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リペアという美徳

寺倉 力  /  2022年8月10日  /  読み終えるまで12分  /  Worn Wear

パタゴニアのリペアサービスからウエアが手元に戻ってきた。だが、驚くことに、修理した痕跡が一切見当たらない。いったいどうやって? こうして僕は鎌倉リペアセンターを訪ねた。

難しい作業のひとつ、ジッパー交換。元の針穴を使って縫製し直していく。

全ての写真:亀田 正人

まさしく、針穴に糸を通すような神業だった

パタゴニアのリペアサービスには、これまで何度となくお世話になってきた。シェルのかぎ裂き、壊れたファスナーの付け替え、最近ではマイクロ・パフ・フーディの袖を直してもらった。年末のキャンプでうっかり薪ストーブの煙突で溶かしてしまった右上腕部だ。溶けた個所は大きく開き、溶けて固まった白いポリエステル中綿が露出していた。これはパッチを貼って直せるレベルではなく、すっかりお手上げだ。そこで、家から近いパタゴニア鎌倉に持ち込んで修理をお願いした。

驚かされたのは、リペアから戻ってきたマイクロ・パフ・フーディに、修理の痕跡が一切見当たらなかったことだ。特殊な化繊構造を持つインサレーションだけに、単純な生地交換や当て布修理で済まないことは容易に想像できた。では、いったいどうやって?

そこで僕は謎を解明すべく、パタゴニア日本支社の鎌倉リペアセンターを訪ねることにした。

リペアという美徳

海に続く若宮大路に面した鎌倉リペアセンター。鶴岡八幡宮の一の鳥居に見守られている

リペアという美徳

鎌倉リペアセンター1階。ミシンを据えた作業デスクが立ち並び、左奥にはウェットスーツとウェーダーの修理コーナー、そしてスタッフ用シャワーブースがある。2階は大小の会議室と壁一面にボルダリングウォールが造り付けてある。

「おそらく、修理した担当者は、ほかのウエアから上腕部をそっくり移植したと思います。表地を直しただけだと、溶けて固まった化繊中綿が生地を傷つけますからね。もとのステッチの針穴で縫い直しますので、継ぎ目もわからないように仕上がります」

話を聞かせてくれたのは、鎌倉リペアセンターのテクニカルチームリーダー、諸岡真樹子さんと佐藤美月さんのお二人だ。テクニカルチームとは、実際の修理を担当する部署で、スタッフ自らミシンを踏んで、日々、ウエアの修理にあたっている。

パタゴニア日本支社のリペアセンターでは、シェルやインサレーション、シャツやデニム、ウェットスーツやウェーダーに至るまで、ほとんどのパタゴニア製品の修理が可能だ。そのため、実際の製品に使われている生地と糸に、ボタンやファスナー、コードロックなどのパーツ類が取り揃えられており、さまざまなモデルの修理に対応できるようになっている。

また、リサイクル用としてパタゴニアに集められたユーズド品のなかから、生地やパーツを切り取って修理に利用する、いわゆるパーツ取りウエアが並ぶラックもある。僕のマイクロ・パフ・フーディの袖も、おそらく、そのなかの1着から移植されたのだろう。

リペアという美徳

左上から時計回りに、パーツ取り用ウエアラック、各種の縫製糸、縫製糸の品番確認用パネル、生地のストック。創業以来のあらゆる製品の生地とパーツが揃うと聞いたことがあったが、さすがにそれは都市伝説らしい。

だが、そうした素材よりも、このリペアセンターを際立たせているのは、修理を担当するスタッフそれぞれの技術と経験である。

アウトドアウエアの修理は、一般的なアパレル製品よりずっと難しいという。薄い化繊生地や、コーティングを施した素材のように、修理に高い技術を要するものが多いからだ。さらに、そうしたテクニカルウエアは、ミシンで修理すること自体が難しいだけではなく、たとえば、防水性だったり、伸縮性だったり、耐久性だったりといった本来の機能を回復させる必要がある。ただ元通りにカタチを戻せばいいというわけではないのだ。

リペアという美徳

パンツ股下部分の修理。擦り切れやすい部位だけに、ミシンで往復縫いを施して補強している。

「いつも頭の引き出しを全開にして、考えながら作業を進めています。場合によっては、一度解体してから組み立て直こともありますし、基本、縫製は元の針穴に戻します。だから、イチから服を作るほうが、むしろ簡単かもしれないですね」と諸岡さんは言う。

「もとの針穴に」と、こともなげに言うが、素人の僕らからすれば、それは文字通り、針穴に糸を通すような神業だ。だが、新たなステッチで縫えば、針穴が倍になるぶん強度や耐水性に影響するだろうし、見た目の仕上がりも良くはない。

「たとえばマイクロ・パフのように、新しい技術を使った製品が持ち込まれたときは、それに対する修理の研修やマニュアルのようなものはないので、みんなの知恵を集めて、何が最適な修理方法なのかをよく考えます。また、修理の得意分野が人によって違うので、こう工夫したら上手くいくよ、というように、互いの経験をシェアし合ったりしています」

