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Protect Our Winters Japan のこれまでとこれから

寺倉 力  /  2020年11月30日  /  読み終えるまで15分  /  スノー, アクティビズム

唐松岳方面へハイクアップする、カイ・ピーターソン、大池 拓磨、古瀬 和哉。 写真:伊藤 剛

滑り手の立場で気候変動にアクションする環境団体「Protect Our Winters Japan(POW JAPAN)」が、発足以来わずか2年で予想以上の成果を挙げつつあります。「私たちの雪のフィールドを守るために」というここまでの活動をあらためて振り返ります。

世界13カ国に広がるPOWのネットワーク

Protect Our Winters」がアメリカで誕生したのは2007年でした。その頭文字を取った「POW(パウ)」という3文字の略称は、世界中のスキーヤー、スノーボーダー、テレマークスキーヤーにパウダースノーを連想させます。もちろん「私たちの冬を守る」ことなくしてパウダーを滑ることはできませんし、それはキャッチーながら意味深で、非常によく練り上げられた名称に思えます。

POWが誕生するきっかけとなったのは、当時の北米スキーエリアを襲った記録的な暖冬でした。多くのスノーリゾートが少雪のためオープンすることができず、とくに事態が深刻だったレイクタホ周辺では、1月中旬になっても雪が積もらないゲレンデで、ローカルの滑り手たちは仕方なくマウンテンバイクに乗っていたといいます。

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Photo: Scott Dickerson

気候変動問題に対しては、これまでも多くの滑り手たちが漠然とした危機感を抱いていました。それはそうでしょう。山に雪が降らなければ、滑ることはできません。毎年毎年、雪の降り始めを指折り数えて待ち、雪の降り方や降る量に一喜一憂し、春になればいつまで山に雪が残るかを勘定する。それが滑り好きというものです。

「気温が0度を超えると存在できなくなる雪は、地球温暖化の影響を最も敏感に受ける」(『地球温暖化で雪は減るのか増えるのか問題』川瀬 宏明・著)というように、雪と温暖化は密接にリンクしていて、それを最も肌身で感じているのが滑り手なのです。

それにも関わらず、滑り手の立場から気候変動問題にアプローチする団体が存在していませんでした。そこで立ち上がったのが、著名なプロスノーボーダーのジェレミー・ジョーンズです。彼が仲間とともに立ち上げたPOWの活動は世界中のスノーコミュニティに影響を与えながら、本国アメリカではアウトドアコミュニティ全体を巻き込む大きなムーブメントになっています。またPOWのネットワークは、現在、13カ国に広がっています。

2019年2月、POW JAPANが白馬に発足

日本でのPOW発足は、2019年2月のことでした。一般社団法人Protect Our Winters Japanの代表にはプロとして活動歴の長いスノーボーダーの小松 吾郎さんが、事務局長には同じくスノーボーダーで、元パタゴニア白馬ストアスタッフの高田 翔太郎さんがそれぞれ就任。また、白馬エリアを戦略的支援先に指定していたパタゴニア日本支社の環境社会部がさまざな形でバックアップする体制で、POW JAPANはスタートを切りました。

代表の小松さんは12歳のときに家族でカナダBC州ウィスラーに移住し、そこでスノーボードと出会うと同時に、親しくなったファーストネイションの一家との交流を通じて、大規模開発行為の現実や環境問題について考えるようになったといいます。そんな小松さんが、旧知のスノーボーダーであるジェレミー・ジョーンズからの打診を受けてPOW JAPAN代表に就いたのは必然だったのかもしれません。

POWは「アウトドアアクティビティに情熱を注ぎ、そのフィールドやライフスタイルを気候変動から守るために行動する仲間たちの力になる」という世界共通のミッションを掲げています。そして「スノーコミュニティ発、脱炭素社会の実現」というビジョンに向けて、それぞれの国のPOWはそれぞれ独自の取り組みを行なっています。

