ゲレンデの先の自由
スキー場の外側には、多くの人が踏み込んだことのない世界が広がっている。ゲレンデを滑るあの爽快感は知っていても、その先にある豊かな雪の森や沢、まっさらな斜面に目を向けたことのある人は少ないだろう。
その世界に魅せられ、冬の日々を山に費やしているのがライダーの高橋福樹と加藤彩也香だ。
ふたりの歩んできた道はそれぞれに違う。雪がほとんど降らない九州・佐賀で生まれた加藤と、日本有数の雪国・北海道で育った高橋。異なる環境からスタートしながら、最終的に同じバックカントリーでのフリーライドへとたどり着いた。
佐賀から白馬へ――ケガが導いた転機
加藤が初めてスノーボードに出会ったのは小学生のころだ。佐賀県という雪が積もらない土地に生まれたからこそ、雪に触れる時間は特別だった。10歳で人工雪や室内ゲレンデでスノーボードをスタート。ジャンプやジブを覚え、8つ上の兄とともに北海道に通いながら練習を重ねた。
「雪がないからこそ、雪に触れる時間がとにかく大好きでした。毎回のセッションは自分にとって本当に特別だったんです」
彼女は小学校時代から北海道の真駒内でハーフパイプのトレーニングを行ない、ときに幼いながら長野のペンションでひとり居候しながら滑り、競技で国内外の大会に出場するようになる。18歳にはジャンプ、ジブ、ハーフパイプの複合大会「キング・オブ・ザ・キングス」で最年少優勝。順風満帆なキャリアが続くはずだった。
しかし、カナダ遠征中に前十字靭帯断裂と半月板を損傷。選手生命を脅かす大怪我となった。
「『なんでいまなの?』とメンタルはどん底でした。ただ、治療中に読んだある本をきっかけに、家族や友人がいて、食べるものもあり、怪我だって治らないわけじゃない。滑れるだけで、生きているだけで、じつはありがたいことなんだと思うようになったんですよね。スノーボードの本質的な楽しみや喜びを見つめることが増え、動けない時間のなかで、“私が本当に好きなのは勝つためのテクニックよりも、自然の山で遊ぶこと”だという考えに至ったんです」。
ハーフパイプに打ち込んでいた子どものころから、じつは自然地形で滑るのが好きだったという。ビーコンを伴って兄とラッセルした北海道・大雪山系でのスノーボードが何度も思い出された。その気づきこそが、彼女を次の活動の場へと導いた。
20歳のとき「ビビっと心惹かれた」という白馬に単身移住。知り合いもいない新天地だったが、後立山のフィールドで活動する猛者たちのなかへひとり飛び込み、活動の場をフリーライドの世界へ移すようになっていく。
北海道の日常から、一本のラインの世界へ
高橋は札幌生まれ。冬になると体育がスキーに変わる土地で、雪は生活と一体だった。小学校5年でスノーボードを始め、翌年より本格的にハーフパイプの競技をスタート。Jr.オリンピックや全日本選手権といった国内外の主要大会に挑戦し、北海道テレビ『NO MATTER BOARD』のナビゲーターを担当するなど、華やかな経歴を持つ。
だが、滑りに対する考え方が大きく変わったのは、山のなかだった。
「ハーフパイプの合宿でみっちり練習をしたり、大会に出ることによって間違いなくうまくなったと思います。ただ(パイプの脇を)ハイクしたくない日もあるし、自分がのっている技と、要求されることが全然違うこともある。練習は大事でしたが、滑るモチベーションを管理される時点で、自分には合わなかったのかもしれません。競技の世界は勝たなければいけないし、もちろん勝ちたかった。だけど勝ち切れなかった。その悔しさは今もありますね」
コンペシーンで結果を残すために続けていた、コーチ付きの合宿スタイルに息苦しさを感じているなか、先輩ライダーに連れられて初めて本格的に山へ入ったのが20代の頃だ。そこで山全体を滑るロングライドの気持ちよさ、自然の地形がすべてフィールドになるバックカントリーの可能性に魅せられ、少しずつ活動の主軸は山滑りへと移行していった。
