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私たちに本当に必要なもの

玉井 太朗  /  2022年3月24日  /  読み終えるまで7分  /  スノー

スノーボーダーの草分けのひとりであり、GENTEMSTICKファウンダー、玉井太朗が考えるボード作りのフィロソフィー。

GENTEMSTICKのキーとなる主要モデルの開発ではコンセプトモデルを作成している。紙のスケッチをもとにジグソーでアウトラインを切り出し、ハンドプレナーで丁寧にシェイプして仕上げていく。数値で表せないものを実際のカタチで検証し、その後、初めて図面化する。大手メーカーでは見ることのない、この手間と時間の掛かる工程にこだわってきた。 Photo: Katsuhide Fujio

’80年代初頭からスノーボードのトップライダーとして活躍していた玉井太朗が、初めてボードデザインを手がけたのが’89年。フリースタイルへの傾倒を強めていく当時のスノーボードシーンを尻目に、玉井はアラスカをはじめとする世界の雪山へ黙々と挑んでいった。そして自らのボードブランドGENTEMSTICKを立ち上げたのが9年後の’98年。最初は玉井の仲間達に向けた限定20本でスタートだった。

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世界には誰にも知られていない、手つかずの素晴らしい雪と地形が存在し、僕らを待っていた。そんな斜面との出会いを求めて旅に出た。時代はスノーボードバブルが幕を開けようとしていた1990年代前半だ。ごく一部の滑り手以外は、世界中に息を潜める未知の斜面に興味を持つこともなく、そもそもスノーボードの道具自体も故障も多く、不完全な時代だった。また、ボードもそうだが、特にバインディングへの信頼性が欠けていた。道具が壊れなくなり、安定して使えるようになった段階で、僕の心は憧れていた未知の斜面に向かい始めた。道具への信頼感が生まれたことで、奥地への旅に出る条件が整ったのだ。こうして僕らは、新しい時代の山へとアプローチを始めた。

私たちに本当に必要なもの

1994年、モンゴル・アルタイ山脈の最高峰フィテン峰(4,374m)から、冬季ファーストディセント。Photo: Yoshiro Higai

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1996年、エクアドル。赤道上に存在する氷河を抱いた山であり、当時は活火山世界最高峰と呼ばれたコトパクシ峰(5,897m)のピークから滑走する。Photo: Taro Tamai

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1990年代前半はアラスカ・チュガッチ山群に通い込む。屈強のライダーが世界中から集結した荒々しくエキサイティングなヴァルディーズ黎明期。そのファースト世代のひとりに名を連ねたのは非常に得がたい経験だった。Photo: Taro Tamai

今のように手元のスマートフォンで情報を得られる時代でもなく、計画や準備の段階から想像力と知恵を絞りながら、一歩一歩駒を進めていった。無駄なものをそぎ落としていく過程といえば聞こえはいいが、実のところは、若かったゆえに省かざるを得なかったのだ。だが、大人になってからの旅ではそれができない。金で解決してしまうからだ。余計なものを持たず、フットワークよく、時間を無駄にしない。若い頃の経験は、とても重要で、旅の目的を果たすうえで学んできたことは、長い人生の目的を達成することにも通じるのではないだろうか。僕が歩んできたのは、原始的なスノーボードがモダンスノーボード時代に繋がってきた時代だ。滑りの可能性を押し広げ、未熟な道具を進化させて来た。そのなかで僕が選んだ道は、滑りの本質を見つめながらも、道具の中でも最も重要なボードデザインの進化への挑戦だった。

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アウトラインに合致するよう、あらかじめエッジを曲げていくこの作業も、次の世代では見られない工程。このペンチ1本による熟練の職人技も、いまだハイエンドモデルの一部で残されている。ちなみに、写真のTTモデル受け型は発売開始以来20年以上同じ金型を使い続けてきたが、昨年耐用年数の限界を迎え、2022モデルから新たな型に置き換えている。 Photo: Taro Tamai

スノーサーフィンというスノーボーディングの核心の部分を追求して、そのスノーサーフィンのための板を考え、自分のために、そして仲間のために作ってきた。そして今、メーカーとしてブランドとして、僕らGENTEMSTICKのボード作りは僕らが旅で学んで来た方法で一貫性を持ってやっている。僕らのGENTEMSTICKは、利益を優先する企業からすれば、非常に小さく、潤沢な予算があるわけではない。けれども、美しい雪と斜面に恵まれた環境を大切にしながら、心豊かに日々の仕事を続けている。もちろん、収益は多いにこしたことはないが、まずは数を追うのではなく、流行を追うのでもなく、他では考えないような質を追求する道を探っている。独自性を保ち、唯一無二のもの作りをして来たからだ。その方法は確固たるストーリーを持ち、他人に左右される事がない。無理をしなくても自分たちの世界観を作り上げて行く事で、身の丈を守ることが出来る。

