく民族そのものも喪失されていく運命にあることを映画は示唆している。自分の親や子供や未来のことを思い、つい感情移入をしてしまい、見ていて辛い場面も少なくなかった。

気候変動の被害に関しては、海面上昇や浸食のようにゆっくり進むもの(それでも映画で明らかにされたニュートック村での浸食は1週間で数メートルとものすごく速い)と、暴風雨、洪水、干ばつのように急激に進むものの二つがある。映画は、おもに前者の被害の実態を、アラスカの荘厳な自然とともに、しずかに、ゆっくり、そしてリアルに映し出していた。

じつは、気候変動の研究者としてこの映画を「分析」すると、「これは世界で最も豊かな国であるアメリカの、極めて恵まれたケースなのではないか」という醒めた感想ももつ。

ここ数年、この後者の被害である干ばつ、洪水、山火事などにより、直接的、あるいは間接的に多くの人の命が失われている。とくに、長く干ばつがつづく東部アフリカ3ヵ国(エチオピア、ソマリア、ケニア)は深刻だ。戦争による穀物や化学肥料の価格上昇もあり、昨年10月に現地入りしている国際協力団体Oxfamは、「36秒に一人が飢餓で死亡している」という報告書を出した。ごく最近では、2023年3月、アフリカ南部のマラウイやその周辺の国で、サイクロンにともなう大雨で200人以上の命が失われた。このうち最も被害が大きいマラウイでは190人が死亡し、1万9000人以上が避難を余儀なくされた(NHKニュース 2023年3月15日)。

このような異常気象は世界の多くの地域で見られ、飢餓と大量の避難民を発生させることで、さまざまな紛争にも結びついている。同時に、エネルギー、資源、水、食糧は、紛争の当事者によって戦略的な武器としても使われている。

反乱を起こす水

2017 年1月、アラスカ州ニュートックの村、そしてユーコン・クスコクウィム・デルタに冬が訪れる。ユピック族が何千年も住みつづけてきたアラスカ西部の地域は、間違いなくミシシッピ・デルタに匹敵するアメリカのデルタで最大の川であり、また世界最大の渡り鳥の生息地のひとつでもある。写真 : Andrew Burton and Michael Kirby Smith

気候変動難民

国際社会が気候危機という言葉を使うようになった大きな背景の一つには、気候変動が安全保障問題だという認識が強まったことがある。実際に、米国国防総省は、気候変動が米国の安全保障に与える影響に関するレポートを1990年代に出している。しかし、大きく国際社会の認識を変えたのは、2015年にシリア難民と気候変動を関連づけた論文だと私は考える。

この論文は、シリア難民問題が発生した大きな要因の一つとして地球温暖化がある、という内容だ。それによると、温暖化によって2006〜2010年に史上最悪と言われる干ばつが発生し、アサド政権が水を大量に必要とする綿花栽培を奨励したことも重なって、地下水の枯渇、農業生産量の3分の1減少、ほぼすべての家畜の喪失、穀物価格の高騰、栄養不良による子供の病気蔓延が起きた。その結果、すでにイラク難民であふれていた国境沿いの都市に150万人以上のシリア農民があらたに難民として流入し、まさにこのような都市で2011年の「アラブの春」につながる反政府革命暴動が勃発した。このような因果関係の傍証として、人為的二酸化炭素(CO2)排出を考慮した気候モデルによるシリアでの気温上昇・降水量減少の予測値と観測値の一致や地域別の細かい時系列分析を行った研究が使われた。

もちろん、人が国を離れて難民となる理由はさまざまであり、直接の因果関係をはっきりさせるのは容易ではない。上記の論文に関しても、多くの批判が出た。しかし、現在数千万人が気象災害で家や故郷を失っているのは紛れもない事実だ(国連難民高等弁務官事務所は年間約2150万人としている)。そして、このまま温暖化が進めば、被害が拡大することは、とくに科学者ではなくても、わずかの想像力があればわかるはずだ。

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かつて凍っていた永久凍土が急速に解凍しつつある場所に接地していた電柱が、手あたり次第傾く2019年夏のアラスカ州ニュートック。町のインフラが崩壊して湿地に陥るにつれて、村では電気と配管の問題が増加する。写真:Andrew Burton and Michael Kirby Smith

原発はたくさんの選択肢のなかの一つにすぎない

日本で気候変動対策の必要性を説くと、しばしば「原発推進ですか?」と聞かれる。また、「温暖化対策のために原発利用は仕方がない」と思っている人が非常に多い。しかし、そのような質問や考えは、少し厳しく言うと、思考停止している。

なぜなら、CO2排出が少ない発電エネルギー技術はたくさんあるからだ。いま、再生可能エネルギー(再エネ)の発電コストが急激に安くなっており、原発と再エネの発電コストの差は数倍もある。すなわち、同じ金額を再エネや省エネにかけた場合と比べて、原発新設によるCO2排出削減量は数分の1で、かつそれが実現されるのは10数年後となる。

原発の運転コストも、再エネの新設コストに比べて高くなりつつある。たとえば、世界中の投資家が参照する米Lazard社による最新の世界の発電コスト比較(2021年10月)では、再エネの初期投資を含めた総発電コストと原発の限界発電コスト(運転コストとほぼ同じか、あるいは小さい)は、同じ程度か、あるいは再エネの総発電コストの方が安くなっている。また、2020年10月発表の国際エネルギー機関(IEA)のデータは、温室効果ガス排出削減コストに関して、太陽光発電新設は原発運転延長の約6分の1としている。

