愛すべきダート
全ての写真:ケン・エツツェル
鼻をうんと近づけると、ポンデローサパインの樹皮は、バニラのような、あるいは、木によってはバタースコッチのような香りがする。
ワシントン州は松の木が有名だ。絶え間なく水と緑が続く土地として描かれ、マウンテンバイクで言い換えるならば「完璧な森の中に、完璧なトレイルと完璧なダートがある大地」ということになる。確かにそのとおりだ。少なくとも州西部に関しては。

エリオット・ミルナーはロッククライミングはあまり得意ではないが、ビーコン・ヒルのトレイルビルダーたちは、ステップアップを望む人向けに頂上を目指すための別の方法を用意した。

アーティストでアスリートのブルックリン・ベルは、生まれも育ちもワシントン。その流れるような遊び心のあるスタイルは、東部の淡い色彩と同様に西部の深緑とも相性が良い。

スキーでもマウンテンバイクでも、カールストンはとても計算高く、トリッキーなプレーもさりげなく普通に見えてしまう。マウスガードを付けた笑顔が素敵だ。
州の最東端に位置するスポーカンの名物は、松林でもマウンテンバイクでもない。ここはリンゴの樹と大学バスケットボールが有名だ。州の東部3分の2が砂漠であるように、この地域の年間降水量は152mmと少ない。森林が点在し丘陵には日に焼けてカリカリの泥と乾いてカサカサの草、低木の藪がパッチワーク状に混在している。地形は急峻ではなくゴツゴツとしていて、広大な地平線に拡がる農地は中西部によく似た景観だ。トレイルは埃っぽく、ローム層というより砂に近く、こぶしの大きさほどの松ぼっくりが散らばっている。
ワシントン州の中でも、この辺りは「退屈な場所」だと呼ばれているのはそのためだ。東側の人にとっては、落ち着いた色調は、空間を構成する要素を際立たせ景観の本質を見極めやすい。
石灰岩や黄色や橙色のまだら模様の地衣類は、そこが希少な花崗岩の塊であることを示し、さらにそれらは2つの滅亡的な大洪水の記憶を物語っている。一つ目は、炎と溶岩の猛り狂う波であり、その一帯に象徴する玄武岩の柱状節理を残した。次に、氷と水の壁がそれらの玄武岩に深い溝を刻み、数百マイルにわたって残骸を撒き散らした。

ビーコンヒルの標本
図1-緩さ:日焼けした泥と枯れた松葉の混合は、摩擦とは真逆で、最も簡単なコーナーにさえ、スパイスを添える。
図2-粘性:湿った氷河堆積物や土砂は、滑らかでありながら、摩擦のあるトレイル表面を作る。季節の変わり目や暴風雨の時期に見られる、ありがたい泥。
図3-花崗岩:花崗岩、玄武岩、各種の氷河土:流出塊の希少な例であり、特に、多様性に富んだ地形は、自由なライディングスタイルにつながる。

ビーコンヒルの緩やかな起伏にだまされてはいけない。この丘は、実際にはロッキー山脈と同じプレート上にあり、数百万年前に一帯を埋め尽くした玄武岩性溶岩流の上に、古代の花崗岩の塊が隆起したものだ。ブルックリンのタイヤの下には、ビーコン創成期の奥深い歴史の一端がある。
湿った土がワシントン州東部の日差しを一身に浴びるとマウンテンバイクを走らせるのにこれほどの適した場所はない。毎年、春の数週間、繊細でドラマティックな色彩が繁茂し、これらの骨を覆い尽くす。雪解けで小川が増水し、まだ眠りから覚めない砂漠の中で流れる生命活動はきらめくリボンのようだ。

「バイクを楽器に例えるなら、ライダーは演奏家で、その弾き方は人によってさまざまだ。基本的には、自分の楽器を上手く弾けるようになることが目標だが、演奏のために弾くことが好きな人もいる」-エリオット・ミルナー
波打つ芝草が緑のレースのように丘の斜面を覆い尽くし、バルサムルートやルピナスの黄や紫の水玉が散りばめられる。セージやモミのスパイスが、ポンデローサパインのバニラやバタースコッチにブレンドされると、春を体現する魅惑的なカクテルのようだ。

左:アローリーフ・バルサムルート(Balsamorhiza Sagittata)は、綿毛に覆われたミント色の葉と生き生きとしたヒマワリのような花で愛されているが、この植物の名前は、主根に樹脂(バルサム)系の香りがあることに由来し、主根は深さ2.7mに達することもあり、コーヒーの代用品としても使用される。
右:空白のキャンバスは、さまざまな形になる。
景観の慎ましさは、それぞれの個性が際立ち、緑の壁に遮られてその体験は不明瞭になったりぼやけたり薄まったりすることはない。ポンデローサパインの向こうにほかのトレイルがよく見えるから、好奇心をそそられる。たぶん、次のラップでそれらがどこに通じているか分かるだろう。あるいはその次か。
何を描くかは重要なことではない。大切なのは描くことそのものだ。

汚れた手は良い時間を過ごしたしるし。

エリオットの後ろを走ることは、まるでジャズのセッションのようだ。彼はいつもトレイルの質感や細部に即興で合わせ、次に何を行うかは分からないが、とにかく面白いことには間違いない。