POW JAPANとしては、発足3年後に向けたゴールを設定しています。ひとことでいえば、まずは白馬エリアをモデルケースに設定し、白馬での成功例を重ねることで、日本全国への波及させようという狙いです。発足したばかりの非力で知名度もない団体としては、非常に理に叶った戦略に思えます。

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POW JAPANの発足を伝えるお披露目イベント「The First Step with POW JAPAN」をインタースタイル2019にて開催し、スノー業界の関係者に向けてスタートの経緯や活動方針などを発表する。 写真提供:POW JAPAN

発足から3カ月後の5月9日には「白馬村が世界水準の環境配慮型の山岳リゾートとして地球温暖化対策をリードしていくこと」を応援する署名を白馬村村長に届けます。これは白馬エリア各スキー場のイベントにPOW JAPANが出展した際に集めた478人のスキーヤー、スノーボーダーからの署名です。この活動が行政との関係を築く最初の動きであり、POW JAPANの実質的な船出です。

続いて、その10日後には白馬で「気候変動&地域経済シンポジウム」を開催します。「地域を豊かにする山岳リゾート」をテーマにしたこのイベントでは循環する地域経済に取り組む環境ジャーナリストや、コロラド州ベイル・リゾーツで環境サスティナビリティ部門を率いてきた担当者をパネリストに招いて、先進事例から学ぼうというものでした。当日は長野県知事や白馬村村長を含めた約350名の来場者を迎え、テレビや新聞にも取り上げられました。

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2019年5月、白馬村にて「気候変動&地域経済シンポジウム」を開催。スキーヤー、スノーボーダーを中心に約350名の参加者が集う。 写真提供:POW JAPAN

シンポジウムに引き続き、ベイルの元担当者として登壇したルーク・カーティンさんとHAKUBAVALLEY各スキー場担当者の交流会が開かれました。カーティンさんはベイル・リゾーツで大きな成果を挙げた後に、現在はユタ州パークシティに移って環境サスティナビリティ部門のマネージャーを務めている人物。北米のスノーリゾートではすでに何年も前から環境への取り組みが本格的にスタートしており、環境対策自体がリゾート全体のブランドアップにまで繋がる例も少なくないといいます。

そして、発足して間もないPOW JAPANが主催したこの2つのイベントこそ、白馬エリアが気候変動問題解決に向けて大きく舵を切るターニングポイントになったといっても過言ではありません。

2019年初夏、白馬のスキー場が動き始めた

「気候変動&地域経済シンポジウム」からの白馬エリアの動きは迅速でした。まずはエイブル白馬五竜スキー場がPOW JAPANとのパートナーシップを締結します。同時に、白馬八方尾根、白馬岩岳、栂池高原と3つのスキー場を経営する白馬観光開発が社内にSDGs推進委員会を立ち上げ、秋には「持続可能な開発目標(SDGs)貢献に向けた取り組み」を発表。そこにはPOW JAPANとのパートナーシップも含まれています。

日本を代表する4つのスキー場が具体的に環境対策をスタートさせたというのは画期的なできごとです。これは日本全国のスキー場のモデルケースになり得る大きな第一歩と言っていいでしょう。

そして年も押し迫った12月に、白馬村が「気候非常事態宣言」を表明します。これは国内の自治体としては3番目にあたる宣言で、再生可能エネルギーへのシフトを含めた持続可能な社会を引き継ぐ5項目の内容には、「白馬の良質なパウダースノーを守る」ことがしっかり明記されています。

白馬村という自治体を動かしたのは、当然、スキー場を抱える村としての温暖化への危機感ですが、5月のPOW JAPANによる署名と、9月に開催されPOW JAPANも協力した「グローバル気候マーチin白馬」も少なからず影響しているはずです。

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2019年9月20日、グレタ・トゥンベリさんの呼びかけで世界各地に広がった「グローバル気候マーチ」の白馬会場。白馬高校生3名がリードし、POW JAPANもサポートした。写真提供:POW JAPAN