さらに、原発の場合、事故リスク、核拡散リスク、攻撃対象となるリスク、放射性廃棄物の管理など固有のリスクや問題がある。
すなわち、原発は気候変動対策としては、高すぎて、少なすぎて、遅すぎて、危険すぎて、不確実すぎるというのが多くの専門家の評価であり、限られた資金を原発に投資するというのは、実質的に気候変動対策を遅らせることになる。

世界全体での原発の発電電力量および発電割合のピークは、それぞれ2006年と1996年だった。それ以降、原発による発電は停滞しており、多くの原発企業は撤退を余儀なくされている。その衰退傾向に、2011年の日本での原発事故が拍車をかけた。いまでは、業界関係者も大きな未来を抱いていない。たとえば、すでに2018年に、米原発最大手エクセロンの上級副社長William Von Hoeneは、「原発はコストが高すぎるため(小型炉・新型炉を含め)、これ以上の米国での新設はないだろう」と発言している(S&P Global 2018年4月12日)。

日本でも、たとえば、田中伸男元IEA事務局長が「大型原子力発電は、再エネに対しての競争力は持たない」と発言している(朝日新聞 2018年7月24日)。また、田中俊一前原子力規制委員会委員長も、日本政府が今後の開発対象としている小型炉(小型モジュール炉)に関して、「(前略)、小型モジュール炉であっても、求められる安全性は従来の大型原発と同じ」だと指摘。経済性が成り立たないことは、中小型炉が長年実用化に至っていないことからも明らかで、「電力会社は全く見向きもしないと思う」(後略)」(ブルーンバーグニュース2022年6月10日)と述べている。

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2019 年夏、アラスカ州ニュートックの、間もなく取り壊される予定の自宅でポートレートをとるデラ・カールと彼女の息子のウィリアム。写真 :Andrew Burton and Michael Kirby Smith.

進むエネルギー転換、取り残される日本

いま、再エネの価格低下のスピードは凄まじく、国際エネルギー機関(IEA)は「2021年から2026年まで新しく導入される電力設備の95%は再エネ」と予測する。しかし、日本はこの世界的な流れに乗り遅れている。

歴史に「もし」は存在しないものの、もし福島第一原発事故後、いまよりもエネルギー転換が進んでいたら、何が「現実」になっていたかを考えてみてほしい。まず、年間約35兆円(2022年推計)のような巨額の国富が化石燃料輸入代としてロシア、中東の国々、化石燃料会社などに流出することはなく、そのお金が戦費や軍事費として使われることもなかった。逆に、省エネや再エネのような分散型電源の普及によってエネルギー関連コストは安くなり、同時に大型電源喪失による停電リスクは減っていたはずだ。また、ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)などで農業経営は改善し、省エネ・再エネの国内投資による雇用創出とも相俟って、地方での良質な雇用が増え、過疎化の進展は抑制されていただろう。外国からの攻撃や事故で原発が破壊されて日本全体が壊滅するような不安のなかで生きていくことを強いられることもなかった。わたしたちが過去の世代から受け継いだ美しい国土を、安心して将来世代に引き渡すことができた。

いま、日本政府は、GX(グリーン・トランスフォーメーション)という名のもと、十分な議論なしに、拙速に原発回帰・火力発電温存策をすすめ、それに公的資金をつぎ込もうとしている。GXに関わる二つの法案が国会で審議中であり、早ければこの2023年3月末あるいは4月には採択される。その法案には、「革新炉」「水素・アンモニア」「CCUS(炭素回収利用貯留)」「カーボンプライシング」などの言葉がまぶされているものの、現在の原発や化石燃料発電という古いエネルギー電力システムの維持でしかない。その意味で、GXは、グリーンでもトランスフォーメーションでもない。

報道によれば、今年4月に札幌市で開かれる主要7カ国(G7)気候・エネルギー・環境相会合を前に、議長国の日本が提示した共同声明原案に、欧米勢が反発している(毎日新聞 2023年3月14日)。CO2排出量の多い石炭火力発電所の全廃時期に踏み込んでいないことで、エネルギー・温暖化政策に関して、日本は完全にガラパゴスになっている。福島第一原発事故では、さまざまな偶然が重なり、東日本に住む約3千万人全員が避難するような状況は免れた。しかし、人は往々にして歴史や経験からは学ばず、非合理的な選択をする。だが今回だけは、日本にとって何が合理的な選択かを十分に考えるべきだ。

ニュートック村の人びとには選択肢がなかった。日本にはまだある。

水がニュートックを消しつつあります。アラスカのベーリング海沿岸部の三角州に造られたこの小さなユピック族の村は、永久凍土の融解、川の侵食、インフラの崩壊への対処を、何十年も迫られてきました。360人の住民はユピックの文化と共同体を存続させるため、村全体を上流の安定した土地に移転させる必要があり、一方で、気候変動と闘うための適切な行動を怠ってきた国の政府とも向き合わねばなりません。この村が移転することで、彼らは21 世紀におけるアメリカ初の気候難民となります。これは気候変動による災害に直面して正義を求めている、ある村の真実の肖像です。

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