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釣り人と流域―関わり続けるということ

小倉 隆平  /  2025年10月22日  /  フライフィッシング, アクティビズム

人間の手によって姿を変えられてきた流域。本来の流れを取り戻すために釣り人ができることとは?

北海道朱太川の支流、とあるダムの上。僕は1匹の魚に夢中になっていた。6フィート6インチのグラスロッドが弓のようにしなっている。糸の先でもがいているのは、産卵のために遡上してきた大きなアメマスだ。大海で栄養を蓄えたアメマスは、流れの中で身を捩って遡った旅路の果てに、運悪く(僕にしてみれば運良く)フライに食いついてしまったのだ。ずっしりとした手応え、ロッドを通じて伝わってきたその重みは、この川が忘れかけていた命の躍動だった。

そこはかつて魚の遡上が途絶えていた場所だった。設計上は、魚を含む生き物や土砂などが往来できるスリット型砂防ダムが設置されていたが、少なくとも10年以上もの間、このダムには大きな流木と土砂が溜まり続け、その機能を果たさぬまま放置されていた。
スリットに詰まった流木や、土砂の撤去作業が行われたのは1年前のことだ。撤去が終わるとすぐに上流から土砂の供給が再開され、止まっていた心臓が動き出し、血液が身体中を巡るように、川は再び流れ始めた。ダムの上流にこのアメマスが居た事実こそが、紛れもなく流域の再生を物語っている。

釣りをしていると、おのずと流域が抱えている問題に直面する。ダムや開発によって流れが断たれ澱みゆく川や、放流による交雑で本来の色を失った魚たちをずっと見てきた。逆に僕が釣りをしていなかったら、川で何が起こっているかなんて、知ることもなかったんだろう。

僕は兵庫県神戸市の出身だ。都市開発と山間部の治水のために、数多くの砂防ダムが建設されてきた土地。人の暮らしを守るための技術が、流域の生態系をどう変えていくのか、幼い頃には知る由もなかった。それでも僕は、都市のすみっこに残されていた小さな流れや水溜まりで釣りを覚えた。魚の影をじっと待つこと、餌になる虫や、水辺に暮らす生き物を観察すること、水の音を聞きながら一日を過ごすことが何よりも好きだった。

とにかく釣りがしたかった僕は、北海道の北東端にある小さな街で大学生活を送ることを選んだ。人口4万人に満たないオホーツク海に面した街で、街中を流れる川には春になると鱗を輝かせたサクラマス、夏の終わりにはカラフトマス、秋にはシロザケが波のように押し寄せてきた。そしてフーテンのように自由気ままに動くアメマスたちが、その合間を縦横無尽に往来していた。ダムだらけの神戸で育った若い僕からすれば、「これが自然だ」と短絡的な想いになるのも無理はなかった。ダムのない土地に来て、初めてダムを認識し、ダムさえなければ川は健全なのだと信じていた。

しかし、大学で取り組んだ研究を進めるにつれて、新たな疑問を抱くことになる。研究テーマはサクラマスの生殖行動。性フェロモンと嗅覚刺激がオスとメスの行動や生理現象にどう影響するのかを解き明かそうとするものだった。川に遡上してくるサクラマスを捕獲し、フェロモンを採集する日々の中で、ふと「この研究は何のために行われているのか」と問い直す瞬間があった。指導教員は「効率的に資源を生産するためだ」と言った。目の前に広がる川と、そこに生きる魚たち。その営みを、あまりに人間主体な目的に結びつけることへの違和感が、僕の中に静かに積もっていた。

魚も自然も、すべては人間のために利用されるもの?人間に維持管理されることで魚がたくさん泳ぐ川って?自然とは一体何だろう?

僕はその答えを突きとめたい一心で北海道を飛び出した。全国各地に足を運んで釣りをし、川と魚の現状を目に焼き付けた。昔のように魚が釣れなくなった、という話を飽きるほど聞いた。放流が在来魚に与える影響も耳に入ってくるようになった。原因はダムだけじゃない。流域が抱える問題は単純ではなく、さまざまな要素が複雑にからみあっているのだと知った。そして僕は常にジレンマを抱えるようになった。釣りを通して魚や川にこんなに関わっているのに。本来の流域を取り戻すために、僕にできることはないのだろうか?

そんな折に出会ったのが、和歌山県のとある流域のアマゴの在来性を調べるプロジェクトだった。250を超える支流に生息するアマゴの鰭をサンプリングし、DNAを調べるというもので、電気ショッカーを運ぶことができない山奥の支流は、釣り人の出番だった。僕はザックに調査キットを詰め込み、フライロッドを握り締め、いくつもの支流を巡った。

調査の終盤、ある支流で大きく年老いたアマゴが捕獲された。網に収まったその姿は、地元の人々が「ここのアマゴ」と話していた特徴と一致していた。後のDNA分析で、そのアマゴは古くからの在来の魚たちである可能性が高いと評価されたが、僕にとって大きかったのは検査結果そのものではない。多くの試練と危機を乗り越えて命をつないできた魚が、今もそこにいるという事実。そして、その姿を自分の美的感覚が確かに美しいと感じたことだった。

長年抱いてきた違和感や問いに対する答えを得られた経験だった。僕が何を大切にしているのかということ。本当の自然は、心を揺さぶられるほど美しいということ。また、実質的に釣り人が魚たちの命をつなぐことの役に立つという実感を得られたことも、僕を勇気づけた。釣り人にできることがある。しかもそれは逆に言えば、釣り人にしかできないことだった。

釣り人は流域の些細な変化に気づきやすい。損なわれていることにも、与えられることにも敏感だ。だからこそ、今すぐ具体的な変化をもたらせる行動をしたいと思っている人も多いだろう。しかし、実感を得られるほどの変化には時間がかかる。それでも諦めずに、関わり続けることをやめなければ、大きな山が動くときがきっとくるはずだ。流域はこれまで、管理し続けるという約束のもとに、人間の手によって姿を変えられてきたけれど、僕は流域を「管理」するという一方的な関係に閉じ込めてしまわずに、与え与えられる関係、すなわち「関与」し続けたいと思う。

朱太川で見たように、わずかな行動がきっかけで、たとえ長い間分断されていた川でも、健全な流れが戻ってくれば流域は再び動き始める。もう取り返しがつかないと、悲観的になるのはまだ早い。再びこの地で命をつなごうとする生命力と、回復しようとする川の力を、僕はあのときロッドを通して確かに感じることができたのだから。

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