息をすることを忘れずに
壊滅的な森林火災を経験したカリフォルニア州のロスト・シエラ地域のコミュニティは、トレイルに希望、癒し、そして土の魔法をかけた。
全ての写真:ケン・エッツェル
カリフォルニア州クインシーのダウンタウンには煙が充満していて、ほんの30m先を徐行する消防車の赤と黄のライトが自宅の窓から見えないほどだった。外気温は40度を超えていたが、エアコンのない家のなかはもっと暑い。数週間前から煙を防ぐため、窓は閉めきっていた。酸素を使いきってしまったかのように空気が重い。
それは2021年8月17日のことで、人里はなれたフェザー・リバー・キャニオンの電線に木が倒れ、小さな炎が燃え上がってから35日が経っていた。その7月13日の発生から7月19日までに急拡大した大火災「ディキシー・ファイア」は、上空12,000mに達する灰を吐き出しながら、何万ヘクタールもの森林を呑み込んだ。8月の第3週の時点で、この火は20万ヘクタールを優に超える土地を焼き尽くし、衰える様子はまったく見せなかった。
パンデミックに突入してから1年半近く、私はすでに孤立感を覚えていたが、さらに閉じこもることで、刻一刻と閉所恐怖症に陥っていった。唯一できることは、家のなかにとどまり、落ち着いて、そして息をすることを忘れないようにするだけだった。
その年の夏は、〈シエラ・ビューツ・トレイル・スチュワードシップ(SBTS)〉の同僚や多くのボランティアたちと一緒に、山で過ごすつもりだった。SBTSは2003年に私が設立した団体で、かつて林業や鉱業などの採取産業に依存していたこの地方に安定した雇用を創出するため、過去20年間取り組んできた。トレイルをツールに地元の政府や自治体や森林局と連携し、州や国からの何百万ドルもの助成金でこの恵まれない山間の町村を活性化し、またその過程で2,575kmにもおよぶシングルトラックを建設し、管理を行ってきたのだ。
それがいま、すべて燃えている。

2021年8月4日、強風と危険なほど乾燥した環境に煽られた「ディキシー・ファイア」がカリフォルニア州グリーンビルを襲い、小さな山間部の町の大部分を約30分で破壊し、数百人の住民が避難を余儀なくされた。数日後、住民たちが戻ってきたときには、歴史的なダウンタウンに残っていたのは灰と瓦礫だけだった。
7月16日に森林局がプラマス国有林を閉鎖すると、SBTSのすべてのプロジェクトもすぐに停止となり、運営に必要だった何十万ドルもの助成金も打ち切られてしまった。スタッフは一晩で72人から13人に減り、トレイル班に関しては全作業員を解雇せざるを得なくなり、そこには私たちの「青少年クルー」というプログラムに参加していた30人の高校生も含まれていた。320km以上のトレイルが煙と化し、私たちにはどうすることもできなかった。
10月26日に公式に沈静化したとされたディキシー・ファイアは、総計389,837ヘクタールを焼き払い、カリフォルニア史上2番目に大きな山火事となった。1,300軒以上の家屋が破壊され、12,000人以上の住民が避難を余儀なくされた。グリーンヴィルやキャニオンダムやインディアン・フォールズの住民たちは、黒焦げになった廃墟と灰の元へ帰るしかなかった。
だが、そのような喪失感のなかでも、トレイルは存在しつづけ、今後も恩恵を与えつづけてくれる。森林火災時、トレイルは消防士の入山経路となり、ときには迎え火の着火地点にもなった。そして鎮火後は、次の火災に備えてより強い地域となるために、恒久的で持続的な火防線として再構築されることが想像できる。
最も重要なのは、トレイルを再建することは、身体的、精神的、経済的な癒しとなるということだ。すべてを失ったとき、皆で集まり、エネルギーを注ぎ、自分たちが故郷と呼ぶ山の未来に希望をもたらし、誇りの源となることができるのだ。
夏が終わるころには、クインシー周辺は十分落ち着き、私たちは安全対策計画を立てて、町の北部にあるマウント・ヒュー・トレイル網での作業の初日を迎えることができた。総人口4,000人弱の地域に何百人ものボランティアが集まり、2021年10月下旬、マウント・ヒューは一般公開を再開した。
私たちはお祭り気分で、マウンテンバイクに乗った。その瞬間、息をすることだけで、十分な祝杯だった。
2018年10月の暖かい日に、SBTSトレイル班のベン・クルーズ、キャムロン・ウィリアムズ、タイラー・マーシャルが、マウント・ヒュー・トレイル網拡大計画の一部として完璧なバームを造る。カルフォルニア州クインシー
2022年にメイソン・ワーナーとマット・マイヤルはそのバームがまだ健在であることを確信するが、マンザニータやブラックオークは他の植物とともに灰と化した。このような猛火は予期せぬ形でライディングに変化を与える。周囲から聞こえる音も漂う匂いもまったく異なり、ライダーの歓声は響いても、火災による荒廃が景色を支配する。
マンディ・ビーティとSBTSトレイル班の仲間たちは、トールゲイト・トレイルのこのセクションに目印をつけ、手作業でカーブを造りあげた。背中に道具を背負い、愛犬のスカウトを連れて、マウンテンバイクで現場に向かうこともしばしば。カリフォルニア州クインシー
トールゲイト・トレイルの建設は、完了前にディキシー・ファイアによって工事が中断されたが、翌年の春には、すでに灰の下からオークの若木が顔を出しはじめており(火災には環境を回復させる役割もある)、トレイル班は焼け残った危険な木を取り除くことができた。ロームは灰のような「月面の塵」に変わってしまったが、こうした丘陵もこれから数年で徐々に緑を取り戻していくことだろう。
2020年にメイソン・ワーナーとジョーダン・カーがインディアン・フォールズ・リッジを走ったときは、トレイルはときどきのぞく岩と、マンザニータやオークやマツが入り混じった風景のなかを蛇行しながら楽しくつづき、遠方には緑の針葉樹に覆われた稜線が走っていた。
この火災をきっかけに、ロスト・シエラでは新たな時代がはじまった。風景の質感や色彩は変わっても、壮大な景色は変わらない。そしてメイソン・ワーナーとマット・マイヤルが証明するように、ここでは依然として世界トップクラスのライディングを体験できる。
ディキシー・ファイアはロスト・シエラのトレイルの可能性をさまざまな角度へと押し広げた。火災時には消火活動の助けとなり、将来的には火災に対する防御の役割を果たす。野生動物にとっては分断された生息地間の往来と、危険回避のための移動の手段ともなる。木がすっかり焼き尽くされて荒野と化してしまった場所でさえ、トレイルはそこを故郷と呼ぶマンディ・ビーティのような人たち(とスカウトのような犬たち)に恩恵を与えつづける大切な資源だ。