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スキークラブ

古瀬 和哉  /  2023年11月28日  /  読み終えるまで10分  /  スノー

クラブ・フィールドと呼ばれるニュージーランドのスキー場では、自分たちが滑る為のスキー場をクラブメンバー自らが維持管理する。ここを第二の故郷と呼ぶ古瀬和哉がその魅力を再確認する。

昨年までは雪崩管理に使うダイナマイトの保管小屋だったが、老朽化が進み別の場所に新しい保管小屋を建てた。今年からこの小屋は薪ストーブを入れ新しいバーとして再利用している。天気が悪くラムズロックに行けない日でも夕方みんなでラムが飲めるようになった。

すべての写真:古瀬 美穂

⻑いスキー人生の中で一度だけ、スキーをやめようか悩んだ時期があった。競技スキーをしていた頃、思うように成績が出ない自分に嫌気がさしていたのかもしれないし、人と競うことに疲れたのかもしれない。上達することへの欲求は強くあったが、Good Skierとは、どんなスキーヤーのことを指すのかを考え始めた頃だった。

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ちょうどその頃、トレーニングでニュージーランドに滞在しており、オフピステだけの面白いローカルスキー場があるからと友人に誘われ、気分転換に滑りに行ったのが、クラブ・フィールドと呼ばれるローカルスキー場との出会いだった。それまで自分が情熱を注いでいたスキーはこの遊びの極一部でしかなく、もっと本質的でワイルドで自由なスキーがあることを知ると同時にスキー場のシステムにも衝撃を受けた。以来スキーへの情熱が冷めることは無く、ますます虜になった。ここで自分が望むように滑る為には、滑走技術だけでなく、自然を理解しようとする姿勢が必要になりその先に自分の求めるGood Skierというものがあるように思えたのだ。

クラブ・フィールドとの出会いは自分のスキー人生に大きなインパクトを与えた場所で第二の故郷だと思っている。以来、友人が立ち上げたクラブ・フィールドを専門とするガイド会社 Black Diamond Safarisで働きながらゲストにもここの魅力を知ってもらおうとガイドとしてのキャリアがスタートした。

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スキー場の境界線を超えてバックカントリーへとアクセスし易く、短いハイクで様々な斜面に手が届く。

クラブ・フィールドは他のどのスキー場ともかけ離れていて、言葉や文章で表現し難い特別な何かを未だに感じている。30年近くここの魅力を人に伝えようとしているがとても難しい。実際にガイドをさせていただいた方でも滑走欲が強すぎると魅力的な斜面にばかりに気が向いてしまい本質的な部分が伝わらないこともあるので、行ったことのない人に伝えるのはさらに困難だ。そもそも私はこの場所の、何にこれほどまでに惹かれているのだろうか。
自分自身がここの魅力を再確認する必要があると思い、パンデミックが収束した今年、久しぶりに第二の故郷への里帰りが実現した。

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ゲレンデの中腹には、クラブメンバーによって建てられた宿泊できる山小屋がある。自分達で建てた山小屋だが、クラブメンバーの中には本職が大工もいれば電気屋、設備屋もいるのでその創りは本格的で快適だ。

ニュージーランドには、大きく分けて2種類のスキー場システムが存在する。一方はコマーシャル・フィールドと呼ばれる大手資本が参入し、営利目的で運営されるスキー場システムのことを指す。世界的に見ても大半のスキー場がこれに当てはまる。もう一方はクラブ・フィールドと呼ばれスキークラブが運営するスキー場のことを指す。これはニュージーランドが、社交クラブ文化の根付いているイギリスの植民地だった時代背景が大きく影響している。スキー以外にも様々なアクティビティーのクラブが存在し、各地でコミュニティを形成している。

クラブ・フィールドはクラブメンバーによるボランティア労働と年会費、クラブメンバー以外の一般来場者からのリフト券収入や山小屋への宿泊費などで運営されている。クラブに入会するとリフト券や宿泊費は一般来場者に比べて割引されるが、オフシーズンも定期的に山に集い山小屋やロープトゥ、アクセス道路のメンテナンスを行い、ボランティア労働をしなければならない。これはコマーシャル・フィールドで滑ることに慣れると理解しがたいシステムだが、自分たちが滑る為に自分たちのフィールドを自ら維持管理するシンプルな仕組みだ。

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排気量の小さい車だと雪がなくても登れないほどの急勾配の道の先にスキー場がある。降雪があるとこの谷間は雪崩の巣となる。スキー場が作られた当時はまだ道路がなく、クラブメンバーたちはここを歩いて上がっていた。

今回訪れたクラブフィールドは、Windwhistle Ski Clubが運営するMt. Olympus Ski Field。私も2000年代にはクラブに入会していて、神がかったコンデションを何度も滑らせてもらった場所だ。「今まで滑った中で一番好きなスキー場は」と聞かれたらオリンパスと即答している。楽しむことに対してのユーモアとセンスもあり今でも一番好きな場所だ。

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スキー場までの道のりは、ゲートを自分で開閉しながらいくつもの農場を通過して行く。

クラブによってスタイルやルールなどが微妙に異なり、クラブなりの色があるのでそれも訪れる楽しみの一つである。ここのクラブは近くのカントリーサイドで農業を営む農夫たちが、冬の間に集まり一日中陽が当たらない谷間の湖でアイススケートをしていたクラブがのちにスキークラブに移行した。ニュージーランドのファーマーはラガーマンに次ぐ大酒飲みと言われていて、ここの特徴としてはみんなで酒を飲むのが大好きなクラブ。今年も久しぶりの再会や新しい出会いがあり、たくさん飲んだ。