2020年はかつて記憶にないほどの記録的な少雪で幕を開けるなか、白馬エリアの動きが加速します。まず、白馬観光開発はいくつかのプランを実行に移しています。乗り合いでの乗車を促すカープール優先パーキングの設置や、照明のLED化に暖房効率の向上、プラスチックゴミの削減などにも着手しました。

そして2月の上旬には「スノーリゾートから気候変動を考える3日間」と題して、白馬岩岳スノーフィールドで使用する全電力を3日間限定で再生可能エネルギーに切り替え、同時に白馬八方尾根スキー場のアルペンクワッドを通年で再エネにスイッチしました。

同時に、白馬高校有志が企画運営した「グローバル気候マーチat白馬岩岳スノーフィールド」を開催し、夜には白馬岩岳のレストハウスで、パタゴニアとPOW JAPAN共催による「スノーアクティビズムフィルム上映&トークイベント」を開催。POW JAPAN代表の小松 吾郎さんとパタゴニア・アンバサダーの玉井 太朗さんが登壇したこのイベントは、前日の東京・神田会場と合わせて450名の来場者を迎えています。

ついにはHAKUBAVALLEY TOURISMがSDGsを宣言

コロナ渦の危機感が強まる3月には、白馬村に隣接する小谷村が「気候非常事態宣言」を表明。6月には白馬八方尾根スキー場のもう一社の事業体である八方尾根開発がPOW JAPANとパートナーシップを締結し、社内にSDGsマーケティング部を設置。

また、白馬エリアの動きとは別になりますが、POW JAPANは7月に「Change is POWer──選ぼう自然エネルギー」と題し、個人宅での再生可能エネルギーへの転換を勧めるキャンペーンを開催。1カ月の期間中に268人が再エネへの切り替えを実行しています。

そうした動きのなかで最も大きな注目を集めたのは、10月に発表された「HAKUBAVALLEY TOURISMによるSDGs宣言」です。

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HAKUBAVALLEY TOURISMのSDGs宣言。索道事業者の中期目標(2025年)には「エリア内全スキー場が電力の再生可能エネルギーへの切り替えを進めている」ことが掲げられた。

「HAKUBAVALLEY TOURISM」は隣り合う小谷村、白馬村、大町市にまたがる3市村に位置する大小10スキー場が提携して、国際的な山岳リゾートとしての足場を築こうという一般社団法人で、共通リフト券やシャトルバスを運行するほか、国内外に向けてのプロモーションを一手に担っています。

この宣言ではHAKUBAVALLEY全体の中期目標として、エリア内10スキー場すべてが2025年までに再生可能エネルギーへの転換をスタートさせることが発表になっています。また、その取り組みは再エネ転換だけに留まらず、持続的目標達成に向けた具体的な取り組み方を示すために、スキー場、宿泊、飲食、小売りと、各分野別ガイドラインを記載したチェックシートを配布することまでも含まれています。

10月29日に行われたプレス発表では、HAKUBAVALLEY TOURISMのSDGs委員会に監修として参加してきたPOW JAPANの小松さんも同席し、今回の決断に至った理由のひとつとして、POW JAPANが行ってきた署名アクションで集まった多くの意見も影響を与えていると発表しています。

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滑り手代表として、14,509名の想いをHAKUBAVALLEY TOURISM 高梨代表理事に届けるPOWアンバサダーの大池拓磨と山崎恵太。 写真提供: POW JAPAN

これは、昨年11月から今年の2月にかけて実施された「HAKUBAVALLEYのスキー場が自然エネルギー(再生可能エネルギー)100%で運営されることを応援する」署名アクションで、POW JAPANのイベントやパタゴニア直営店のブースなどで集められた14,509筆。その内訳は全国47都道府県で20カ国の外国籍の方を含むもので、白馬村の人口9,000人を大きく上回るものです。

