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グループランのはじめ方

礒村 真介  /  2023年8月25日  /  読み終えるまで12分  /  トレイルランニング

参加費も、アポイントも不要で、その日その時間に集まった誰かとただ一緒に走る。いま、日本の各地に広がっているグループランという形。

仙台のグループランWEDNESDAYでは、その日集まったメンバー同士で、青葉区の西公園をリラックスしたペースで周回する。写真:平野 太呂

人間はなぜ走るのだろうか。
動物と違って移動や狩りの手段ではないのに、走ること自体が目的になっている。
たとえばスポーツとして順位を競う競走もそうだし、中には誰かと一緒に走る“共走”をする人たちもいる。人と共に走ると、それだけで楽しいのだから不思議だ。

そんなランニングの面白さの虜になって、この楽しさを世の中に広めたいからと、トレイル&ランニングショップのオーナーになった人がいる。
江戸時代からの問屋街の面影が残る馬喰町に店舗を構える、「ランボーイズ!ランガールズ!」の桑原慶さんだ。慶さんがユニークだったのは、単にショップを作っただけではなく、毎週決まった時間に、その日そのとき集まった面々と一緒に走る「グループラン」というコミュニティ作りをしたことだ。

グループランのはじめ方

「ランボーイズ!ランガールズ!」のオーナー、桑原慶さん。写真:平野 太呂

10年前に始めたグループラン
「2013年に念願のトレイル&ランニングショップを立ち上げたのですが、その前にはフットサル場作りに携わっていました。トレイルランも、フットサルも、それぞれ陸上長距離やサッカーのサブカルチャー的な立ち位置にあるので、似通っている面があります。フットサルは活動の母体としてチームやクラブが不可欠なので、自ずとコミュニティが生まれやすい。だからトレイルランもその面白さを広めるには、コミュニティの存在が大事になるぞ、というのは最初から感じていました」と、慶さん。

そこで思いついたのが、ショップを立ち上げる際に参考にしたアメリカのランニングショップが実施していた、グループランという取り組みだ。オープンから半年ほどたった2013年の11月のことだ。名付けて、火曜の夜のグループラン(現在は木曜へと曜日を引っ越しし、TOKYO RUNNING CRUISEとして実施)。

グループランのはじめ方

慶さんの、オレゴン州トレイルトリップでの1コマ。ポートランドのグループランStump Runnersに飛び入りで参加。

グループランのはじめ方

ランニングを共有することで、英語が不得手でも不思議とコミュニケーションが弾む。

「アポイントは必要なく、その日にふらっと集ったメンバーとともに、1時間強、リラックスしたペースで走るだけなんですけど。モノを売り買いするのとは別の文脈のコミュニティを作りたかったんですよね。それと、僕が大人になってからランニングにのめりこんだのは、誰にでも開かれているアクティビティというところが大きかったので」

グループランのはじめ方

2013年11月の「火曜の夜のグループラン」。記念すべき第一回目。

専門的な経験やお金がなくても楽しめるランニングならではの自由さに惹かれた。ところが当時は、誰かと一緒に走って先達と繋がりたいと思っても、目につくのはセミナー系のイベントや会費制のクローズドなランニングクラブばかり。自由を感じるアクティビティなのに、お金を払わずに飛び込むことのできる、開かれているコミュニティの場が見つけにくかったのだ。

「だから僕たちのグループランは、参加表明も参加費も不要で、毎週木曜日の閉店後の時間に走っています。朝ランにしなかったのは、自分が寝坊して開催しそびれる失態を犯さないための予防策。ランボーイズ!ランガールズ!を発着点にして、走るコースはその日の気分で、浅草や水道橋など東京のイーストエリアを中心に。走って移動すると東京の街の距離の感覚が変わるから、色んな発見があるんですよ。それから大事なのは、集まった人の中で一番ゆっくりな人のペースに合わせて走ること。“グループ”ラン、ですからね」

グループランのはじめ方

東京の東側はランニングコースの宝庫。屋形船の船着場を横目に。

果たしてランボーイズ!ランガールズ!のグループランは、慶さんが思い描いていた通りのものをもたらした。参加者同士の繋がりから友人や仲間が増え、ギアやランニングコース、参加すべき大会などの生きた情報が交わされる場になった。誘い合っては山に行き、レースへと参加し、ときにはランニングとは無縁のキャンプに出かけたりする。そう、コミュニティが生まれたのだ。

