リジェネラティブ・オーガニック カンファレンス 2024レポート
全ての写真:高橋 大志
パタゴニアが、新たに歩み始めている道は農業分野の「リジェネラティブ・オーガニック(以下RO)農法」です。RO農法は、土壌を再生し、農地の生態系を回復させることで、地球そのものを癒す試み。農業を単なる収穫の手段や産業ではなく、地球を救うことのできる可能性を秘めた行為として再定義するこの取り組みを広く共有し、その可能性を多くの人と探るため、2024年10月10日、パタゴニアは2回目となる「リジェネラティブ・オーガニック カンファレンス2024 Fall ~ 国内の畑地システムにおける実践とこれからの発展に向けて~」を開催しました。アーカイブ動画視聴を含めた延べ参加人数は1,000人を超え、大きな関心が持たれました。
「もはや持続可能性などない。私たちは再生を目指さなければならない」
異常気象が世界中の暮らしを脅かすいま、カンファレンスで冒頭に投げかけられた問題提起が印象的でした。この言葉には、過去の延長線上で環境を守るのではなく、未来のために傷ついた地球をもう一度癒し、再び蘇らせるという強い意思が込められていました。

畑地でのリジェネラティブ・オーガニック農法をテーマに、会場とオンラインでハイブリッド開催。国内での実践とこれからの発展に向けて議論が交わされた。
カンファレンスの背景
RO農法は、従来の有機農業の枠を超えた概念で、なるべく土壌を耕さず、被覆作物や堆肥を活用して栄養を補充しながら炭素を固定します。そうすることで、植物の根っこ、土壌の微生物やミミズなどが活きて、土壌の構造を良くする。また、輪作を取り入れることで土壌や農地の生態系のバランスを保ち、大地そのものの健康を取り戻す循環を整えます。農業が環境破壊の原因ではなく、再生の手段となり得ることを地に足のついた農地レベルから証明するのです。

パタゴニアでROリサーチを担当する木村。リジェネラティブ農業は国内黎明期であり、国内ではこれからさまざまな主張や展開が広がることが予想される。パタゴニア日本支社は「リジェネラティブ・オーガニック」を指針として貢献する。
しかし、「リジェネラティブ」や「環境再生型」という概念に期待が集まり、言葉が広く使われるにつれ、実態の伴わない取り組みやグリーンウォッシュへの懸念も生じています。この状況を危惧したパタゴニアは、協力組織とともに「リジェネラティブ・オーガニック」という明確な定義に基づいた基準を設定し、RO農法の推進を訴えてきました。
2017年に制定された「リジェネラティブ・オーガニック認証(ROC)」は、土壌の健康、動物福祉、社会的公平性という3つの柱を基準に掲げ、食品部門であるパタゴニア プロビジョンズやコットンなどの繊維調達では、この基準に基づいた自社の原材料を厳選し、認証取得を進めています。一方、パタゴニア日本支社では、認証を取得していない生産者や実践者たちにも敬意をもって目を向け、国内におけるRO農法の実践者の裾野を広げることに力を注いでいます。
今回のカンファレンスは、その理念を広く共有し、畑地システムにおけるRO農法の国内での可能性を探る場として開催されました。RO農法を一つの指針としながらも、認証取得という枠を超え、RO農法の実践が持つ多様なアプローチや課題について議論を交わし、それぞれの立場から未来を再びつくり上げるヒントを共有する場となりました。
第1部:RO農法の概念と基本原則
カンファレンスは3部で構成され、RO農法の実践者4件と研究者4人が自身の役割や経験をもとに挑戦と未来への展望を語りました。
第1部では、パタゴニアが農食分野の課題と期待、そして畑地システムにおけるRO農法の実践コンセプトを整理し、RO農法が農業発展の具体的指針の一つであることを示しました。続いて福島大学の金子信博氏が講演し、土壌の健康向上には土壌生態系を豊かにする管理が重要であり、RO農法がその基本を網羅して合理的であると支持しました。また、「耕さない」「地面を植物で覆う」「輪作を行う」という3原則を同時に実践することの重要性を強調しました。
第2部:実践者の挑戦
4件の先進的実践者による事例紹介が行われました。

実践者と研究者の登壇者。一朝一夕ではないこれまでの経験と見識に基づき、多彩な角度から話題が提供された。
SHO Farm の仲野晶子氏は、不耕起栽培への転換によって土壌構造が改善し、水はけが良くなった体験を共有。性別や役割を問わず誰もが平等に関われる手作業中心の農業を実現し、「機械ではなく人への投資」を選ぶ姿勢で、農業の民主化という新たな視点を提示しました。
一方、Three little birds 合同会社の佐藤真吾氏は、農業機械を活用した土地利用型作物(大豆・緑肥・麦)での不耕起有機栽培に3ヘクタール強の畑で挑戦中。そこで収穫された不耕起有機大豆は、パタゴニア プロビジョンズの味噌製品の原料に活用され、成果を上げつつあります。
メノビレッジ長沼 のレイモンド・エップ氏と荒谷明子氏は、輪換放牧やミックス緑肥の導入など、自然と調和した農業の実践を紹介。生き物が自然な営みを取り戻す中で土壌が豊かになり、作業負担が軽減し、家族の笑顔も増えたと語ります。「まずはスコップを持って土に触れ、観察してほしい」というメッセージには、土と自然への深い敬意が込められていました。
はちいち農園 の衣川晃氏は、消費者を巻き込むことでRO農法を広げたいとの思いから、不耕起大豆を使ったアイスクリームブランド、SOYSCREAM を設立。「農地での実践とともに、生産者と消費者を巻き込みながら楽しく進めたい」と語り、農業の未来への可能性を示しました。
第3部:農業をともに発展させる研究
アカデミアの研究者が今後の発展に向けた発表を行いました。
茨城大学の小松﨑将一氏は、22年間の不耕起有機栽培の長期試験で得られた成果を報告し、農業者との連携をさらに進めたいと述べました。神戸大学の庄司浩一氏は、不耕起有機栽培用に試作した除草機について発表し、課題である除草作業軽減のため栽培体系の再設計が必要になる可能性を示唆しました。最後に、北海道大学の内田義崇氏がパタゴニアと共同研究する多年生穀物カーンザの北海道での試験成果を紹介し、作物の新たな選択肢として期待を示しました。

