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意思を繋ぐ: Road of the Mind

奥村 晃史  /  2024年4月15日  /  読み終えるまで8分  /  クライミング

既存のクライマーがより良い価値観を求め続けることが、文化や自然環境を継承する土壌を作りあげ、次世代のクライマーを育てていく。

クライマーとしての半生を振り返ると、クライミングを始めてから既に40年近くが経過しているにもかかわらず世間に誇れるような目立った記録は何も無く、我ながら少し悲しい気もする。しかし、そのおかげで世の中の期待は何も感じなくて良かったし、誰に何の気兼ねもせずに好きなように好きなところで気の向くまま好きに登ってこられたことは幸せだったと思う。今も状況は同じで相変わらず幸せなクライミングを続けている。挙句、ボルダリングからビックウォール、アルパインクライミングと広く浅く様々な分野を体験できたし、それぞれの分野の価値観を一応身に着けることができたのは幸いだった。

意思を繋ぐ: Road of the Mind

1990年フランス、シャモニ Plan de L’Aiguilleのベースにて

そもそも私がクライミングを始めるきっかけとなったのは何だったのだろう。私の生家は郊外の片田舎で、家の前には田園、背後には里山が迫っている。そういう環境で生まれ育った子どもの頃の遊び場は山や川。風呂は薪で炊くし、農作業や山仕事の手伝いは子どもにとって当たりまえだった。生活と自然は密接につながっており、常に自然と人との共生が感じられた。中にはそんな生活を不便に思う人もあっただろうが、私は不思議とそんな生活が嫌だと思ったことはなく、むしろ自然との調和が感じられる生活はどこか楽しく、子どもながらに日々生きているという実感を得ていた。クライミングが好きになったのもクライミングすることでより自然の中にさらされ、自然界の厳しさの中での無力な自分を体験しつつも、自分もその自然界の一部だと感じられるところが気に入ったのだ。幼少期の自然に対する心地よさという原体験がより一層の自然を欲したのだと思う。

意思を繋ぐ: Road of the Mind

1980年代後半、岐阜県瑞浪の岩場にて

今はクライミングジムを経営する傍らフリークライミングを中心にロッククライミングを続けている。特に海外の岩場にあちこち出かけることを楽しみにしているが、近年はロッククライマーとしての活動を通して自然環境の変化を痛切に感じている。というのも、温暖化の影響で世界中の岩場で今まで最適とされたシーズンが短くなったり、大きくずれ込んだりしていてコンディションがつかみにくくなってきている。我々ロッククライマーの活動は自然環境が保たれてこその活動であり、より一層の自然を欲してクライミングを始めた私としてもこの温暖化による環境の変化は見過ごすことができない。

温暖化などの地球環境の変化は人間が社会生活を通して自然環境を破壊した慣れの果てで、その自然環境の破壊とクライミングは無縁だと思いがちである。しかし、厳密にいうと多かれ少なかれクライミング活動自体もそれ自身が必然的に自然環境を壊してしまっている。ルートやエリアを開拓(新しい岩場を見つけルートやエリアを作ったりすること)するときは下草を刈ったり、ルート上に生えているコケや植物を撤去したりするし、岩に穴をあけアンカーボルトを設置したりもする。また、ここ近年クライミング人口が増加し多くの人々が岩場に出かけるようになったため自然環境が保てるキャパシティーを超える人々が押し寄せている岩場も多い。そういった岩場では、ただ人が岩場に来て登るというだけで地面が掘れ、草木が枯れて結果的に多少なりとも自然環境が破壊されている。これはクライミングに限った事ではなく自然を相手に行う人間の活動の多くにおいて言えることで、それぞれの活動、若しくはその発展と環境保全の間において常に矛盾を抱えている。

