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イヴォンの手紙を読む

わたしたちが帰る場所

エミーレ・ズィノビア  /  2020年10月13日  /  スノー

多かれ少なかれ、誰もみな自分に価値があるという証拠を求めている。この原始的な帰属意識は、広い場所から意味を削り出そうとする本能がもたらす欲求だ。ただそうした証拠を掘り出すために必要な労力は平等ではない。白人が大勢を占める山間の町に住む有色人女性として、わたしたちはしばしば、外見以上に見られたり取り立てられたりすることに苦慮している。取り立てられても、それはわたしたちに付帯する特有の特権やたまたまここに住んでいた幸運のせいではないかと、わずかに不適任の感覚が付いてくる。

山の夜明けは格別に平和だ。

 

 

 

「代表者は意識を変え、影響を与えることができるが、それはこれらの場所の可能性を開花させる手段、支援、コミュニティを伴わなければ、アクセスを改善することにならない。」

ピンクと紫が織りなすパッチワークの空が、周囲の斜面を柔らかなパステルカラーで包む。朝の空気はパリッと刺さるような新鮮さで、まるで松林で一晩過ごしたようなエネルギーをくれる。太陽が背中を温め、バックカントリーの支度をするわたしたちの身体をほぐす。起き上がって、抵抗するスキン(スキーやスプリットボードに装着する滑り止め)を引っ張り伸ばして、それぞれの板底に合わせる。トランクを閉め、カギを隠し、のんびり登山口に向かいながら、今日の長旅の覚悟を決める。

「ビーコンを『送信』にした?」ソフィアが聞く。

「大丈夫!」シーナとわたしが答える。

ソフィア・ジャラミロとシーナ・ダムサニアは友人の地元有色人女性で、山間部の因習的な文化的美意識の海では救命ボートみたいな存在だ。白人社会で多少の快適さにあずかりながら成長してきたことは認めるが、彼女たちがそばにいるオアシスを自分がこれほど求めていたとは今まで思わなかった。ひとりだとこの辺では異分子でも、3人寄れば超獣ユニコーンだ。わたしたちは小さなカテゴリーに一括りにされていて、各自の幅広い経験を主張しづらい。有色人女性と言っても、そこには微妙な類縁関係があり、それぞれが多様な伝統の合成がある。

ソフィアはラテン系の混血で、第1世代コロンビア系アメリカ人の娘で、西部開拓時代に西へ移住した開拓者ファミリーの子孫にあたる。第1世代の移民と、確固たるアイダホ人の血統の両文化にまたがっている。白人が大勢を占める町アイダホ州ヘイリーで育ったが、これまで山岳界のアイドルに自己投影することはなかった。最近は、人間としての経験を充実させようと精力的に世界を駆けまわっている。

シーナの両親は東インド人の移民で、彼女はアメリカで生まれた第1世代。地元のアウトローカントリーバンド「Risky Livers」のボーカリスト兼ベーシストだ。彼女は10年前、現地を調べもせずワイオミング州へ引っ越し、そして山に恋してしまった。夜明けのパトロールや深夜のコンサートに出ていないときは、地元の小学校で音楽を教えている(わたしたちが勝手に選んだ「2019年ティトン郡最優秀教師」)。

わたしエミーレはというと、同じく偶然この地にたどり着いた。ほとんどの歳月を東西両海岸の都市中心部を転々としながら育った。わたしは南部女性とジャマイカ人男性の短い恋から生まれた混血児だ。悲劇と幸運の思いがけない巡り合わせから、13歳のときワイオミング州ジャクソンで祖父母と暮らすことになり、山やスノーボードで初めて人生の妙を知った。それまで自然界との接点と言えば、テレビに映し出される幻想的な映像だけだった。大人になってからは、本物の自然界に魅了されている。そして29歳の現在、イェール大学森林・環境学部大学院に在籍し、コネチカット州ニューヘイブンとジャクソンの間を行き来している。

わたしたちはそれぞれに多様なアイデンティティ、文化、世界にまたがっている。そしてそれぞれが、雪山の斜面を滑り降りる自由と飛翔感に魅せられている。

滑走跡が朝もやの中できらめき、昨晩の積雪で丸くきれいになった土手が緩衝材の役割を果たしている。かたまってシンクロしながら滑るチャンスを探して、スキンの踏み跡をたどっていく。最後尾でわたしは、一歩踏み出すたびに彼女たちのスキンのストラップがガタガタ鳴るのを見る。わたしたちのような女性の入山を阻む多くの障壁を振り切って、いっしょに山へ分け入っていく。