もうひとつ期待通り、もしかしたら期待以上だったのが、慶さんがはじめたグループランというムーブメントそれ自体が全国へと広がったこと。各地のショップや、地域のキーパーソン的なランナーによって、グループランが行われるようになったのだ。

仙台で始まったWEDNESDAY
イラストレーターでありトレイルランナーでもあるhisaeさんは、仙台の街でグループランWEDNESDAYを立ち上げた当時、フルタイムの会社員をしていた。ソーシャルメディアを通じて目にしていたランボーイズ!ランガールズ!のグループランに参加したいと常々思っていたのだが、タイミングが合わず、なかなかその機会が訪れない。

グループランのはじめ方

左はWEDNESDAYを立ち上げたhisaeさん。写真:平野 太呂

「それならここ仙台で、自分たちなりに始めればよいのだと思い立って。友人ふたりと一緒の大会にエントリーしたことをきっかけに、その3人で定期的なランニングと情報交換の場を作ろう、と」

ランボーイズ!ランガールズ!と同じ火曜の夜20時に、市中心部の勾当台公園に集まって、毎回だいたい10kmほど。

「私ひとりでも走るから、その日都合がつくようなら来てちょうだい、というスタンスでした。そう宣言することで引くに引けない走る習慣が作れますし、ランボーイズ!ランガールズ!のグループランのように、この場を通じて山仲間が出来たらいいなとも思っていました」

グループランのはじめ方

2016年に産声をあげたWEDNESDAY。3人のラン仲間がはじめの一歩だった。

毎晩のランニングの様子をソーシャルメディアで発信していたら、友達が友達を呼び、参加者が10人、20人と増えていった。水曜日がノー残業デーという参加者が多かったので、じきに水曜の夜の開催に。もちろんそれがWEDNESDAYという名まえの由来だ。密かに期待していた、仙台で一緒にトレイルへと足を運んでくれる仲間の輪は確実に広がった。参加者に占める女性の割合が多いのも特徴で、レースやトレイルランにはさして興味がなく、美容目的で走る仲間もいる。

「元々は人付き合いが苦手で、人間関係をコンパクトに整理したく、ひとりでいられる時間を欲して走り始めたんですよね。そんな私がいざグループランを始めてみると、トレーニングになるからというよりむしろ、みんなに会いたいという気持ちが先だって、毎週欠かさず走りに行くようになっている自分がいました。グループランという行為が居場所になっていたんです。当時はプライベートで気が滅入る出来事が立て続けに降りかかっていたのですが、毎週決められた時間に同じ場所で走ることだけが共通項の、仕事や家庭とは関係のないまっさらな繋がりのおかげで、メンタルが保てていました」

hisaeさんが作った居場所が、引き継がれていく
社会に出てからというもの、hisaeさんにとってそのようなコミュニティは初めてだった。hisaeさんに限らず、そういうコミュニティが身近に寄り添っているという人は少数派かもしれない。

仙台は転勤族が多い都市であり、仙台に移り住んだランナーがローカルに溶け込める場としてもWEDNESDAYは機能している。再びの転勤で数年後には去ってしまうこともあるけれど、それはそれで構わない。また仙台に足を踏み入れた際は、とくに約束をせずとも水曜の夜は仲間に会えるからだ。カフェやバーといったフィジカルな場所ではないけれど、確かな居場所として機能している。

グループランのはじめ方

メンバーにトレイルラン初心者や未経験者が増えたため、トレイルランナーの須賀 暁さんにお願いして、山でのマナーや走り方、トレイルランの楽しさを伝えるクローズドなイベントを開催した。

実はhisaeさんは、今は仙台には住んでいない。イラストレーターとしての活動に本腰を入れるべく、数年前から東京の高尾エリアに軸足を移し、仙台とを行き来する2拠点生活を送っている。

「東京で新しいチャレンジをすると決心したとき、WEDNESDAYの活動は止めようと考えていました。そこで毎回のようにグループランに来てくれるふたりの仲間に、その旨を打ち明けたら、それは自分たちにとっても困る、続けさせて欲しいと言ってもらえたんです」

グループランというコミュニティを引き継ぎたい。コロナ禍をきっかけに、西公園に集合して周回ルートを何周か回るコースに変更になったけれど、好きな時間に来て好きな時間に帰れる、よりフリーな形式になった。