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GENTEMSTICKが拠点を置く北海道ニセコ。四季折々の豊かな自然がクオリティの源。Photo: Taro Tamai

僕らの質とは、旅で学んだことと同じで、必要な機能を磨き上げ、その結果生まれ出るものだ。無駄を削ぎ落として、効率良く生き抜くかを考え抜く。それは必然的な機能美とも言える。それは僕らがスノーボードのデザインを高めたいと考えることと似ている。もっと効率良く、もっと小さな力でボードをコントロールできないか。そんなデザインを追い求めている。僕らがボード作りを続けているのは、自分たちが乗りたいからだ。自分のためなのだから妥協はしない。売るためのものではなく、自分のためであれば、すぐに売れるとも限らない。その板の良さを伝えることは、板を考え作り出すのと同様に、時間と労力が必要な仕事だ。そして正直でなければならない。利益を優先するのであればこの方法はタブーだ。しかし、そうした姿勢が仲間達の共感を生む。少なくとも僕はそう信じている。今は僕らの信念を正直に伝える方法が存在し、直接的に多くの人々に興味を持ってもらうことが出来る。そうして出来上がる人々の輪を感じるし、その興味に応えたい。自分たちが乗りたい板があり、それに興味を持つ仲間たちがいる。純粋なモノ作りの発想だ。

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あらゆるものを観察してアイデアに繋げる。必然性を大事にして少しでも違和感を感じるものは選ばない。ニセコにて。 Photo: Mark Welsh

毎年のように多くの板を製造販売しているという点では、GENTEMSTICKもたしかに商業的ではある。ただし、大手メーカーの生産台数と比べると、ゼロの数は明らかに少ない。ビジネス的な観点からいえば、僕らは資金がないから無理はできず、その結果、必然的に注文された数だけ作ることになる。あくまでクオリティを追求するが、販売台数が限られれば、結果として製品の価格は高くなる。現在、世界で流通している工業製品のほとんどが、大量生産が価格の根拠であって、逆にいえば、価格をキープするために、数量が決定される。そして必要とされる数を得るためにはさまざまな戦略が用意される。企業の発展は収益が伸びなければならない。

価格を維持するためには、売れ残ってしまう数もあらかじめ想定されている。それらは、新しさよりも安いことを優先するユーザーのための別種の販売方法が用意され、それも含めてバランスを保つような仕組みと戦略ができている。大量生産を続けてきた企業は、その戦略を見直す時代がやってきた。知名度のあるブランドだから売れた時代が終わり、続いて、安価だから売れる時代も終わりが見えてきた。余った物が価値を失って、廃棄物になっているのだ。安い物だから価値がないというわけではない。安いか高いかではなく、本当に必要かどうかを吟味したときに、必要だと思える物。そこに価値があるのではないだろうか。

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2018年春のスカンジナビアトリップ。二度の雪崩の後、夕日に輝く美しくも危険な最後の斜面を迂回する。無理はしない。ボード作りも山の行動と同じ理屈だ。 Photo: Andrew Miller

サステナブルが叫ばれている昨今だが、なによりも重要なことは、無駄を省くことだと僕は考える。僕らは必要なボードを必要な数だけしか作らず、余計なものは作らない。これはカッコ良く聞こえるかもしれないが、元々、僕らにはそれしか方法がなかったのだ。若い頃の旅と同じだ。志は大きくても、ミニマムからのスタートを強いられた。それが結果的に無駄を省き、機能を磨き上げ、愛のある物作りに繋がって来たといえる。そうした方法こそがまさに持続的なのであり、結局、無駄を省く旅を続ける秘訣となっているのだと思う。

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大き目のレギュラーウェイブにマニューバーラインを描く。雪の地形と波の面に滑走ラインがシンクロしたスノーサーフィンらしいワンショット。Photo: Andrew Miller

想定外の事態で方向性を変えざるを得なくならない限り、僕らはこのやり方を続けたいと考えている。その上で僕らの経済が成り立つようならば、風や太陽からエネルギーをいただいて、少しでも環境のためになれば良いと思う。

どうであれ、今まで同様、スノーボードを愛し、フィールドを守るために、無駄を省き、いらない物を作らない。これからも今まで同様の滑走人生を設計していくつもりだ。

何よりも滑ることが大切なのだから。

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早朝のライディングに向けて準備をする。ニセコにて。Photo: Katsuhide Fujio

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