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愛すべきライン

加藤 彩也香  /  2024年1月10日  /  読み終えるまで7分  /  スノー

競技から山滑りへと転身し、北アルプスの雪山を滑走する加藤彩也香が育む雪山への愛情とその道のり。

全ての写真:遠藤 励

二十歳の頃、なんだかビビッと心惹かれて北アルプスの麓へやってきた。

それまでは、ハーフパイプやスロープスタイルなど競技に多くの時間を費やしてきたけれど、初めてビーコンと装備を身につけ兄とラッセルした大雪山系でのスノーボードがずっと忘れられなかった。改めて、本当に自分が心からわくわくすることを目指そう。そう思ったのが自然の雪山を滑ることに情熱をかけるきっかけだった。

厳冬期の朝。雪の積もった田んぼを朝日が優しく染める。朝霧のたゆたう雪原の奥から徐々に太陽が昇ってきた。おにぎりを食べながら山へ向かうこの瞬間にどれだけのエナジーをもらうだろう。おにぎりの具は手作りの梅干し。太陽の蓄電池である。冬の朝は早いけど、山へ向かう道中は毎朝美しい景色と出逢う。この幸福感と感動は言葉にならないくらい。自然からの贈り物。この冬の優しい太陽の光がたまらなく好きなのだ。

朝、山の麓に着くと滑り手たちがいつものごとく穏やかな笑顔で準備をしていた。山を駆け巡りながら、目一杯楽しむ。そしていつも真剣にこの山で滑る先輩たち。信頼する大好きな仲間たち。

愛すべきライン

私たちスノーボーダーはここで生きるこの山の生き物。用心しつつもリラックス。山の表情を肌で感じ、雪の喜びを分かち合う。森を滑るときには、この山に生息するカモシカたちの数少ない冬の食糧源である新芽を傷つけないよう、木々をなるべく傷付けないよう滑るのがひそかなマイルール。おかげで密なツリーランも上達することができる。

フリーライドのコンペティションに出る一方で、こんな時間をすごく大切に思う。これが、きっと自分の根っこにあるものだ。

毎年、「この冬もまだまだ敵わなかったなあ」とそう思わされる深くて険しいスペシャルな山。いつもの森を登り始めるとここにしかない空気に癒され、静かな山が忘れてはいけない原点を思い起こさせてくれる。

競技から山滑りへの探究に身を転じると、楽しさや喜びと同時に全く違う雄大な自然へ挑むことへの難しさや孤独感、恐怖も感じた。

愛すべきライン

最高のときもあれば失敗してしまうことや思い通りにいかないこともよくあった。それがあったから初めて心から挑戦したいと思えるラインが見つかった。今の自分にとって大きな挑戦だ。

「ビビッとくる何か」というのは大きく心を動かす。そして、それが「ワクワクする何か」ならば、決まってそれを選ぶと決めている。純粋な喜びと緊張感の両方が胸いっぱいに広がる。最初から勝とうなんて思わないけれど、あの雄大な山に負けないのびのびとしたラインを刻みたい。

目指す場所はいつも滑る山域のまたその奥にある。
簡単には立ち入ることのできない空気感。人の気配のしないウィルダネスはまるで違う世界だ。

降った雪が風で舞う。一気に凛とした神秘的な空気に包まれる。聞こえるのは風の音だけ。今日も稜線の風は強い。ここに挑戦するまでに自分の中で心に残る傷と乗り越える壁があった。雪崩への恐怖心だ。前の冬に大きめのスラフに流され、無事だったもののその恐怖心は思っていたよりもはるかに大きく中々乗り越えられなかった。

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そんなとき、普段からこの山で滑り、色んなことを背中で教えてくれていたスノーボードの先輩に打ち明けた。心を開いて自分の繊細さや弱さを打ち明けるのは勇気がいることだった。

「それはいいことだ」
落ち着いて、そう笑ってくれた。

悩み苦悩していた自分の概念が変わった。良い意味でショックを受けた一言だった。
失敗や恐怖心、辛かったことや苦い思い出も決して悪いことではなく、むしろ良いことなのだと気がつかされた。

自ら心を開くことでこそ得られるものがある。この恐怖心を受け入れて、この道を楽しんでいこう。分かっていたようで分かっていなかったそれは、私にとって大切な気づきだった。昨日より少しでも成長することができたら、それで良い。少しでも成長したいからこそ、毎日、山へ足を運んだ。登ってはハイクバックする日もあった。畏怖の念は山に対するリスペクトでもある。そして、この怖さは山に対する敬愛の気持ちでもあった。

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今日も山の風は強い。緊張感もあるけれどやっぱり美しいと思ってしまうのはなぜだろう。木々の枝にビシッと張り付く霧氷。故郷の九州北西部の山間では、この霧氷を「花ぼうろ」と呼ぶ。登りながら自然の造形美に目を向けるといつも胸がほころぶ。どんなに凄い所で滑ろうとも非日常的な時間を過ごそうとも、日々足元に広がる小さな幸せを感じ取るようにしている。

歩くときの一歩、ポールを付く時の雪の感触。肌で感じる風、全身で山の表情を感じ、山の声に耳を傾ける。今年は雪庇がよく育っている。より一層、山と対峙した。苦い思い出も失敗したことも葛藤も、乗り越えてきた経験もそのすべてが背中を押してくれた。あやしいと思ったら決して無理はしないでやめとこう。謙虚でいることも自然から教えてもらった。

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愛する雪山へ
ここに在てくれてありがとう。
ここに居させてくれてありがとう。

いつだって自然が与えてくれるものへの感謝が自分を導いてくれる。

ゆっくりと呼吸を整える。おそらく今日はこの冬の中でも唯一のチャンスだ。それくらい日々の雪のコンディションは難しかった。

滑る瞬間は山と自分自身との一対一だけれど、いつも挑戦を見守ってくれている仲間たちが居てくれた。いつだって決してひとりで何か成し遂げるわけではなく、離れた場所から支えてもらっていることを忘れてはいけない。

見守り合うこと。

自然の雪山でも、日常でも見守り合うことがどれほど大きな支えになるのかを仲間たちから教えてもらった。

いつも感謝の気持ちを持って山に入るけれど、そのおかげか、いつも良い雪や良い瞬間と出逢える。山と対峙し板一本で、全力で雪山を滑るってなんて楽しいのだろう。この山を、この自然を、この星を心から愛している。自然滑走のそのすべてが好きだ。

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標高を下げると一気に雪が変わった。細心の注意を払いながら、地形で遊びながら山を下る。いつだって遊び心を忘れちゃいけないのはこの山のスノーボーダーという生き物だからだ。

幼いころ一丁前に書いていた目標は「自然と調和した滑りをすること」だった。まだまだ道半ばだけれど、ちょっとは近付いているだろうか。

山や海、いつだって自然から教えられ、支えられ、助けられ、生かされていることを、スノーボードを通し日々学んでいる。私自身も、この星に生きる一人として愛を循環させられるような、そんな人間でありたい。そして、愛すべき道のりをこれからも大切に歩んでいきたいと思う。

スラブに最大限用心しながら滑ったあの尾根では、なぜだか、まだ見ぬあの山が鮮明に浮かんだ。

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