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グレーブヤードの先をパドリングする:すべては故郷の水域のために

ナサニエル・リバーホース・ナカダテ  /  2020年10月29日  /  読み終えるまで6分  /  フライフィッシング

ブーツは水に、オールはバウシートに。狭く湿った連水陸路を航行するナサニエル・リバーホース・ナカダテ。Photo : TONY CZECH

僕らの体内にはおよそ16万キロの血管が走る。僕は確信している。僕の体を流れる血の一滴ずつがこれからの旅への希望と感嘆の念で燃え立っていることを。砂糖のように甘いテキサスの海岸からミネソタ北部の森林の端へと運転した22時間を経て、数個のドライバッグ、マホガニー製のオール、4メートルのサクラとトリネコのカヌーが水際で待つ。僕はバウンダリー・ウォーターズ・カヌー・エリア・ウィルダネスにいる。湖、河川、岸壁、森を通過する無傷の流域をたどり、提案されている硫銅鉱山がもたらす痛ましい破壊をこの目で知るために。

カヌーの腰と絡み合うこと以上に個人的、かつ親密なものはほとんどない。日常の騒音と静止した存在のうなりからはるか先は、僕が人生の意味を見つけ出す場所だ。僕は放浪癖という薬の治癒力を信じている。何かがほどけてしまったら、それをふたたび縫い合わせてくれるのは自然だ。汀線をブーツで蹴るだけで重力はなくなり、水はすべてを浮かせてくれる。

グレーブヤードの先をパドリングする:すべては故郷の水域のために

新たに完成した152センチのカヌーの筋肉稼働エンジンの線の美しさに間違いなく惚れ込む著者。ミネソタ州ウィノナのサンボーン・カヌー・カンパニー Photo : TONY CZECH

サアー・ポーテージ(苦悩の連水陸路)

僕は肩まで浸かり、1メートル幅の不可能にくねった水流でカヌーを引きずっている。人生は自分自身を導くよう求める。その途上で握ってくれる手もあるかもしれない。だが独りきりで行くことが大切なものにたどり着く近道だ。次の湖の入り口へと400メートル進むと、樺の倒木の山が細い水路をやみくもに遮っている。数メートル先では木が動きはじめる。あたりにムースはいない。バッファローも。農家の納屋ほどの大きさのクマのことだ。

小熊が顔を出す。僕はみずからに息を飲むよう言い聞かせる。よくない状況だ。ときには恩寵を見出し、物事に正面から向き合うことは、他よりも簡単だ。結果がどうなろうともそのまま進む。最後の光が薄れると、クマが僕に通行許可書を出してくれていることに気づく。水平線が赤く黒ずみ、腫れ上がった紫色に変わると、ついには柔らかな石炭色になる。湖へ到達すると、ガンネルによじのぼり、ヘッドランプで地図を確認し、満ちていく三日月の下をパドリングする。

グレーブヤードの先をパドリングする:すべては故郷の水域のために

バウンダリー・ウォーターズ・カヌー・エリア・ウィルダネスはアメリカとカナダの国境に沿って240キロにわたって広がり、百万エーカー以上を包囲する。それは魚に夢中の著者が生涯探索してもしきれないほど大きな領域だ。ナサニエル・リバーホース・ナカダテはカヌーとフライロッドと日記以外はほとんど携帯せずに、地図上のいくつかの魔法の場所をなんとか経験することができた。

ティアドロップ・クロッシング(涙滴の横断)

数滴の涙が睫毛から頬骨へ、そして顎にまで下る。悲しみはなく、あるのはただバウンダリー・ウォーターズの生の美しさを目にする、膝がガクガクするような抑えの効かない喜びだ。この瞬間を瓶に詰め、水に流せたらいいのにと思う。はるかに苦しい日々に僕のところに戻ってきて、なぜ僕らが生きているのかを思い出させてくれたらいいのに。
カヌーから湖に手を差し伸べ、顔に水を跳ねかける。この日は糖液のようにクツクツと煮える卓越した贈り物で、ここに存在できることに感謝してもしきれない。僕は地図上では何キロにもおよぶ28の湖でパドリングし、ついに孤独の平和なリズムを感じ取る。そして旅してきたこの水域の全部分が鉱山による不気味な公害の可能性で脅かされていることも感じる。