山小屋にはバーがある。食材を駐車場からロープトゥを使って荷揚げしなければならないロケーションにもかかわらず、ストックしてある酒の種類と量がどのクラブ・フィールドよりも多い。天気の良かった日の夕方になると、ゲレンデ上部にあるラムズロックと呼ばれる大きな岩の上にゲストもスタッフもパトロールも集まり、夕陽を見ながらラムを飲むのが伝統的な楽しみ方。もし私が夜を一人で静かに過ごしていたいタイプの人間だったら、この場所の雪と斜面以外の本当の魅力に気づかなかったかもしれない。魅力的な雪山での滑走を共にし、酒の力を借りてこのフィールドを愛す地元のスキーヤーと仲良くなることができたから、更にここが好きになった。

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クラブメンバー達はシーズン中も自分たちでメンテナンスや荷揚げを行い、クラブが雇うスキー場スタッフと共に様々なボランティア労働をしなければならない。滑りに来ているはずなのに半日以上も荷揚げや施設の修理などに時間を費やし数本だけ滑って仲間と話して帰っていくクラブメンバーもたくさん見た。山小屋に泊まるとクラブメンバー以外の一般ゲストにも当番制の労働が課せられ、食後のキッチンの片付けやトイレ掃除などをすることになる。ただ面白い事に、ここの魅力とシステムを理解したゲストたちはみんな喜んで働いている。クラブの資金と労働力で維持運営できる範囲の設備しかないので、最新の索道システムどころか圧雪車やスノーモービルすら所有していないクラブがほとんど。オリンパスにもロープトゥと山小屋しかない。

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ロープトゥでは、ハーネスを装着し、その先に結び付けられたナッツクラッカーと呼ばれる金属性の金具でロープを挟み込み牽引される。高速で通過する滑車には特に注意が必要で、恐怖も感じるが、子どもの頃からここで育ったクラブメンバーはリゾートにあるチェアリフトの方がよっぽど怖いと真顔で言う。大雪の後にはロープが埋まってしまい、全線を掘り起こす作業はとても大変なのだが、そんな日は当然スタッフだけでなくその場にいる全員が人参を吊るされた馬のように働く。

来場者はロープトゥに困惑し「ここにチェアリフトがあれば最高なのに」と言うこともある。時代遅れに見えるロープトゥのリフトはチェアリフトのように大量の電力を必要とせず、自分たちで管理することができコストも安い。何よりも30年前と全く変わらないリフトシステムで運営が続けられることが利点なのではないだろうか。
斜面は、完全な天然地形と天然コンデションばかりで、効率良く配置されたロープトゥによりゲレンデのトップから横移動するだけで様々な斜面に滑り込めるよう設計されている。中にはニュージーランドで最も急斜面が多くチャレンジングと呼ばれる斜面もあり、そんな急斜面や狭いシュートをロープトゥを使いながら繰り返し滑る事が出来るので、急斜面での滑走スキルを磨くのにはここ以上の場所はないかもしれない。コンデションは冷えて降雪がなければ凍るが、降雪があるとフィールド全体がパウダーコンデションとなり、少ない人数で素晴らしい体験が得られる。

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スキー場内のメインゲレンデには数日前に発生した雪崩跡があり、そんな斜面を管理するパトロールの言葉にも説得力がある。

スキー場内とはいっても整備されない斜面では雪のコンデションや斜面も斜度もめまぐるしく変化する。風や日射、気温などを考慮しながら、快適な斜面を探して滑ることは今の仕事に必要なスキルを自然と身につける基盤となった。

今年滞在した期間の後半には気温が上がり、春の雪崩サイクルのコンデションとなったが、日射により雪が緩むとパトロールは湿雪雪崩に警戒し時間帯によりオープンする斜面方位を上手く変えて対応しているのが印象的だった。その理由を説明される滑り手達も、当然のように納得し、雪山に対する理解を自然と深めることができていた。

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もしあなたが春になっても山を滑り、ザラメ雪の本当の気持ち良さを知っている熱心な滑り手ならば、ニュージーランドで滑ることの魅力はパウダーよりも春のザラメ雪にあると断言できる。⻩砂が飛来せず、空気の乾燥したこのエリアでは日本だとシーズンに一度出会えるかどうかの極上のザラメコンデションが毎日続き、雪が純白のまま解けてなくなっていく様子は感動的な光景だ。

夕方、いつものようにスキー場のトップでクラブメンバーが持ってきたラムを一緒に飲んだ。既に日が陰り、硬く凍った春の雪を千鳥足で滑りながら帰る途中、全然上手く滑れないなと感じながらもここは自分のホームだと再認識した。オリンパスで滑り始めた当時は、自分の理想とするGood Skierに近づく為に、何が足りなくて何を経験すればいいのかさえ分からなかった。ワイルドな斜面を見て、なんとなくここで滑っていれば上手くなりそうだと思って滑っているだけだった。今思うと、それは単に山の知識や滑走技術を身につけているだけだった。本当の意味でのGood Skierとはスキーヤーにとってパラダイスとも言えるこの場所を守っているクラブメンバー達の事を指すのかもしれないと今は思うのだ。私は身体的にはアスリートとしてのピークは過ぎたと認めざるを得ない年齢になったが、先人に敬意を払いこのフィールドを誇りを持って守っているクラブメンバーには、今からだって近づくことはできるのではないか。

オリンパスへの再訪で、なぜこの地にここまで惹かれているのかという疑問に対する明確な言葉は結局見つからなかった。強いて言うなら斜面、雪、人、コミュニティー、文化、システム、空気、そして匂いにまでも、その全てに惹かれていることがわかっただけである。

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