「スノーボードは、滑りを見たらその人のことが分かるのがおもしろいんですよね。それがバックカントリーになると、場面ごとに選択肢が増える分、さらに人の性格やスタイルが出る。たとえば、パークでがっちりトレーニングをして四角い滑りだった人が、活動の場を山に移すと、少しずつナチュラルな動き、流れるラインディングになっていく。でもこだわっている根っこのスタイルは揺るぎなくて。そのうえで、会話をしたり一緒に酒を飲んで、その人の課題や人柄が見えてくると、人物の解像度がグンと上がる。僕にとってバックカントリーでおもしろいと感じる部分のひとつです」
バックカントリーを滑る喜びと盟友の死
ふたりに共通するのは、競技という明確な“勝敗”の世界を経て、滑りの意味をより広く深く捉えるようになったことだ。勝つことへの情熱を手放したわけではなく、その経験が今の自分たちを形づくっている。
「白馬に移住して、競技の世界から山滑りの探求に身を転じて感じたのは、自分はこのためにハーフパイプで基礎からみっちり練習してきたんだなということ。山はとにかく刺激的でワクワクするんです。優しい森や大きな斜面を滑る純粋な喜びと、痺れるような緊張感の両方が胸いっぱいに広がって、雄大な山々に負けないラインを刻みたいと思うんですよね。競技のころは“楽しめ”と言われても、正直どう楽しめばいいのか分からなかった。けれど山で滑るようになってから、“楽しい”という感情そのものが滑りの質を上げてくれるんだと実感しています」(加藤)
「スキー場のパークと違って、ナチュラル(バックカントリー)では、何気ない地形、自然の凹凸やログなんかでのトリックが“最高!”になるんですよ。それをラインでつなげるのがクールで、よさそうな地形やセクションを見つけてアイテムを当て込んで下りてくる。最初のころは、デカい山を大きく滑る場面で、滑り終わって振り返ったらマジで“焼きそば”みたいなラインなんですよ(笑)。なんであんなにチリチリなの、って(笑)。自然の山では、雪のつき方、風の流れ、日の入り方など、一本のラインに至る“読み”の深さがそのまま自由度につながるんですよ。地形を読む力が上がるほど、ラインの可能性も際限なく広がっていくのがたまらない」(高橋)
山を滑る喜びには、勝敗や順位では測れない“実感”がある。滑り終えたあとに残るのは得点ではなく、それぞれが描いた一本のライン。その軌跡は瞬く間に山から消えてしまうが、自分のなかにはいつまでもあり続ける。ふたりはその一本を、人生そのもののように大切にしている。
「雪のいい日に読みが正しいと、打ち合わせなしに山で友達に会うんですよ。それが“答え合わせ”なんです。パウダーでも、波でも、いいとこに行ったら絶対に分かってるやつと会うんですよね。クラブでもそうじゃないですか。天気図みて雪を予想して、みんな同じところに集まって同じことしようとするなんて、本当に最高だなと」(高橋)
山でつながった人は、ただ滑りを共有する相手では終わらない。利害を超えて、人生の深いところでつながる仲間になっていく。ふたりは、その関係の尊さを声をそろえて語っていた。
そんなふうにして、自然の山を活動の場へと移したふたりだが、人生を揺さぶる出来事もあった。
ふたりの盟友であり、フリーライドスキーヤーの佐々木慎吾が3年前に利尻島で滑走中に命を落としたことだ。
もともと三人の関係は、子どものころのパイプトレーニング時代から始まっている。とくに高橋と佐々木は中学時代からの幼なじみであり、ハーフパイプの世界で互いに刺激を与え合う存在だった。加藤もトレーニング仲間としてその輪にいたし、違う土地で活動の幅を広げたあとも、心のどこかでつながり合っていた
それぞれに異なる道を歩みながらも、仲間意識とリスペクトはずっと絶えなかった。