第2部では実践者4件によるディスカッションが行われ、RO農法を実践することによって起きた農場の変化や農法としての実現可能性について、経験と意見が交わされた。
RO農法には正解もモデルケースもない。誰もが開拓者となれる
登壇者たちのそれぞれの話は確かな事実に基づいており、そこから発せられる力強い熱意が参加者に伝播しているのを感じ取れました。話題は多岐にわたり、一貫して感じたのは、共通点こそあるものの「RO農法の実現方法には正解もモデルケースもない」ということです。国内ではまだ黎明期にあり、地域や土壌、技術、規模、哲学に応じた柔軟で多様なアプローチが求められますが千差万別な事例が生まれることで、多彩な展開が期待できます。
このカンファレンスでは、農業者や研究者だけでなく、農業関連企業や市民など、多様なステークホルダーが関われる可能性が共有されました。こうした動きが合流することで、国内での発展はさらに勢いを増し、大きく成長していくでしょう。
RO農法探求がもたらす可能性と技術交流の意義
カンファレンス翌日は、千葉県匝瑳市にある「市民エネルギーちば」を訪問。ソーラーシェアリングの下で挑戦しているRO農法の取り組み事例を実際に見学する、エクスカーションが実施されました。

パタゴニア日本支社とRO認証取得に向けて協同する Three little birds 合同会社のダイズ畑を実際に訪問。この日は天気に恵まれ、営農型太陽光発電がつくるほど良い日陰の下で、彼らのRO農法探究の取り組みが共有された。
現地では、農地で作物と発電で太陽光エネルギーをシェアリングすることについての紹介を受け、農地利用への影響や、影を利用して土壌の乾燥を防ぎ、微生物の活動を促進する工夫、雑草対策、水はけの改善など、具体的な技術の共有が行われました。また、不耕起有機栽培で育てられているダイズの畑やその農業機械・試作除草機などを前に、意見交換が繰り返されました。

そんななか、私が何よりも印象的だったのは、見学に参加した人々の活発な交流でした。
農業従事者や研究者、企業関係者、環境再生に関心を持つ一般参加者が、それぞれの視点で意見を交わし、新たな視点や知見が次々と生まれる場面が何度も見られました。ある参加者の質問に現場の農家が具体例で答え、それを他の参加者が自身の経験と結びつけて話す。アイディアが循環し、実践を後押しする学びの場となっていました。
カンファレンスとこのエクスカーションを通じ、RO農法が現実的な取り組みとして着実に進展していく信頼を強く感じます。その普及には現場での失敗・成功といった試行錯誤の経験共有とコミュニティのつながりが不可欠です。今後、実践者を増やしていくためには、こうした交流が各地で行われていくことが、新たな挑戦へのエネルギーを生み出す鍵になるに違いありません。

言葉だけでは十分に情報を共有しきれないからこそ、現場に身を置いて交流することにも価値がある。技術やノウハウの共有だけでなく、相談や心の支えとしてもコミュニティの重要性は欠かせない。
小さな一歩から未来へ
RO農法と私たちにできること
これは決して特別な人だけが取り組むものではありません。
共通点やコツをおさえることは確かに大切で、いまはまだ日本のなかでノウハウが蓄積できる仕組みこそ築かれていませんが、試してみた取り組みやそのアイディアを他の人に共有することで、誰もがこの農業の発展に貢献できます。それが「農」が持つ、素晴らしい性質のひとつでしょう。誰でも試すことができ、1つの実践事例を示すことができるのです。
私たち一人ひとりが、日常の中で「再生」を選び取る力を持っています。生産者のもとで土や取り組みに触れる時間をつくること、生産背景に目を向け有機農業やRO農法の食品を選ぶこと、組織や会社で貢献の方法を探ること、自分の菜園や農地で少しずつ実践を取り入れること。
それらは一見個人的な小さな行動かもしれませんが、その一つひとつの投資が実践を支え、未来への大きな波を生む原動力となり得るのです。
土壌の中で目に見えない生き物たちがつながり合い、命の循環を生み出しているように、私たち一人ひとりの小さな行動も、やがて連鎖し、大きな変化を引き起こす力を秘めています。
今、その変化の兆しは世界中で姿を現し、日本でも各地に芽吹きはじめています。未来を変える力は、すでに私たちの手の中に宿っています。