未来のために滑るという選択
2024年12月初旬、スキー場オープンから数日経った長野県白馬村を訪れた。ここ数日、ソーシャルメディアのタイムラインにあふれる初滑り動画はどれも非現実的にさえ思えたが、白くなった山並みを間近にして、ようやく、シーズンが始まったことを実感した。
白馬を訪れた目的は一般社団法人Protect Our Winters Japan(以後POW JAPAN)が立ち上げた「サステナブル・リゾート・アライアンス」について詳しく知るためだった。サステナブル・リゾート・アライアンスとは脱炭素やサステナブル化を目指すスキー場のネットワークであり、その実現を支援するプラットフォーム。各スキー場のさまざまな取り組みや課題を共有することで、共に実現に向かおうというものだ。2023年12月のローンチからわずか1年で、すでに全国37のスキー場が加盟している。
持続可能なスキー場を実現するにはさまざまな取り組みが考えられるが、そのなかでもっとも効果的なのが、再生可能エネルギー由来の電力に転換することだといわれている。
その取り組みで国内最先端の事例といえるのが、白馬八方尾根スキー場の経営母体の一つ、八方尾根開発である。2020年に発足間もないPOW JAPANとパートナーシップを締結し、社内にSDGsの専門部署を設置。国内でも早い段階からリフトの再生可能エネルギーへの転換をはじめとするさまざまな取り組みを行ってきた。
その結果、わずか2年間で自社リフト(白馬八方尾根スキー場の約7割を占める)の100%再エネへの転換を完了。その後、発電所の見直しによって、現在では、ほとんどが長野県内の小水力発電によるクリーンな再エネ電力にまかなわれている。
100%再生可能エネルギーで運営する八方尾根開発
話を伺ったのは、八方尾根開発SDGsマーケティング部の松澤瑞木さんと太田美紀さん。実際に、再エネ転換に取り組んできた担当者の女性二人である。

八方尾根開発SDGsマーケティング部の松澤瑞木さん(右)と太田美紀さん(左)。松澤さんは白馬八方尾根スキー場の元スキーパトロール隊員で、太田さんは入社以前に「グローバル気候マーチ」に参加していた。写真:栗田 萌瑛
——「SDGsマーケティング部」はどのようにスタートしたのですか?
松澤:POW JAPANとパートナーシップを結んだのが2020年3月で、その3ヵ月後にSDGsマーケティング部が発足しました。最初は「SDGs」という言葉の意味もわからないところから始まり、POW JAPANや、HAKUBA VALLEYのSDGs委員会にサポートしてもらいながら勉強や打ち合わせを重ね、なんとかその年の冬から再エネへの切り替えを始められたという経緯です。
——切り替えはどのように進めたのですか?
松澤:リフト1本1本、すべて個々に電力会社と契約しています。なので、リフトの本数分の契約があります。ほかにも降雪機やレストランなども含めて、弊社の施設だけで120件くらいの契約があり、それら一つひとつを精査しながら再エネに切り替えるという作業でした。
——再エネの電力会社はどうやって選んだのですか?
松澤:最初はどこでどう調べていいかもわからなかったのですが、POW JAPANに相談しながらいろいろ検討しました。多くの電力会社さんがありますし、会社によって得意不得意があるようです。ただ、自分たちの意志としては、単純にコストが安ければいいという考えはなく、発電の内容や質にこだわった。それが結果的に良かったと思っています。
——長野県内の小水力発電を選択したのもその一環ですか?
松澤:POW JAPANに紹介いただき「みんな電力」と出会ってから、もう一度、電力会社を見直したのです。みんな電力では私たちで発電所自体を選ぶことができました。そのリストから二人で選んだのが、県内の豊かな水を使った水力発電です。本当は自家発電が理想ですが、それができないなら、せめて電気も地産地消がいいという考えです。

みんな電力:八方尾根開発 2023年 再生可能エネルギー100%証明書より
デメリットを上回る再エネ化のポジティブ面
——再エネ切り替えで大変だったことはなんですか?
松澤:データの集計かもしれません。電力やガスなど過去何年分のデータから、使用量と二酸化炭素排出量などを調べてデータ化しました。再エネ化の評価を出すためには比較データが必要なので、そこが一番大変でした。
太田:軽く100件を超えるすべての契約を過去何年分、それぞれ年平均を出して、といった作業を、目をチカチカさせながら入力していましたね。
——再エネに切り替えて良かったことと困ったこととは?
松澤:困ったことは特にありませんね。現実的にはコストだと思いますが、スキー場の電気の使い方と料金プランとの相性がよく、デメリットは感じませんでした。なので、比較作業は大変でしたが、再エネ切り替えによるメリットが、はるかに上回っていると思います。
太田:先日、社内アンケートで「会社の宝は?」という設問に「SDGsの部署」と答えた人がいたそうです。その人は人事担当者で、聞けば、新入社員の応募動機として「SDGsの取り組み」に関心を持った人が多かったと聞いて驚かされました。

