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転覆に備えた完璧な艤装

ヒラリー・ハッチェソン  /  2019年5月28日  /  読み終えるまで7分  /  フライフィッシング

フラットヘッド・リバーのミドルフォークの急流のセクションを操舵する著者。モンタナ州 Photo: Jeremiah Watt

もし「原生景勝河川法」がなかったら、フラットヘッド・リバーのアッパー・ミドルフォークがどうなっていたかについて、ヒラリー・ハッチェソンが省察する。

モンタナのグレート・ベア原生地域を流れるアッパー・ミドルフォークをラフトで下りはじめた20年前、私は川の歴史的な重要性についてはとくに考えてもいなかった。いちばんの関心はラフトを「転覆に備えて完璧に艤装する」ことであり、万一ひっくり返っても、5日分のギアが急流で揉みくちゃにされてエディに漂い、まるでガレージセールのような状態にならないよう、カムストラップ、カラビナ、ギアネット、ロープをやたらめったらに取り付けた。艤装しそこねてギアや食料が流されようものなら、山奥の深いところでは補給という選択肢はなく、大惨事になりかねない。当時は、この川が私のその後の人生に与える影響も、私を導く力となるということも、考えていなかった。ギアを安全に装備し、急流でボートを転覆させないことだけに、全力で取り組んでいた。

でもその後20年以上もリバーガイドをつづけるうちに、川の運命の重大さを感じるようになった。そしてもしフラットヘッドのアッパー・ミドルフォークに計画通りダムが建設されていたら、いったいどうなっていたか、もっとよく理解しようとしはじめた。

フラットヘッド・リバー流域は在来種のマスの最後の砦であり、多様な水陸生態系の生物のいる全米有数の水系でもある。冷たい水が流れる手つかずの清浄な生息地があり、生物多様性の進化の遺産を象徴する在来魚を釣ることのできる、数少ない国内最後の川のひとつである。

米国地質調査所の北ロッキー山脈科学センターで水生生態学研究者を務めるクリント・ムルフェルド博士は、フラットヘッドを「ラスト・オブ・ザ・ベスト」と呼ぶ。原始のままつながっている生息環境と多様な水生生物、そして著しく健全な生態系は、川が守られた回廊地帯になっているからだと言う。1968年、ジョン・クレイグヘッドとフランク・クレイグヘッド、オラウス・ミューリーは連邦議会を先導し、「極めて顕著な自然的、文化的、行楽的価値を有する特定の河川を、現在と未来の世代のために、自然に流れる状態のままで保護する」目的で、「国定原生景勝河川システム」を発足した。それぞれの川の指定区域は、川の状態、川とその周辺の開発度、アクセスのしやすさにもとづき、「原生」「景勝」「行楽」に分類および管理される。現在全米40州とプエルトリコには209河川の指定区域(総計20,400キロメートル以上)がある。だがこれは国内の全河川の0.25パーセント少々にしか当たらない。

私はつい先日、アッパー・ミドルフォークに15人のグループをフィッシングボートで連れていき、キャンプとラフティングをして5日間を過ごした。それは非営利の河川擁護団体〈アメリカン・リバーズ〉が募ったアドベンチャーで、1970年代に恐るべき速さでダム建設が進められたとき、アメリカの川の代弁者として創設された団体だ。毎日朝食後にキャンプをたたむと、私は仲間のガイド、アンドリュー・ポラードとエリック・ロウとともに、転覆に備えてボートを完璧に艤装することに集中していた。だが今回は、ボートの漕ぎ手としての技術をもって、かつて川がダムという弾丸を逃れたことの文化的、環境的、行楽的、経済的重要性に関する詳細な講義にも参加した。フラットヘッド国有林の原生景勝河川プログラム・マネージャーであるコルター・ペンスは大きな地図を広げて、1950年代後半に大規模なダム建設が提案された場所について説明した。もしダムが完成していれば、フラットヘッドのアッパー・ミドルフォークの大半は水没し、アドレナリンを湧かせるホワイトウォーターも多数の保護種を含む自生植物や野生生物も一掃されていただろう。20年のあいだにすっかり慣れ親しんだこのホワイトウォーターの渓谷が存在しなかったら……。その考えが私の心を深く突いた。

転覆に備えた完璧な艤装

ミドルフォークのどこかでキャスティング中。 Photo: Jeremiah Watt

ひとつの川を「原生景勝」に指定するには約10年かかる。「まずは人を集めて、この特別な保護を受けるための集中的かつ広範な支持基盤を備えた運動を起こすことからはじめる」と、〈アメリカン・リバーズ〉の北ロッキー山脈支部ディレクターのスコット・ボッセは言う。「議会に法案を提出し、通過したら河川管理計画を作成するのだが、それには相当な時間と努力が必要となる」

フラットヘッドでは、ミドルフォークの現在最も保護されている区間にダム建設が計画された当時、クレイグヘッド両氏が建設阻止のための懸命な努力をはじめ、それは全米初の根気強い運動となった。つまり、フラットヘッド・リバーは「原生景勝」の地位を享受しているだけでなく、法令の誕生地でもある。

フラットヘッドの正式な「原生景勝」指定は1976年に成立した。指定区間は、カナダ国境下流のノースフォークからミドルフォークとの合流点、ミドルフォークの源流からサウスフォークとの合流点、そしてサウスフォークの源流からハングリー・ホース貯水池まで。モンタナ州内で「原生景勝」に指定されている川の長さの総計は約625キロメートルで、それは州全体のわずか0.2パーセントでしかなく、その半分以上はフラットヘッドのこの3つの支流が占める。これらの支流はグレイシャー国立公園、ボブ・マーシャル原生地域、グレート・ベア原生地域を流れ、ハングリー・ホース近くで合流して、コロンビア・リバーに流れ込む主要な源流でもあるフラットヘッド・リバーの本流を形成する。

フラットヘッドの「原生」指定域となっている約160キロメートルは、自然のままでダムも汚染もなく、アクセスはトレイルのみ。「景勝」指定域の約65キロメートルは、未開発でダムもなく、限定された場所だけにつづく道路がある。「行楽」指定域の約130キロメートルは、道路や鉄道で容易に入ることができ、川沿いの住宅を含めさまざまに開発され、また近くには公共施設が整った地方自治体、病院、観光名所、ホテル、グレイシャー公園国際空港もある。

フラットヘッドは全米屈指の手つかずの河川系と認識されているものの、2017年には〈アメリカン・リバーズ〉による「アメリカで最も危機にさらされている川」のリストに入った。同団体が理由に挙げているのは気候変動の影響と、ノースダコタ州から太平洋岸北西部の製油所へ揮発性の原油を輸送する貨物列車が、ミドルフォーク沿いの線路を走っていることだ。

私はこうした川から喜びと力と安らぎを得ることができる。私にできるせめてものことは、川が直面する脅威に立ち向かう一助となることだ。水没した谷を眺めながら昔の様子を語る老人の話を聞くのではなく、下流へと勢いよく流れるホワイトウォーターと魚の宝庫を見つめることができる現実を、心からありがたく思う。重要なのは何が失われたかではなく、何が救われたかだ。「原生景勝河川法」による保護のおかげで、私は転覆に備えた完璧な艤装に集中することができる。

このストーリーはパタゴニアのMarch Journal 2019に掲載されたものです。

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