リペアという美徳

ダウンセーターの修理方法を相談するスタッフ。インサレーション製品の修理には高い技術が伴うといわれているが、今はバッフルを貫通することなく、表地だけをミシンで縫う方法も確立されている。

どう使って壊れたのかと想像しながら修理します

鎌倉リペアセンターには、現在35人のスタッフが勤めている。その大半は女性だが、なかには男性スタッフもちらほら見受けられた。その一人、テクニカルチームの服部秀也さんは、直営店スタッフとして10年以上勤めた後に、社内公募でリペアに移って3年目というスタッフだ。ここに来るまでは、ミシンを触ったことすらなかったという。

「まったく未経験だったのですが、リペアに挑戦したいという意志とやる気だけは認めてもらえたようです。リペアのスタッフは、服飾専門学校を出ていたり、アパレル会社などで経験を積まれた人が多いのですが、僕の場合、縫製経験がゼロだったので、最初の2、3カ月はトレーニングで苦労しました。それが2年前ですが、今でも毎日緊張しながらやっていますね」

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ハイロフトフリースを修理する服部秀也さん。山好きで、冬はバックカントリースキーに夢中になっている

そんな服部さんはなぜ、店舗からリペアセンターへの移動を希望したのだろうか。

「製品を長く使おうというパタゴニアの考え方があり、直営店はその最初の段階を担っていたと思うんですよ。それを10年以上続けてきて、僕はまだ次の段階を見ていないと気がついた。それで、自分の次のフェイズとして、売った製品のその先の面倒を見てみたいと思ったのがきっかけです。まあ、カッコよく言えば、ですけどね(笑)」

鎌倉以外にも、横浜市の日本支社内にも20人が働く横浜リペアセンターがある。そのテクニカルチームリーダー、神澤(かんざわ)良輔さんもまた、リペアの仕事を希望して、他から移ってきた人物だ。

「前職が古着屋でした。あるとき、古着のブームがやってきて、安く仕入れてきた古着を大量に売るという流れになりました。僕が勤めていたところもそうした方針になってきて、それで転職を考えたときにパタゴニアのリペア部門に出会ったのです」

リペアという美徳

最近はもっぱらトレイルランニングに熱中しているという神澤良輔さん

神澤さんはミシンを使って修理を続けるなかで、ひとつとして同じ修理がない難しさを日々痛感しているという。

「修理する製品は1点1点すべて違います。修理の個所や破れ方、壊れ方。それによって考えて、修理を当てはめていくのが難しい点です。自分でもランニングしたり、山に登ったり、スノーボードをしたりと、日頃からアクティビティに親しんでいます。そのため、トレイルランニングをやる人だから、パックのここが擦れるのだろうなと想像しながら、どう修理したら、その人がまた気持ちよく使えるようになるのか。それを考えながら直すことを心がけています。修理後に、お客様から感謝の言葉をいただくのは本当に嬉しいですし、それが仕事に対する大きなモチベーションにもなっています」

修理とともに寄せられるメッセージに助けられると言うのは、前述した鎌倉リペアセンターのテクニカルリーダーのお二人も同じだ。

「どう使って壊れたのかなと、想像しながら修理することは多いです。お客様によっては、犬が噛んじゃったとか、自転車で転んでといったエピソードを添えて送って下さる方もいらっしゃいます。最初に買ったパタゴニア製品だからとか、息子からの初めてのプレゼントだったから、といった思いのこもったコメントもいただきます。また、アクティビティで使っているときに壊してしまった場合は、使い方やシチュエーションまで想像します。こう使うのなら、ここをもう少し丈夫にしておこうとか、そうした方向にもつながるので、エピソードをつけていただけるのは助かります」

リペアという美徳

修理品を受け取ったお客様からのメッセージを集めたボード。すべてのリペアスタッフの力の源だ。

修理することの価値を広く共有したい

鎌倉リペアセンターには、修理を担当するテクニカルチームのほかに、リペアの流れを管理するオペレーションチームと、外注先に仕事を委託するためのパートナーチームと、大きく3つのチームが連動している。全国の直営店やウェブサイトを通じて集まってくる修理品は、いったん鎌倉に集められ、そこから各拠点に分けられて修理が始まる。そうしたフロー全体を管理するのがオペレーションチームの役割。質の高い業務をロスなく進めるために欠かせないリペア部門の中枢だ。パートナーチームとは、「パートナー」と呼ばれる外部の会社に修理を委託するための部署。現在は全修理品のうち4割ほどを外部に委託している。修理品に交換用素材とパーツをセットで届けるだけでなく、修理の方法や環境への考え方まで共有することも大事な仕事だという。

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年々増加している修理需要に全力で応えるリペアセンタースタッフ。顧客へのアフターサービスという位置づけの会社が多いが、パタゴニアはその先を見据えている