八方尾根開発SDGsマーケティング部は現在社員4名。広報や営業の窓口も担当している。手前右は松澤さん、左は太田さん。写真:栗田 萌瑛
——サステナブル・リゾート・アライアンスに加盟している意義を教えてください
松澤:これから取り組むスキー場さんは、おそらく私たちと同じ苦労をすると思うので、私たちの経験や私たちが感じたことを少しでもお伝えできればという思いは常にありました。新たな取り組みを検討されているスキー場さんの、背中を押してあげる存在になれればと。
太田:最近うれしかったのは、POWチケットのことです。サスティナブル・リゾート・アライアンスの一環で、主にスキー場の森林整備に役立てるということでシーズン券に1000円プラスして販売したら、20%弱の方がそちらを選んでくれました。リピーターには特に多かったです。こんなにも関心を持ってくれる方がいるんだと。
松澤:ぜんぜん買ってもらえなかったらどうしようって、最初は心配していたんですけどね。
——SDGs担当としての、この先のプランを教えてください
松澤:当初からの目標は自家発電です。スキー場で使う電気を、自分たちでつくることができれば一番じゃないですか。そこで風力発電や、温泉の地熱を使った発電など、いろいろ調べた4年間だったのですが、なかなか難しいんですよね。そのなかで、日帰り温泉「八方の湯」で太陽光を利用した自家発電をようやく始めたところです。これをほかでも展開しようと考えています。私たちの最終目標は自家発電のクリーンエネルギーによるスキー場という壮大なものですが、大きな設備投資が必要だったり、圧雪車の技術革新のような長期的な課題も山積しています。今はできるところからクリアしていく。それが現実的と考えます。

2024年6月から稼働を始めた「白馬八方温泉八方の湯」の太陽光パネル。雪国でも太陽光発電が可能という好例の一つ。
白馬エリア以外からのPOW JAPANパートナー
群馬県片品村のかたしな高原スキー場がPOW JAPANとパートナーシップを結んだのは2021年のこと。スキー場としてはエイブル白馬五竜と白馬八方尾根スキー場に次いで3ヶ所目だ。
2019年に発足したPOW JAPANは、白馬エリアに重点を置いたスタートを切った。まずは白馬エリアで活動を積み重ね、その実績をもって全国のスキー場に波及させていくというプラン。それは生まれたばかりのチームとしては理に適った戦略だった。
だが、かたしな高原スキー場は発足当初のPOW JAPANに自らコンタクトしている。白馬エリア以外のスキー場として、さらには大規模スキー場ではなく、中小規模のスキー場という点でも最初だった。
2023-24シーズンの入り込み数は、約11万人。これは群馬県内のスキー場としては尾瀬岩鞍、丸沼高原に次ぐ第三位の数字だ。関東圏随一のスケールを誇る尾瀬岩鞍スキー場に隣接するという、ある意味不利な立地ながら、ファミリーやシニア層にターゲットを絞った独自のマーケティングの成果といえる。

かたしな高原を運営する大都開発の代表取締役、澤生道さん。自ら滑ることへの意欲も高く、尾瀬でのキャットツアーのプロデュースにも一役買っている。写真:栗田 萌瑛
その戦略を打ち出した若き経営者が、澤生道(さわ・しょうどう)さんである。かたしな高原の経営者一家に生まれた澤さんは、大学卒業後にカナダの大学に留学して観光学を学び、帰国後は全国規模でホテルやリゾート施設を展開するリゾート運営会社に勤務。かたしな高原に転職したのは2012年からで、代表就任は2017年のこと。以来、8年目を迎えている。
次世代を担う子どもたちのために
——POW JAPANとパートナーシップを結んだきっかけを教えてください
澤:もともとカナダの大学で観光学を学んでいたときから、これからのリゾートはサステナブルがキーになると教えられてきました。自分自身も幼い頃から、尾瀬の自然と接してきたこともあって、環境に対する意識は大切にしてきました。そこで、私が経営を引き継いでからは、ミッフィーマウンテンクラブというファミリー会員組織で「1% for the planet」に参画しました。そんなときに、パタゴニア社の社員の方からPOW JAPANの設立をうかがい、自分からコンタクトしたのが2020年のこと。それが始まりです。私自身、設立者のジェレミー・ジョーンズのファンでもありましたしね。
——パートナー締結後、会社として何を始めましたか?
澤:まずはPOW JAPANに来ていただき、社員全員で話をうかがったり、映像を観たりといった研修からです。スタッフの年代はまちまちですから、気候変動に対する認識の違いはあります。でも、そうしたことを続けていきますと、難しいことはまだよくわからないけど、みんなで協力しないといけないな、という意識が社員のなかに生まれていったようです。
——再エネへの切り替えにはどう取り組みましたか?
澤:私自身、電力の切り替えは非常に重要だと思っていました。わかりやすいですし、クリティカルなことですからね。そこで、2021年に、まずは30%を再生可能エネルギーに切り替えました。そこから100%に向けて段階的に切り替えていこうとしていた矢先に、北陸の大寒波や戦争の影響で、電気料金の見通しがかなり不安定になってしまい、それでやむなく、いったん頓挫した形です。
——それはなんとも残念な結果ですね
澤:もし実行していたとしら損失は数千万円単位になることがわかっていて、私たちのような規模のスキー場としては死活問題だったのです。ですが、今は時間も経って、起こったことへのリスクヘッジも取れてきていると思うので、来年度4月から再チャレンジするつもりです。先行事例のノウハウをサステナブル・リゾート・アライアンスで共有していただいているので、教わりながらしっかり取り組んでいきたいと考えています。