意思を繋ぐ: Road of the Mind

2022年、地元のシークレットエリアにて

この矛盾は私の経営するクライミングジムでも感じられる。今やジムはクライマーにとっては欠かせない存在である。トレーニングだけでなくクライマーのコミュニティにとっても重要で、クライミング文化の継承や発展に貢献しているのは間違いない。しかし、人気のスポーツとなったインドアでのクライミングや競技のスポーツクライミングは自然を相手にするロッククライミングが原点にもかかわらず、自然環境の保全や維持とは正反対の性質を持っている。ジムではクライミングウォールを構成する合板やプラスチック素材のホールドが大量に必要となる。特にホールドは消耗品となり、その消費は大量でこんなにプラスチックが必要なスポーツは他にはないのではないかと思えるほどである。また、体育館のような大空間のクライミングジムの温度管理に消費する電力も馬鹿にならない。

結果、私は岩場に通うロッククライマーとしての矛盾とジム経営者としてのジレンマを抱え込んでいる。これは同様に現代のクライマーやクライミング界が持つ課題でもある。加えて、現在の地球環境の変化は我々クライマーを含む人間が社会生活を営む上において引き起こしたものであり、社会の一員である我々クライマーとも無縁ではない。そう考えるとクライマーやクライミング界はクライミングにおいての課題だけでなく社会生活での課題をも抱えている。我々クライマーがクライミング活動の永続性や発展を望むならこれらの課題を何とかしなければならない。

意思を繋ぐ: Road of the Mind

ジムでルートをセット。大量のホールドに頭を抱えながら頭をフル回転してイマジネーションを振り絞る。

「必要最小限(ミニマル)」というクライミングの価値観がある。過度な装備やギアはフェアではく、登れるからという理由でむやみにルートを設定することも良しとされない。これはクライマーが自然環境を極力保全し自身の活動を維持するために作り上げた考え方で、自然とのフェアな関係性を保ちクライミングが持つ冒険性や自然との一体感という原理的なことを維持し高めるために創造した価値観でもある。

これからのクライミングの永続性や発展を考えると、この「必要最小限(ミニマル)」という価値観を我々クライマーが常に共有し考え、実践していくことが必要だと感じている。
幸運にもこの価値観は環境保全や持続可能な社会生活を送るためのものとしても応用できる。これを実践することで我々クライマーはクライミングで足りない分を補い「埋め合わせ」、つまりつじつまを合わせることができるのではないだろうか。

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2022年、地元のシークレットエリアで仲間たちと清掃作業

スポーツクライミングは特に子どもたちに人気がある。クライミング界全体にとってこれをきっかけにして若手に様々なクライミングに興味を持ってもらう事が出来れば、前途洋々のように思う。しかしそうなる為には我々クライマーが脈々と受け継いできたクライミング文化を、この若き次世代にしっかり継承することが大切であるし、同時に活動の場である自然環境の維持が必要となってくる。そう考えると我々既存のクライマーがクライミングの本質的な素晴らしさと同様に環境保全に対しての部分も自覚して次世代に誇れるクライミング文化を作っていかなければならないし、常にそれを目指していかなければならない。それが我々の「クライマーとしての責任」ではないだろうか。

「クライマーとしての責任」が全うされているコミュニティでは互いに登り切磋琢磨することで、共通の価値観やメンタリティが自然に培われ、しいてはクライミング文化の継承や自然環境の維持も自然になされていくはずだ。我々が日本で育つことで日本人の価値観を自然に学び日本人になっていったように、健全なクライミングコミュニティで育つことがクライミング文化を学び、自然環境を維持することに繫がると思う。言葉を換えれば、我々既存のクライマーがより良い価値観を求め続けることが文化や自然環境を継承する強固な土壌を作りあげ、次世代のクライマーに繫がっていくとも言える。

今後も永続的に今まで脈々と受け継がれてきたクライミング文化の上に次の世代が途切れる事なく、いつまでも新しい石(クライミング文化)を自分たちの力で積み上げ続けてほしいと思う。

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