リペアという美徳

5週間の目標設定と、日々の成果数を可視化させたボード。1日でも早くお客様に戻せるように、という目標を掲げてチーム一丸となって作業を進めている。

現在、リペアセンターには毎日のように全国から修理品が寄せられ、それは年間で約2万件になるという。修理のキャパシティは限られるから、常に多くの順番待ちが生まれている状況だ。店頭やウェブサイトでは、通常の納期は余裕をみて3、4カ月間と案内されるが、時期やタイミングによっては4、5週間で済むこともある。「できるだけお客様を待たせたくない」と考える多くのスタッフにとって期間短縮はもうひとつの大きな目標だ。

そうしたリペアサービス業務の全体像について、サーキュラリティ・ディレクターの平田健夫さんに話を訊いた。「サーキュラリティ(Circularity=循環性)」部門は、今年の1月に新設された部署で、リペア、リユース、アップサイクル、Worn Wearなど循環を目的とする業務を一つにまとめた部署で、日本支社独自のものだという。

リペアという美徳

「新品よりもずっといい」をテーマに全国各地の無料リペアイベントを回る「Worn Wearリペアトラック」。

——納期が長いのは、やはり、キャパシティの問題ですか?

キャパシティが間に合っていないというのが正直なところです。修理のクオリティを考えたときに、どうしてもある程度の時間は必要ですし、リペアのニーズが増えているという事情もあります。

——リペアの依頼は増えているのですね?

コロナ禍という事情を差し引いても、間違いなく増えています。昨年から3、4割、多いときで5割増ですからね。世の中の流れとして、モノを大切に使うようになってきたこともあるでしょうし、パタゴニアの取り組みなどを通じて、認知が高まった影響もあるのかなと思います。

——キャパシティを増やす予定はありますか?

基本的にパートナーさんを増やす方向で考えています。そのぶん、私たちはこれまでの技術をしっかり継承し、質の高いサービスを伝える存在になりたい。自分たちだけがリペア技術を持つのでなく、そのやり方をパートナーさんや、ほかの会社にも伝えることで、リペアの価値そのものを広げていきたい。それがリペアサービスとしての一つのビジョンです。

リペアという美徳

左はスタッフ向け物々交換の「くるくるコーナー」。右はリペアセンターで出る廃棄物をさらに再利用するための分別コーナー。「分ければ資源、混ぜればゴミ」とは、まさに言い得て妙。

——パタゴニアがリペアに力を入れてきた理由を、あらためて教えてください。

衣料全体の寿命を9カ月間延ばすと、炭素排出量は20から30%減ると言われています。会社としてさまざまな環境への取り組みを続けていますが、その一環として、すでにある製品を長く使うことを推進させたい。それが積極的にリペアサービスに取り組んできた大きな理由です。

もう一点としては、これは個人的な思いも強いのですが、修理するという行為自体に価値があると思うのです。環境のために我慢して使い続けましょう、ではなく、直して長く着ることの行為としての美しさが、人の心を豊かにしてくれる。そうしたカルチャーを楽しさや喜びを持って根付かせていきたいですね。

リペアという美徳

笑顔が素敵なリペアセンターのスタッフ。リペアという仕事の意義とこれからの可能性を理解し、真正面から取り組める喜びに満ちている。

パタゴニアがリペアやリユースを積極的に推進していることは、もはや当たり前に思っていたが、よくよく考えてみれば、修理で製品寿命を延ばし、中古品を自社販売することは、メーカーとしては大いに矛盾した行為である。単純に多くの製品を売ったほうが利益は上がるからだ。だが、平田さんの話をうかがって、あらためてリペアに対するパタゴニアの攻めの姿勢に理解が及んだように思える。そして、それを支えているのは、リペアスタッフ一人一人の高い技術と豊かな経験、絶え間ない向上心。それはまさに強固なクラフトマンシップと言っていい。

かつて、北米のクライミングバムやスノーバムたちは、補修で貼ったダクトテープだらけのウエアを誇らしげに着ていた。それは新しいウエアを買う金がないという懐事情もあるが、同時にリアルなコアの証でもあった。新品を買うくらいなら、その金で1日でも長く山で楽しみたい。そこに高い価値を見いだしていたのだ。今なら銀色のダクトテープの代わりにリペアテープが簡単に手に入るし、「Worn Wear リペア・パッチ」というちょっと気の利いたアイテムも売っている。たとえ、ウエアの色と違っていても、修理パッチは本物のコアの印と胸を張ればいい。

いずれは、ほつれやボタン付けくらいの簡単な修理は自分で直せるようにしたいし、それでもお手上げになれば、リペアサービスがある。そうして直って戻ってくるのは、色やカタチだけではなく、アウトドアウエアとしての機能と真心なのである。

リペアという美徳

最近はアパレル企業やアウトドアブランドからの見学が増え、その際は余すことなくすべてを伝えているという。階段を上がった2階床に描かれたこの文字は、そんな幅広いゲストに向けた所信表明に違いない。

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