仕事の都合でhisaeさんが杜の都へと帰ってくる月末月初は、WEDNESDAYという居場所が受け継がれ、継続されているからこそ、とりたてて約束することなく仙台の友人と会えるのだ。

慶さんとともにWEDNESDAYを訪ねて

グループランのはじめ方

同じ時間、同じ道をともにする。心地のいいリズムで会話が交わる。写真:平野 太呂

「僕も数年前、長男が生まれて家庭環境が一変し、ランニングから足が遠のいていた時期があるんです。グループランにも参加できなくて、ではどうしていたかというと、お店の別のスタッフが担当してくれたり、またあるときはグループランの常連で、リーダー的存在でもあった方が率先してその期間のアテンド役を担ってくれたりして」

縛りのない、自由でゆるやかな繋がりのコミュニティだからこそ、言い出しっぺが走ることを小休止することになったとしても、仲間が率先して引き継いでくれたのだ。そして今はまた、慶さんも毎週の木曜日の夜のランニングに戻って来ている。

「だから、hisaeさんが僕らのグループランをきっかけに仙台でもグループランを始めて、さらにその取り組みが今は別の誰かが引き継いでいると聞いて、ぜひ一度WEDNESDAYを走ってみたかったんです」

もちろん今のWEDNESDAYも、慶さんだけでなく他の誰が参加するとしても完全に自由だ。水曜の夜、19~20時のあいだに西公園へと足を運べばいいだけ。

グループランのはじめ方

仕事終わりにいつもの場所の集まると、いつもの笑顔が待っている。写真:平野 太呂

hisaeさんからWEDNESDAYを引き継いだ現在の主宰メンバーのひとり、中森文子さんは、最初にWEDNESDAY始めた3人のうちのひとりだ。
「hisaeさんからは、このことが負担にならないようにと声を掛けてもらっていました。でも単純にみんなで走るのが楽しいし、誰より自分が毎週ここで走りたかったから。hisaeさんが不在にしている間のお留守番している感覚です」

引き継いだ主宰メンバーのもう片割れである加藤翼(たすく)さんは、こう語る。
「ふとしたきっかけでWEDNESDAYに参加して、大げさに言えば人生が変わりました。走ることが習慣になって、トレイルランに出会って、仕事もアウトドアメーカーの販売員に転職することになって。hisaeさんから最初に言われたときは、そんな居場所への恩返しの気持ちがありました。でもそれは、少しよそ行きの言い分です。とくに約束をしないでも仲間に会えるこの場が続いて欲しかったんです。昔視聴していたアメリカのテレビドラマで、学生たちが放課後、約束もせずに行きつけの飲食店に集ってワイワイするシーンがよく流れていたのですが、その親密なやり取りに憧れがあったんです」

グループランのはじめ方

アポイントメントは不要で、飛び入りでも参加できるのがグループラン。写真:平野 太呂

トレーニングのためのランニングではないので、途中途中で立ち止まっては、皆で集合写真を撮っている。コミュニケーションのためのランニングなのだ。

慶さんがグループランを始めるときに決めた、毎週決まった時間に、同じ場所に集まりさえすれば、どんな走力の人でもアポイント不要で皆と走れるというゆるやかな枠組みは、“真似しやすさ”を意識していたものなのだそう。

「真似しやすさと言ってしまうとエラそうに聞こえてしまいますが、だって一緒に走るだけで、職種や年齢、性差といったバックボーンの違いを軽々と飛び越え、フラットに会話できてしまうんですよ。そんな素敵なランニングの魅力は、どんどん広がって欲しいじゃないですか。それに、ランニングに関するこんな格言もあるんです。速く行きたいならひとりで行け、遠くに行きたいならみんなで行け、って」。

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WEDNESDAYの参加者は毎回2~30人ほど。性別も年齢も、走歴も走力もさまざまだ。写真:平野 太呂

人間というのは不思議な生き物だ。
カルチャーを生み出し、人から人へとバトンタッチされるその積み重ねが他の生き物との違いを作っている。

以上は慶さんやhisaeさんとともにWEDNESDAYを訪ねた私が、文子さんや翼さん、それからこの日の夜に時間を共有したみんなと仙台の街を走って、闇夜に溶け込む心地よい呼吸のリズムに思いを馳せつつ考えたことだ。

ただ走るだけでこんなにも突飛な思考の飛躍がなされ、その話を隣にいたよく知らない誰か(でも、親密さを感じさせる誰か)に話してみたりする。

ランニングは本当に不思議で、面白い。

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