「あのラインはどうかな?」ソフィアがたずねる。

「ずっと焼け跡を滑るのが夢だったの。あそこへ行ってみない?」わたしが言う。

「よし見てみよう!」シーナが高らかに応じる。

スキンの踏み跡を進みながら、「褐色」人として成長してきたことや、山間の町で暮らす体験談を語り合う。会話しながら、疎外感、建前、孤立を感じた瞬間をさらけ出していく。自分自身の経験を説明し、処理する言葉を見つけるのに、わたしたちがどれほど苦労することが多いかにショックを受けた。そこには目に見えない固有の戦いがある。有色人の女性として、わたしたちは民族や性別全体を代表しなければならない状況によく置かれる。人生のあらゆる面で例外であることのうんざりする暗黙的・明示的プレッシャー。それは本質的野心に油を注ぐ諸刃の剣であり、自分の能力や判断が疑わしくなる瞬間には、プレッシャーが増幅し、内部に溜まる。けれどいっしょにいるときは、そんな重圧も、行動しなければという必要性も、どこかで吹っ切れる。いっしょに、平等が意味するものに向かって生きていく。

焼け跡の真ん中で、わたしたちは畏怖の念に打たれ立ちつくした。

巨人の墓地にいる3人の小人。黒焦げになったかつての森の残骸が、グレーやベージュ、黒に渦巻く万華鏡のようにわたしたちを囲む。その聖霊たちは、在りし日の姿を偲ばせるように誇らしげに立ち、自然の摂理の中でわたしたちの場所を思い出させる。純粋な創造力に駆られたソフィアが、2本の枯れ木に寄りかかり、写真を撮ろうと構える。

「ねえエム、ここで何回かターンできる?」

「いいわよ!」

ここにいていっしょに決断を下したり、地形を読んだりしていると、山での時間がより豊かで生産的になってくる。時が満ちるにつれて、それぞれがガードを解いた本当の自分に浄化されていく。互いの間に、自分がただ存在できる空間を発見する。「行動規範の切り替え」も、自身の行き過ぎやいたらなさも考えなくてよい。山はわたしたちに力を授ける神殿になる。そこで自らの能力を鍛え、実践し、充足感を直接導き出す。有色人種の女性として、自分本来の力を証明しようと生き生きしてくる。

夢中で滑り降りると、焼け跡が眼前に広がり、やがて生き生きした森に変わる。いつもながら、水流や小川には出口戦略を試される。渡渉に適当なスノーブリッジを探して、水流に沿って進む。行き当たりばったりで小川を避けたりスキンの跡をたどったりしながら笑う。行く手を阻む柳の枝を掴んで押しのけていく。藪を避けるつもりで斜面の上方を狙ったのに、それどころか藪のド真ん中に着いてしまった。もう最高。見下ろして、わたしは歓声を上げる。部分的に氷に覆われたヘラジカの角だ。シーナとソフィアに止まるよう大声で呼びかけ、持ち上げようと近づいた。頭上にかざすと角の重みで重心が傾く。めずらしい出来事に遭遇した驚きに、目を輝かして笑った。方向を見失い、気付けばこんなことになっている。

「もう片方を探してもいい?」リュックからショベルを取り出し、周囲を掘り始める。

「エム、まるで砂場の子どもみたい!」ソフィアがクスクス笑う。

「みんな本質はそんなものよ」シーナが付け加える。

「多様性」とは誰のためにあるのかとよく自問する。代表することは素晴らしいが、十分ではない。今のようなやり方の代表では、少数の人々を取り立て、象徴兼多様性のエキスパートとして必要以上の仕事をさせることが重視されがちで、的外れだ。自分と外観の異なる人々をパンフレットや選手名簿に載せるだけでは不十分である。十分な情報に基づいて有意義な解決策を打ち出すことに従事する、全体的なアウトドアコミュニティが必要だ。そして誰もがその出発点になれる。しばしば、こうした場所では多様性や受容のアプローチがうわべだけで、利他的感情に訴える手段として運用されており、人々をこうした場から排除する極めて機械的な疎外化が注視されていない。

人間にとって、自然空間がもたらす癒しや安定感は生得権である。代表者は意識を変え、影響を与えることができるが、それはこれらの場所の可能性を開花させる手段、支援、コミュニティを伴わなければ、アクセスを改善することにならない。シーナ、ソフィア、わたしは、こうした有意義なバックカントリーの体験に手が届く。それは運よく互いを見つけることができたからだけでなく、個人的事情から白人社会に近いことや、これらの場所にアクセスできるという特権にもよる。

いっしょに、わたしたちは見て、判断せず、育て広げることができる。どのグループの力も平等にできてはいない。それは独特の微妙な綱引きであり、必ずしも全体像は分からない。

誰にとっても、山に入ることは途方もなく美しい超越的体験になり得る。スノーボードやスキーは愉快で楽しく、ふだん身体を動かすときのあの重力から自由になれる。わたしたちは代表するためではなく、自分自身の家に帰るために山へ行く。

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