「ファミリーとシニアが安心して楽しめる」キャッチフレーズのかたしな高原スキー場だが、上部は滑り派も満足できる良質のコースも揃っている。写真:栗田 萌瑛
——1日券が平日3,400円とは、今どき非常に良心的ですね
澤:高速リフトがないので、リフトのメンテナンス費用が低いのもコスパの良い理由です。今は日本中のスキー場のリフト券が軒並み上がっています。それはビジネスの判断としては悪くないのかもしれません。けれども、私としては誰もが来場しやすい環境を守っていきたい。10年、20年先を考えるとなおさらです。
——そのほかにどんな取り組みをされていますか
澤:かたしな高原は、幼児や小学生を持つファミリー層が8割以上なんです。それは夏も冬もです。つまり、子どもたちが最初に自然環境と触れあうタッチポイントになる。そこでエリア内にある休耕地をスタッフで耕し、「ミッフィー農園」と称して30種類くらいの野菜をつくっています。夏に遊びに来たファミリーを畑に連れていって、収穫してもらい、夜のBBQで実際に食べていただく。そうしたストーリーを用意しています。また、尾瀬ガイドの資格を持つスタッフによる尾瀬でのエコツアーを組んでいます。子どもたちに自然の素晴らしさと、尾瀬の環境保護活動の歴史を伝えること。それはすごく大事なことだと考えています。

POW JAPANの主要な3つの活動の一つ、政策への働きかけにPOW JAPAN賛同企業代表として参加し、気候変動についての現場からの提言を行なった。写真:栗田 萌瑛
澤:地産地消という観点でいえば、ミッフィー農園はわずか1ヘクタールですが、玉ネギが1500個、ジャガイモが600kg、白菜500株、大根400本くらい収穫できます。それを冬の宿泊施設とスキー場のレストランで使っています。スタッフ自ら大切に育てた野菜ですから、調理場のモチベーションは上がります。そういった意味では、自然を大切にすることとビジネスを成立させることは意外に相性がよく、うまく設計すれば加速がつきそうですね。
——尾瀬国立公園は日本の自然保護運動の発祥の地、歴史は語り継がれていますか?
澤:そこは地元の人の間にはしっかりインプットされています。それが脱炭素の動きに対しても推進力を生んでいるという印象はあります。地元の小学生は学校の「尾瀬学習」という行事で尾瀬を歩いて自然保護の実際を目の当たりにしますし、自然を身近に育ちます。それもあって、片品村の子どもたちの自然に対する意識は非常に高いものがありますよ。
——片品村のほかのスキー場への波及効果はありますか?
澤:8月に片品村のゼロカーボンパークのトークイベントをPOW JAPANの仕切りでやっていただいたのですが、そのとき、尾瀬岩鞍スキー場の社長と一緒に登壇しました。それをきっかけに、岩鞍さんもPOWに参加しています。社長とは同じ歳で仲も良く、これからは岩鞍さんと組んでいろいろ取り組めると楽しみにしているところです。
——POW JAPANとの取り組みをどう自己評価されますか?
澤:POW JAPANへの加入は、自然保護と気候変動に対して積極的に取り組んでいくという旗印になりました。そうして社内的にも社会的にも共通認識を得やすくなったのは大きなメリットです。また、サステナブル・リゾート・アライアンスが始まったこともあって、同じ取り組みの情報が非常に多く入ってくるので、会社としての判断もよりベターなものになっていく気がしています。それにPOW JAPANの皆さんはいつも驚くほどポジティブで、そういった点からもエネルギーをもらっています。
7年目を迎えたPOW JAPANの現在とアライアンスの狙いとは
今回の「サステナブル・リゾート・アライアンス」を巡る旅。ラストは再び白馬に戻り、POW JAPANの高田翔太郎さんと鈴木瞳さんを訪ねた。

