M10アルパイン・シェル
全ての写真:ドリュー・スミス
パタゴニアのフィールドテスト・コーディネイターであるケリー・コーデスは、猫の群れをまとめるような厄介な役目も果たさねばなりません。アスリートやギアマニアやダートバッグといったメンバーにフィードバックを催促し、取りまとめるという仕事には苦労がつきもの。だから新しいM10シェルに関する彼のレポートはとても印象に残っています。初期のM10シェルを使用したことのあるクライマー皆が回答し、それぞれがほぼ同じようなことを言っていたからです。要するに「M10を復活させろ、いじくり回すな」ということでした。「ちょっと驚いたよ、クライマーって意見が一致しないものだから」とケリーは言います。
2010年の発売当時から、M10はパタゴニアのデザイン理念を体現していました。つまり、それ以上取り去るべきものは一切ありませんでした。ピットジッパーもハンドウォーマーポケットもなく、クライミング特有の動きに自由に対応するデザインは、あらゆるアルピニストが必要としていた軽量でかさばらない防水性/透湿性レイヤーでした。
「『すばやく身軽に動く機能』が悪天候対応型プロテクションとひとつになったのははじめてのことで、真に大きな課題に取り組むクライマーのために作られたものでした」と回想するのは、アンバサダーからアルパイン製品ラインのマネージャーに転身したケイト・ラザフォード。「それまでそんな製品はなかったし、やっと私たちの希望が聞き入れられた気がしました。とてもスペシャルな瞬間でした」
しかしその数年後、私たちがM10で目指していたことは、すでに達成されたように思われました。「世界で最もタフなアイスクライマー50人全員がM10を1枚ずつもっていて、さらにもう1枚欲しいという人はいなかったから」とケイト。
2018年、クライミングというスポーツにおける他の要求を模索するなかで、M10は製品ラインから姿を消しました。しかし、その地位を引き継ぐ製品はなく、代替の製品が必要になりました。超軽量なアルパイン・フーディニ・ジャケットは、あるフィールドテスターに言わせれば「ゴミ袋を着てるみたいなもの」。スーパー・フリー・アルパイン・ジャケットについては、「シール登高とスキー滑降が主な目的で、クライミングはおまけというアスリートにはいいかも」と。端的に言えば、アルパインクライマーは、ポケットやジッパーやパーツなど、重量が増えるものを正当化する気にはならないということ。「誰もがM10に何を求めているかは明確だった。そもそも最初に皆が気に入った理由はそこにある。必要なものは全部備わっていて、余計なものは一切ない」とケリーはつづけます。「完全なレースカー、フェラーリみたいなものなのさ」

ほとんどのホールドが雪と氷に埋もれていたにもかかわらず、「ライダーズ・オン・ザ・ストーム」の25ピッチ目を完登するショーン・ヴィラヌエバ・オドリスコール。
M10を復活させるにあたり、私たちは素材をもっと改良できることを知っていました。2024年のM10ストームは、2021年にデュアル・アスペクトのシェルに初採用されたテクノロジーで悪天候への対応力と透湿性に非常に優れた3層構造の生地をさらに軽量化し、PFC/PFASを意図的に使用せずに作りました。また、M10アノラックにカーバッテリーの技術を取り入れています。衣料品に使われる多孔質メンブレンのほとんどは化学的に製造され、溶剤に浸すことを要され、それにより生成される孔の大きさは不規則です。しかし自動車メーカーが開発したナノ多孔質メンブレンは機械的に製造され、素材を引き伸ばすことで均一な極小の孔を生成します。M10アノラックに採用したXporeナノ多孔質メンブレンは、そうしたカーバッテリー用のメンブレンと同じように作られているため、一貫した大きさの孔が雨や雪の浸入を防ぎながら、汗や熱は逃すことができます。だから刺激の強い化学物質を使用することなく、透湿性に非常に優れた防水性素材が実現したのです。
「型破りなテクノロジーを他の業界からアウトドアへと導入するのはエキサイティングなことです」と言うのはケイト。「高山という環境は、こうした類の革新の実験場なのです。高い山でそれが機能するなら、他のスポーツのコミュニティでも使えるはずです」
とはいえ、M10のストーリーで最重視されるのは動きやすさ。完全防水性素材は一般的に伸縮しないため、シェルにおいてはウェアのパターンがとくに重要になります。テクニカル・アウターウェア・デザイナーのエリザベト・エルファは、シニア・パターン・エンジニアのジェイミー・レッドファーンとともに時間をかけて、ダンスからアイデアを得ました。
「私はクラシックダンスの訓練を受けた経験があり、まずダンサーとして考えることがほとんどです」と語るのはエリザベト。「踊っているとき、動きやパフォーマンスを妨げるものがあってはなりません。クライミングに挑戦したときも、ダンスの動きを使いました。だから着心地や見た目も似ているのがいいと思います。苦労なくやり遂げ、美しい流れで動けるように」それからクライマーたちの脇の下の写真と何か月もにらめっこをし、エリザベトとジェイミーは脇の下のまちのデザインを完全に変えました。それにより元祖のM10よりも動きやすく、裾のずり上がりもほぼないというのは、最もうるさいフィールドテスターたちでさえ納得しました。
エリザベトとジェイミーのデザインに対する融合的な取り組み方は、新しいM10ファミリーの随所に見られます。M10ストーム・ビブの、ベースレイヤーに手が届くようジッパーのない伸縮性の開口部はサイクリング用ビブから。M10ストーム・パンツの4ポイント・ガセットは、柔術着からヒントを得ました。「M10は焦点を絞った製品だが、動きやすさの概念を拡大して考えてみたことで可能性が広がった、というのはじつにイケてる」とケリーは説明します。「より大きな世界に目を向けて焦点を当てなおすというのは、最高のデザイナーたちの成せる技だ。」
「パタゴニアが他とは違う多くの点のひとつは、新しいアイデアはどこからでも生まれるということ」とジェイミーはうなずきます。「良いものでありさえすれば、特定のグループの人から生まれる必要はありません」
patagonia.jpでM10コレクションをご覧ください。