「彼がこの世界からいなくなったという喪失感は本当に言葉にできません。彼の死を通じて、私たちはそういう場所に自分の意思で行っているんだと改めて認識しました。かといって、山を滑るのをやめようとは思わない。その分、判断を間違えないようになる必要があるし、実力が伴うようにもっと技術を磨かないといけない。なにより、人生をかけて自分の好きなことを追い続けて、絶対に笑って生きていこうと誓いました。スノーボードは自分にとって生きることだから。バックカントリーで滑ることは、魂の成長の場だと感じています」(加藤)
「慎吾は、キャラクターや生き方が本当に自然の一部みたいなヤツでした。山・川・風・慎吾って感じです。それが本当に自然の一部になってしまった。そんな彼が亡くなって、自分のなかに慎吾がいると感じるようになりました。で、生きていたときは大切なこと一度も聞いたことないのに、今は何かあるたびアドバイス求めちゃうんですよね。どう思う?って。そういうこともあって、僕はもうこの先10年くらい死ねないですよ。結局あいつも慎吾と同じことしてるって思われたら、僕が死んでも悲しさが薄まるじゃないですか(笑)」(高橋)
ふたりの現在、そして未来
現在、加藤はフリーライドの国際大会に挑戦しながら、国内外の大会や映像撮影に取り組んでいる。近年は「女性だけで山に挑戦する」プロジェクトも構想中だ。
「後立山エリアに留まらず日本にはいい山が本当にたくさんあるので、新しいところを見つけて、ファーストディセントを狙ってみたいんです。実力をつけてきている女性ライダーたちと一緒ならきっと開拓していける。そしてスノーボードで旅をずっと続けたい。世界にはまだ見ぬ景色との出会いや感動が必ずあるから。そのためにも、これからも成長していきたいと思っています」(加藤)
高橋は、活動を雪山に移したその延長線上で、ライダー中井孝治とYouTube番組『いらっしゃいませ、おじゃまします』(今秋から北海道テレビでも放送開始) を通じて、横乗りスタイルを軸に、人とフィールドをつなぐ新しい形の“滑りの共有”を実践している。
「北海道は山といえば登山の歴史はありますが、本州の山は登山やスキー・スノーボードが行なわれるはるか昔から、山と人とが密接に結びついてきました。山岳信仰など、古くからある独自の文化が今も息づいていますよね。昨シーズンは鳥取県の大山を滑りましたが、スノーボードを通じて“山の背景”に触れられるのが面白かったし、もっと深堀りしてみたい。日本にはそんな興味深い山が数え切れないほどあるから、次のシーズンは気になる地域に二週間くらい滞在して、その土地で篭るように滑ってみたいですね」(高橋)
ふたりの活動は、単に技術や表現の追求にとどまらない。それぞれが滑る先で出会う人や文化、気候や雪の違いを通じて、日本という国そのものの豊かさを見つめている。
「海外を見ても、こんな国はありません。ヨーロッパや北米は古い雪が風で移動してノートラックになることはよくあるけど、日本のようにコンスタントな新降雪はあまりない。ギタギタだった山がひと晩でフルリセットするような日本のフィールドは本当に特別です。世界中から滑り好きが集まるということは、世界のどこにもない場所ということ。もっと日本人にこそ日本の雪山で遊んでほしい」と、ふたりの言葉は熱を帯びる。
だからこそ、彼らは伝えたい。
「スキーやスノーボードは、スキー場のなかだけのものじゃない。本来、雪山そのものを滑るためのもの。滑ることが好きなすべての人の前に――バックカントリーへの扉は開かれているのだ」ということを。
バックカントリーでのフリーライドは、生身で自然と対峙する怖さやリスクがあると同時に、一度でも体験すると忘れられない自由や刺激がある。一歩を踏み出せば、そこには人生をまったく変えてしまうような体験が待っている。