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一緒に釣りに行きたい人

山田 美緒  /  2024年1月29日  /  読み終えるまで8分  /  フライフィッシング

フライフィッシングが私たちの人生にもたらすもの。

尾瀬沼を源流とする只見川の支流でイワナを狙う山田美緒。

全ての写真:杉村 航

世の中には、2種類の人間がいる。一緒に釣りに行きたい人と、行きたくない人だ。行きたくない人の理由を挙げると、ペースが合わない、嗜好(思考)が合わない、道中の話が合わない。では、一緒に釣りに行きたい人は?それは、前述した理由をそっくりひっくり返した人なのだが、実はそういう人に巡り会えることは極めて稀だ。しかし、私は出会ってしまった。しかも2人同時に。

友美さんは、一緒に釣りに、ではなく、まず飲みに行きませんかと誘ってくれた。フラワースタイリストとして活躍している彼女は、2年前突然フライフィッシングに目覚め、私の本を読んだとメッセージをくれた。彼女のプロフィールはセンスのいい花々に彩られていて、こんなにおしゃれな女性がフライフィッシングを…と嬉しい気持ちになった反面、なぜ…と思ったのが第一印象だった。

「釣りしてる人って男性ばかりだから、気軽に行ける女友達がずっとほしかったんだよね」
と居酒屋に着くなり開口一番に友美さんは言った。たしかにその通りで、今すぐ女性フライフィッシャーを5人集めろと言われたら、藁の中から針を探すより難しいかもしれない。ここでの会話のほとんどが、フライフィッシングのことだった。そして、一緒に釣りに行く約束をして別れた。

後日友美さんに、釣りに行くなら新潟はどうだろうと提案した。なぜなら新潟には、一緒に釣りがしてみたいとかねがね思っていた奈緒子さんがいたからだ。釣りだけでなく、トレイルランニング、マウンテンバイク、スキーなど、あらゆるスポーツを楽しむ彼女のソーシャルメディアには、ときに水生昆虫への異常なまでの興味関心が綴られていて、「この人はただものではない」と思っていた。
奈緒子さんに3人で釣りがしたいと連絡すると、すぐに快諾の返事が来て、そこからの展開は早かった。私たちはオンラインで顔合わせし、キャンプをしながら釣りをする計画を立てた。禁漁が迫る9月の最終週、私たちは奈緒子さんのホームである奥只見の渓流へ向かった。

一緒に釣りに行きたい人

奥只見の宿に泊まり、3人で入渓点やテン場の位置を確認した。大量の荷物を持ち込んでいたので、全員の持ち物を並べて「これは私が持ってく」「じゃあこれは置いて行こう」というように軽量化を図った。

一緒に釣りに行きたい人

猛暑が続き全国的に渇水していて心配だったが、釣行の数日前にまとまった雨が降り水量に恵まれた。

私はスパイダー・パラシュートでテンポ良く釣り上げていた。なかなか最初の1尾を釣ることができずにいた友美さんに、「蜘蛛すごいよ、もしよかったらこれ使ってみて」とフライを渡そうとすると、「ありがとう、でもまずは自分で巻いたフライで釣りたいから、似たようなフライでやってみる」と言うのだった。
彼女の中にはちゃんとした哲学がある。ただ魚が釣れればいいというのではなく、プロセスが大事だと考えられる人だ。フライフィッシングの面白さや美学はそこに尽きるが、始めて間もないうちからその確固たる意思が芽生えていることは珍しい。一貫した彼女の生き方が、そのまま釣りのスタイルに反映されている。

友美さんはその後も、魚は出るものの今度は合わせることができず、休まずに釣りを続けていた。かなり苦戦していて、昼休憩のときもどことなく上の空だったが、午後になってようやく魚を手にすることができた。彼女は神妙な顔つきで釣ったイワナを眺めていた。やっと釣れたという安堵のほかにも、いろいろな思いが交錯していたのだろう。コツを掴んだ友美さんは、それから誰よりも魚を釣り上げた。
自問しながら根気強く魚と向き合う友美さんの姿勢、1尾に対する価値観は、私の中でおざなりになっていた情熱を思い出させてくれたし、習得の速さは目を見張るものがあり、その聡明さに憧れすら抱かされた。

