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地面の下に着目する農業

リズ・カーライル  /  2019年5月21日  /  読み終えるまで13分  /  食品

レンズ豆の根粒の検査をする、モンタナを拠点とする〈タイムレス・シーズ〉のジョセフ・キビウォットとジム・バーングローバー。根粒は窒素の固定を示すもので、植物の成長を助けて土壌を肥やす。 Photo: Amy Kumler

環境再生型有機農業の可能性

「地面の上に着目して育てるように教え込まれるのが問題なんだ」と、丈の低い植物(それがレンズ豆であることを私はあとで知る)が並ぶ畑へ導きながら、デイヴィッド・オイエンが言う。私は地面の上に着目しない方法とはどんな方法かと考えをめぐらせる。上でないとしたら外? するとデイヴが「あっ、根粒!」と声を上げる。びっくりして顔を上げると、彼はレンズ豆の根の先に付いた赤っぽい球根状の房を指差している。鋤で土からレンズ豆を1株切り取った。デイヴは満面の笑みを浮かべ、根粒菌というバクテリアが空気中の窒素を吸収し、植物の根で仕事をはじめると根粒ができるのだと説明してくれる。この窒素固定は歴史上の奇跡的な協調のひとつであり、根粒がみずからレンズ豆に肥料を与えるのだと彼は言う。

私はカリフォルニア大学バークレー校で地理学を専攻する大学院生だが、より持続可能な農業の方法を学ぶため、出身地のモンタナ州に戻り、そしてここ〈タイムレス・シーズ〉を訪れた。同社は農家が経営するレンズ豆生産会社で、土壌の健康を持続することで化学薬品を使わずに食物を栽培する、環境再生型有機農業の拡大を使命とている。この調査は私にとって個人的なものだった。私の祖母はかつて「ダストボウル」で家族経営の農場を失い、私は束の間のカントリーシンガーとしてアメリカの田舎を巡業したのち、主流のアグリビジネス(農業関連産業)に対する信頼を失くしたばかりだった。陳腐に聞こえるかもしれないが、私は環境再生型有機農業が生命の鍵であるという強い予感を抱いていた。

地面の下を意識する農業の意味を聞こうとしたちょうどそのとき、デイヴがみずからそれに答えた。モンタナの大半の農場と同じように、彼が育った地方は一次産品の小麦と大麦という2つの作物の生産量を最大にすべく調整されていた。小麦と大麦の年間生産量に焦点を絞る農法は、デイヴの農場の土壌の肥沃度を徐々に、根から穂へと移動させた。麦は農場を出て、やがて州外へ売られていった。短期的な生産量は良好だったが、土壌肥沃度が低下すると収益も減った。デイヴは1976年に家族の農場に戻ってくると、すべての農場運営を再構築し、土壌の健康に焦点を当てた。これが、彼の意味する「地面の下に着目する農業」だった。

地面の下に着目する農業

ニック・メムキーの畑でレンズ豆を観察する〈タイムレス・シーズ〉の共同創業者デイヴ・オイエン。ニックの農場は「ビッグスカイ・カントリー」ことモンタナで〈タイムレス〉が支援する、十数の家族経営オーガニック農場のひとつ。 Photo: Amy Kumler

土壌に着目する農業はとくに目新しいものではない。いまから1世紀前、アメリカ人農学科学者F.H.キングはアジアへの調査旅行で、中国と日本では数千年にわたって土壌に腐葉土や緑肥を使ってきたことを学んだ。その数十年後、農業指導者としてインドに駐在したイギリス人植物学者アルバート・ハワード卿も、これとほぼ同じことを知った。ハワードが指導するはずだった農民は、逆に堆肥の素晴らしさを彼に教える結果となった。イギリスに戻ったハワードはこの「インド式」堆肥農法を伝え、これはアメリカとヨーロッパの初期の有機栽培農家にひらめきを与えた。

ハワードは広く影響を及ぼした2冊の著書で、彼が名づけた「ロー・オブ・リターン(返還の法則)」について説明している。それは、農業を持続させるためには、土壌から取り除かれたすべての栄養素が何らかの方法で土壌に返還されなければならない、というものだ。ところが、キングとハワードが持続的農業の古来の秘訣を学ぶ一方、農芸化学者は合成窒素肥料という異なる方法を洗練させていた。窒素は植物の成長における典型的な制限要因であるため、わざわざ面倒な堆肥を使う代わりに土壌を化学的に改善すればよい、というのが彼らの考えだった。

化石燃料で製造された窒素は、アメリカとヨーロッパの工業型農業の台頭と合致した。さらに第二次世界大戦後、戦時中の化学薬品工場に民間を対象とする役割が必要になると、合成窒素の製造はますます繁栄した。小麦やトウモロコシなどの主要生産物の種子は、この化学肥料により良く反応するように開発され、政府の農業相談員はその使用を農家に奨励したため、1960~1970年代には、ハワードの返還の法則はアメリカの科学者にも農家にもすっかり忘れ去られてしまった。毎シーズン土壌からは単一栽培の穀物が収穫されたが、土壌には化学肥料以外何も返還されなかった。この農法は土壌の自然な肥沃度を激減させ、農家は化石燃料ベースの肥料の購入量を増加しつづけなければならない悪循環に追い込まれた。破産と気候変動に直面し、デイヴのような有機栽培農家の先駆者たちは、化学薬品の使用中止こそが農家が生き延びる唯一の方法だと決断した。