POW JAPAN事務局長の高田翔太郎さん(右)と、事務局でソーシャルメディアやコミュニケーションデザインを担当する鈴木瞳さん(左)。写真:栗田 萌瑛
——POW JAPANの取り組みをあらためて教えてください
高田:大きく3つあります。アウトドアスポーツに取り組む人たちは、肌感覚で気候変動を実感しているので、なぜそれが起こり、これから世界の状況はどうなっていくのかを知ってもらいながら、取り組む仲間を増やしていくことがまずひとつ。次には脱炭素とサステナブルを目指すスキー場を支援し、それを増やすこと。そして、3つ目は国の政策に働きかけることです。脱炭素化社会の実現には、やはり、ここが一番肝心なところです。
——設立から7年を経た現在の状況は?
高田:今はスキーヤー、スノーボーダーという枠はすでに越えていて、ウインタースポーツやアウトドアスポーツ全体に広まっていることを実感しています。これまでは気候変動問題の解決に向けてと言ってきましたが、そんな単純な話ではないこともわかってきました。いろいろな問題があるなかで、気候変動問題を”解決できる社会をつくる”ことが必要なのだと。そうした取り組みを進めているところです。
——そのなかでサステナブル・リゾート・アライアンスの経緯を教えてください
高田:いろいろなスキー場経営者の方と会ってコミュニケーションを取るなかで、やはり、皆さん気候変動への危機意識が高い。ただ、なにかを始めたいと思っていても、どうしていいかわからないし、リソースがない。一方でPOW JAPANとパートナーシップを結んでいるスキー場さんは、それぞれ着実な取り組みで成果を挙げている。これは一つのプラットフォームをつくれば、それぞれの取り組みを効率良くサポートできると考えました。それを形にしたのが昨年、2023年の12月です。
——各スキー場の加盟促進はどうやったのですか?
高田:まずは滑り手たちにアンケートを取って、よりサステナブルになってほしいスキー場を挙げてもらったんです。その回答に記載されたスキー場すべてにコンタクトしました。これだけの声が集まっています。こんな取り組みが求められていますので、一緒にやりませんかと。メールだけでも300カ所前後に送っています。
——その結果、全国37スキー場が加入した。この数をどう評価していますか?
高田:目標値を設定していたのですが、それとほぼ相違ない数でした。目標値というのは少し背伸びして設定するものなので、この加盟状況は非常にポジティブに捉えています。
——加盟しなかったスキー場のほうが圧倒的に多い。そこはどう捉えていますか?
高田:なかには現在も検討いただいているスキー場もあると思いますし、そもそも、環境問題の担当がいないスキー場が大多数だと思うんです。そのため、情報をキャッチしたところで判断すること自体が難しいという現状があると思います。それに対して、今まで関連してくださったスキー場は、これはやるべきだと経営者ご自身が決断されてきたと思いますので。
——この先、さらに広げる働きかけをしていくのですか?
高田:2年目以降は加盟促進ではなく、加盟スキー場との取り組みをしっかり進めることに注力していきます。あとはスキー場利用者の認知を広げることへのウエイトも高めていきます。僕らは滑り手の団体ですが、政策に働きかけましょうといっても、一般の滑り手にはなかなか接点がない。でも、スキー場なら絶対に関わるじゃないですか。このサステナブル・リゾート・アライアンスは、そのためのフックにもなると当初からイメージしていました。

都会ではなく、自然を身近に接して暮らしていることが、メンバーたちのモチベーションになっている。それは高田さんも鈴木さんも同じだ。写真:栗田 萌瑛
POW JAPANの資料によれば、2024年12月の時点で、サステナブル・リゾート・アライアンス加盟スキー場のなかで、すでに再エネに切り替えているのが14スキー場。ゼロカーボンやサステナブルな取り組みへの支援につながるドネーション付きリフト券「POWチケット」の導入が8スキー場。いずれも、再エネ電力の切り替え比率や、ドネーションの内容はまちまちだが、POW JAPANの取り組みが確実に全国に浸透しつつあるという大きな証だ。
さて、このネットワークは私たち一般のスキーヤー、スノーボーダーにとっても大きなメリットがある。それは私たちの愛するスキー場の脱炭素&サステナブル化を直接支援することができるのだ。すなわち、以下の加盟スキー場を選んで何度も足を運び、その気があればPOWチケットを買って、存分に滑って楽しむこと。それはおそらく、とても気分のいい選択だ。

全国37スキー場のマップ。これから新たに参加するスキー場や詳しい内容はPOW JAPANのウェブサイトで確認できます。