グレーブヤードの先をパドリングする:すべては故郷の水域のために

彼と同じものをください:野生のトラウト、美しい天気、人気のない川、そして大きなホッパー。Photo : TONY CZECH

ブルック・トラウト・フォールズ

(ブルック・トラウトの住む滝)

人間は必然的に愛し、愛されることを求める。唯一無二の魂として受け入れられることを。魚にとことん惚れ込み、それを追いかけることは、僕にとっては結婚のようなものだ。カナダへとつづく最後の湖を見下ろす、輝く滝のある240メートルの崖の上までの登りは厳しい。僕はカヌーを肩に担ぎ、不安定によろめきながら下の谷間へと進む。僕が学んだ数少ない知恵のひとつは、魚は水が他の水と合流する場所にいるということだ。
僕は滝の下部でカヌーを出し、6番ロッドでクレイフィッシュのストリーマーの弧を渓流に描く。何度かキャスティングするとロッドの先端が消え、あまりの食いつきの激しさに自分ですら不意を突かれる。ドキッとするほどの、肥えた貨物列車のようなブルック・トラウトは力を振りしぼり、さらに格闘をつづけたあと、ようやくカヌーの脇で泳ぐ。僕は彼女を自由にする。それは不可能なほど美しい場所に住む、不可能なほど美しい魚。

グレーブヤードの先をパドリングする:すべては故郷の水域のために

下ることができないときは迂回するしかない。バウンダリー・ウォーターズ・カヌー・エリア・ウィルダネスの釣りのできない岩瀬を飛ばして進む著者。Photo : TONY CZECH

ポイズン・パッセージ(毒の通路)

チリの会社がバウンダリー・ウォーターズの源流に硫銅鉱山を作ろうとしている。国有林システム全体の5分の1の淡水を含む、保護されたこの原生地に。岩石金属採掘はアメリカ最大の危険廃棄物の汚染源だ。ロシアや中国などの国に売られる鉱石は、数百の職を生み出す……この地域のアウトドア・レクリエーション関連の、現存する持続可能な推定18,000の職と比較して。さらには廃棄物貯蔵施設がスペリオール湖の上流に作られるという噂もある。ここには何の利益ももたらさず、失われた生態系の余波が止まるだけ。さようなら、鳥よ。さようなら、クマよ。さようなら、手付かずの水よ。そしてさようなら、4ポンドのブルック・トラウトよ。

すべて失敗している。歴史上この種の鉱山のすべてが。すべての答えをもっている、と主張したことはないが、いくつかは明らかに間違っている。僕は働く男性と女性を応援し、食卓のパンと子供たちが着るための衣類を応援する。だが率直に言おう。ここはその場所ではない。

僕は信じる。一丸となり、生来正しいことをする。地球の中心にナイフを刺し、有害汚染という時限爆弾をこの保護原生地で始動させることは、恥ずかしく、取りかえしのつかない悪夢だ。鉱山はどの世界に属するのか?それは いつかではなく、百生のうちでもなく、決してないこと。

グレーブヤードの先をパドリングする:すべては故郷の水域のために

止められない、止まらない。沈んだ岩の露頭に沿ってコクチバスへと「あと一度だけ」キャスティングするのには、バウンダリー・ウォーターズが夕焼けを披露しはじめるとき、数分ではなく、数時間を要する。Photo : TONY CZECH

キャンプ・セリーン(高貴の天場)

僕のコートは樺の木の皮とスギのキャンプファイヤーの匂いがする。カヌーは島で休止し、日は暮れかけている。ここにギターがあったら、と切に望む。オールとロープで防水シートを斜めに固定し、簡素な避難所を作り、シュラフを草の上に置く。たぶん疲れているのだろうが、美しさに魅了された僕は、タコのように舞い上がっている。この瞬間、この地球上でここよりも居たい場所はない。使い込んだ日記に走り書きをしながら時間の感覚を失うと、ついには目を閉じる。それでも書きつづける。

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