一緒に釣りに行きたい人

悔しそうに振り返る友美さん。

一緒に釣りに行きたい人

「山力」というものに長けている奈緒子さん。

奈緒子さんは好奇心が旺盛で、魚や虫、植物に向けるまなざしはいつも慈愛に満ちていた。この環境で生まれ育ったからこそ持ち合わせている自然観は、とてもナチュラルに彼女の中から染み出ている。彼女はいつも、植物やら虫やら何らかの写真を撮っていた。自然観察が本当に好きなのだ。日が照って水生昆虫が羽化し始めると、「虫が飛んでる!」と大喜びした。石をひっくり返して幼虫を見つけては「なんとかカゲロウいた!」と興奮し、撮影した画像を拡大してうっとりしている。

「いつもはこの下に見事な雪渓が残るんだけど、今年は雪も少なかったし、暑すぎたからないんだよね」と、奈緒子さんは残念そうに話した。長年ここに通っている奈緒子さんは、そうした変異もつぶさに感じ取っていた。地図を開いて説明してくれるとき、ポイントを覗くとき、水場を教えてくれるとき、その全てに慈しみが溢れている彼女のことを思うと、この川が彼女の人生にずっと寄り添ってくれますようにと願いたくなる。

「私は釣りしていても植物ばかりが気になってさ」と言っていた友美さんだったが、いざ川を前にすると魚のことしか目にはいっていないようだった。むしろ奈緒子さんの方が「大文字草だ!」とはしゃいでいる。(そして合間にしっかり釣っている)それを私は少し離れて眺めている。この3人ならではの絶妙で心地よいリズムがいつの間にか生まれていた。

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愛らしい顔つきのイワナ。土地によって模様や色に違いがあるからおもしろい。

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釣れたらみんなで喜び、観察する。

焚き火を囲みながら、「ああ、今日は本当に楽しかった。明日もこの3人で釣りができるなんて幸せ」と奈緒子さんが、「なんていい川だろう。こんなに魚が釣れたのは初めてだよ」と友美さんが呟く。友美さんも奈緒子さんも、「フライフィッシングに人生を救われている」と口を揃えて言っていた。そんな彼女たちに運良く出会えたことに、私も救われている。私は地べたに敷いたマットに横になって「サイコー」と瞼を閉じた。魚がドライフライに出る瞬間が蘇ってくる。その静かな興奮はシュラフに潜り込んでからも続いた。

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寝転んでいたせいで、私だけヌカカに10箇所も刺された。

「フライフィッシングに人生を救われている」という2人の言葉が頭の中を駆け巡る。
フライフィッシングに出会うまでは、都会には何でもあると思っていた。でも今は、街へ出かけても私が必要とするものは何もない。何もないと思っていた自然の中に、全てあるということを教えてくれたのはフライフィッシングだ。川で1日を過ごすことができれば、本当に何もいらない。そこには私が求める静寂があり、豊かさがある。欲しいものを全て買っても満たされることなんてなかったけれど、川に立てば十分に満ち足りていると感じられる。

水の流れる音、木の葉のトンネル、吹き抜けるぬるい風、光の温かさ、虫の羽ばたき、水中で暮らす魚たち。その存在一つ一つに尊さを感じられるようになったのは、私が大人になったからとかではなくて、フライフィッシングをしていなければ目を向けることすらなかった。私も間違いなく救われている。
私が10年以上かけて気づいたそういうことを、釣りを始めたばかりの友美さんはすでに分かっているし、奈緒子さんは子どもの頃からとっくに理解していたのかもしれない。

一緒に釣りに行きたい人

ときに絵画のように美しい場面に遭遇する。

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川に立てれば、それでいい。

帰りの林道は山葡萄が生り、すっかり秋の装いだった。今シーズンとこの旅の終わりに向かって歩いている私たちの足取りに、一抹の寂しさが漂う。また3人で、この川で釣りがしたい。きっと胸中はみんな一緒だ。
会話をするよりも釣りをしている姿を見ている方が、その人の人間性が浮き彫りになる。「一緒に釣りに行きたい人」は、釣りのスタイルやペースが合うだけではなく、もっと深い部分で共感できる人なのだということを2人は教えてくれた。

その土地の魚に会いにいくと同時に、その土地の人に会いたい、一緒に釣りがしたいと思える人がいる。だから私はまた旅に出る。

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3人の会話は自然と来年の釣行の計画に。友美さんは「あ、オオカメノキだ」と、帰り際になってようやく植物の名前を口にし出した。

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