極端な干ばつが頻繁に発生する昨今、気候変動の対策として土壌の健康に注目しているのは有機栽培農家だけではない。被覆作物への関心や環境再生型放牧はモンタナ州全域に拡大し、またレンズ豆の作付面積も、デイヴが1987年に〈タイムレス・シーズ〉を共同創設して以来100倍に増えた。農家や牧場主はまた、炭素が豊富な有機物質は土壌の健康に重要なだけでなく、別の価値があることを認識しはじめた。農業の新たな収入源となりうる炭素隔離だ。

土壌は地中や地球のまわりを巡回する炭素を世界規模で貯留し、その量は大気圏に蓄えられる量の3倍に上る。土壌の炭素はすべてが地下深層部に封じ込められているわけではなく、むしろ有機炭素の大半は土壌の上層部1メートル以内にあり、土壌管理の影響を直接受ける。工業型農業慣行は大量の土壌炭素を大気中に放出するため、管理に影響されやすい土壌炭素の性質はこれまでは厄介な問題と考えられてきた。しかし、土壌炭素は温暖化の緩和に非常に重要な要素であり、それはすぐに活用できる状況にある。

地面の下に着目する農業

〈タイムレス・シーズ〉で洗浄されたオーガニックレンズ豆を両手いっぱいにすくう、農学者のジョセフ・キビウォット。 Photo: Amy Kumler

デイヴが3人の友人と〈タイムレス・シーズ〉を創業した当時、彼らの目標は、化学肥料も除草剤も使わない農業のシステムを築いて生計を立てることだった。そして創業まもなく、この地方で栽培される代表的な一次産品である小麦と大麦の単一栽培だけでは暮らしを維持できないことに気づき、これらの作物が土壌から取り除く栄養素を土壌に戻すための輪作に目を向けた。世界の農地を見渡すと、伝統的な農法では穀物と家畜、または穀物とマメ科植物を循環させていた。マメ科植物はバクテリアを使ってみずから窒素を蓄える。自家製肥沃度戦略ともいえるこの特質を知った〈タイムレス〉の農家たちは、有機物質の増加と土壌強化を促進する作物として、さっそくマメ科植物の栽培をはじめた。同時に収入源も必要だったため、乾燥した土地で短期間に収穫できる豆を探した。それがレンズ豆だった。

それから25年後、私がデイヴに出会うまでに、農家が立ち上げたこの会社は「土からフォークへ」の企業へと成長を遂げた。デイヴは栽培スタッフとともに州全域を訪れ、農家にオーガニックのレンズ豆の栽培方法や穀物との輪作、被覆作物を利用した土作りを教えた。収穫時になると、〈タイムレス〉はこれらの農家からレンズ豆を購入し、きれいにして食品等級にし、全米の自然食品店に卸した。当初は経済的な理由で〈タイムレス〉を探し求めてきた農家もあった。一次産品の穀物の栽培に必要な高価な農薬や農機具を購入しながら十分な収入を得るのは、容易ではなかったのだ。しかし、それだけではなかった。多くの農家は地元地域のがんの発症率を懸念し、また除草剤が家族の健康に及ぼす影響を心配した。

私がデイヴと一緒に〈タイムレス〉の契約農家を訪ねた夏は、「ダストボウル」以来最悪の干ばつが穀物の栽培地域を襲った年だった。ある農場を見学していると、デイヴが隣接する農場の干からびた大麦を見せ、おそらくすべてダメになるだろうと言った。一方〈タイムレス〉の契約農家の大麦はやや短めだが状態は良好で、私はその劇的な違いに驚いた。土壌の有機物質が違いの要因だとデイヴが説明した。15年間土壌に栄養素を与えてきた努力が、地中に貴重な水分が蓄えられるという形で報われたのだ。私は〈タイムレス〉の契約農家の作物が気になり、収穫期のあとにふたたびデイヴを訪ねた。「降雨量は通常の40パーセントだった」と、紙ナプキンの裏に十数件の契約農家の雨量計の推定値を書きながらデイヴが言った。私は最悪のニュースを覚悟したので、「それでもうちの契約農家は例年の約80パーセントの収穫があった」とデイヴが付け加えると、思わず手からノートを落としそうになった。

地面の下に着目する農業

Photo: Amy Kumler

環境再生型有機農業による気候緩和効果の利点を受けるのは農家だけではない。この農耕方法は、炭素隔離を手段として気候変動の地球全体への影響の緩和が最も期待できるものかもしれないのだ。環境再生型農業で隔離できる炭素の正確な量を突き止めるのは難しい。土壌の生態系は複雑かつ動的で、炭素の安定化および不安定化の原因となる変動要素の量を測定するのは容易ではない。たとえば、地球の気温上昇はこれまで予想されてきた以上に土壌炭素の不安定化を引き起こす可能性があると指摘する科学者もいる。また環境再生型農業はさまざまな方法をともなうため、人間の管理による影響をひな形として使うのはさらに注意が必要だ。そして近年、世界17か国の科学者によって構成されるチームはこれらすべての変動性を考慮したうえで、土壌有機物質を10分の4パーセント(0.4%)増加させる世界的な取り組みで炭素がどれだけ貯留されるかを示す推定値を発表した。この「4パーミル」または「1000分の4」戦略により、人間の活動で発生する温室効果ガス排出量の20~35パーセントを相殺する炭素隔離が期待できることがわかっている。

とはいえ、私はデイヴや〈タイムレス〉の契約農家と一緒に過ごしてみて、土壌の炭素隔離の数値化にとらわれるべきではないことも実感した。もちろんそれは環境再生型農業の重要な一部ではあるが、決してすべてではないことを農家は教えてくれた。そもそもひとつの方法で解決するという思考が農業を退化させた、という事実を忘れてはならない。必要なのは異なるひとつの解決策――窒素レベルや作物収量の代替としての土壌炭素隔離――ではなく、農業や食物との関わりへのまったく異なる方法なのだ。私は冗談半分にジョン・F・ケネディの有名な言葉を言い換えて、「自分のために土壌が何をしてくれるのかを問うのではなく、自分は土壌のために何ができるのかを問うのだ」とデイヴに言ってみた。すると「うん、なかなかいいスローガンだ」とデイヴは答えた。

「〈タイムレス〉では農地全体のシステムという観点で考えている」と、見学の終わりにデイヴが言った。「契約農家が被覆作物を肥料として使っているとしたら、それは農業による温室効果ガス排出の大部分を占める合成窒素肥料を使っていないということだ。つまり、炭素を貯留しているのはもちろん、そもそも炭素の発生を抑えているということなんだ」

私はこれが環境再生型農業の本義だと理解した。たんに炭素を蓄えるだけでも、壊したものを修復するだけでもない。私たちに命を与えてくれる土壌にお返しをする。この点において、環境再生型有機農業は私たちにできることがまだある、というたしかな証拠である。

このストーリーはパタゴニアのMarch Journal 2019に掲載されたものです。

地面の下に着目する農業

環境再生型有機農業

第二次世界大戦の戦略および兵站術の天才として知られるドワイト・アイゼンハワーは、「問題が解決できないときは、その問題を膨らませてみる。小さくしようとすると決して解決できないが、十分に膨らませると解決策の輪郭が見えてくる」と言いました。

環境再生型有機農業は、地球の温暖化、淡水の喪失と汚染、表土の喪失と劣化、工場型農業、農村の慢性的貧困、今世紀末までに110億に達する世界人口を養う食物の必要性といった、想像を絶する解決不可能な問題に取りかかり、その解決策の糸口を見つけて生み出すことをはじめたところです。

この50年、有機栽培を実践する農業は人間から自然への数少ないお返しのひとつとなってきました。化学物質を土壌に入れないことで栄養価の高い美味しい食物ができ、川に流出して淡水や海水の酸欠域の原因となる合成窒素肥料も不要にします。また有機農業は空気を汚染して肺に障害を与える農薬散布用飛行機を必要とせず、猛禽類やハチやオオカバマダラを殺傷することもありません。有機肥料の使用は土壌の健康を改善し(微生物バイオマスの健康を促進して栄養循環を加速させる堆肥も同様)、病気を抑え、根の成長を助け、気候変動の原因となる炭素を吸収して土中に戻します。

そしていま、これまでの有機栽培に土壌の健康を回復させる環境再生型農業慣行を加えて、その基準をさらに高めるときがやって来ています。環境再生型農業は農地に自己永続的生物系を作り出し、有機肥料や灌漑用水の必要性を削減するうえ、炭素隔離の可能性を最大限に高めます。このような理由からパタゴニアは、リジェネレイティブ・オーガニック・サーティフィケーション(ROC)を支持しています。問題の全体を見なければ私たちが必要とする農業に到達することはできない、と認識したからです。ROCは根本的な原因に対処するため、土壌はもちろん、農業労働者とその共同体の適正賃金と経済的安定に対する権利、そして家畜の尊厳と自然な生活を守る動物福祉という3段階で再生型を実践します。

有機栽培を越える農業慣行の必要性を感じているのはパタゴニアだけではありません。この事業の重要なパートナーである〈ロデール・インスティテュート〉と〈ドクターブロナー〉とともに、私たちは多くのことを学んでいきます。私たちの次なるステップは、この総体的な環境再生型基準を食物と繊維に導入して拡大することで、すでにインドではコットン農家たちと協働で取り組みはじめています。またパタゴニア プロビジョンズで販売しているオーガニック・グリーン・レンティル・スープには、〈タイムレス・シーズ〉の環境再生型有機レンズ豆を使用しています。

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