来る’20-’21シーズン、HAKUBAVALLEYの3スキー場は以下の内容で再生可能エネルギーへの切り替えを発表しています。まずはエイブル白馬五竜スキー場では、ナイターゲレンデのリフト、照明、降雪機を100%再エネに転換。白馬八方尾根スキー場では全リフトの50%が再エネでまかなわれます。そして白馬岩岳スノーフィールドではスキー場全体の約10%で再エネを利用します。いずれもPOW JAPANとパートナシップを結んだスキー場です。

こうした各スキー場とPOW JAPANの連携について、当時、白馬観光開発の代表取締役社長(現・岩岳リゾート代表取締役社長)の和田 寛さんはこう話しています。

「POW JAPANさんからもたらされるさまざまな情報は貴重です。私たちはイチ企業の人間で、日々自分たちのスキー場経営で頭がいっぱいだったりしますので、自分たちから外の情報を取りに行くのはなかできなかったりするんですよ。実際、彼らの動きがなければ、私たちもこのスピード感で動けていなかったと思いますし、進め方もこれほどクリアにいかなかったはずで、すごくありがたい存在だと思っています」

これは明らかにPOW JAPANの成果である

発足からわずか2年あまりで、POW JAPANは予想以上の成果を挙げつつあると言ってもいいでしょう。実際のところ、「全10スキー場が2025年までに使用電力を再生可能エネルギーに切り替える」という世界的にも例のないHAKUBAVALLEYの決断を、昨年2月の段階で誰が予想できたでしょうか。

この勢いは現在、野沢温泉在住のふたりのPOW JAPANアンバサダーによって、野沢温泉にも引き継がれようとしています。

こうしたPOWによる取り組みに対して、私たちはどんな態度で接したらいいのでしょうか。気候変動問題解決のためのアクションには、政財界という途方もない巨人を相手に何ができるのかという無力感が多くの人の根底にあることも理解しています。けれども、そうした一人ひとりの思いと行動が大きな成果に結びついた例もあります。

たとえば、美しい高層湿原で知られる尾瀬ヶ原全体が完全に水没する昭和期のダム計画であり、また尾瀬沼の畔を南北に縦断する国道計画に至っては、尾瀬沼に至る寸前まで建設が進んでいました。これらを白紙撤回させたのは、いずれも当時の市井の人々による反対運動でした。この日本最初の環境活動といわれる運動の相手は、巨大な大手電力会社であり、国だったのです。

発足以来わずか2年で多くの成果を挙げて知名度をアップしているPOW JAPANですが、いまだ、十分な体制で活動できているとは言い難い状態です。少なくとも、この先の日本全国への波及効果を期待するには、POW JAPAN自体が経済的にもサスティナブルであることが必要です。基本的にその活動の多くは、パートナー企業や個人サポーターからの寄付金によってまかなわれています。詳しくは「POW JAPAN」のウェブサイトをご覧ください。気候変動についてわかりやすく解説した情報も満載です。

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私たちの、そして地球の冬を守るために

最後に、今年2月4日に白馬岩岳スノーフィールドで行われたパタゴニアとPOW JAPAN共催による「スノーアクティビズムフィルム上映&トークイベント」から、玉井 太朗さんと小松 吾郎さんの話をご紹介しましょう。

玉井「僕がPOWに協力したいという大きなモチベーションとなっているのは、まずは滑り手である自分たち自身が取り組まなければならない問題だという点。それと、雪山を滑るというこの素晴らしい体験を次の世代に手渡せないかもしれない、という大きな危機感です。そんなことがあっていいのか、という思いは強い。僕らは環境活動家ではありませんが、滑り手の力は小さなものではないんです。集結すれば相当な力になるので、ぜひ力を貸していただきたいと思います」

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「スノーアクティビズムフィルム上映&トークイベント」にて対談する玉井 太朗さんと小松 吾郎さん

──現在、世界におけるアウトドアアクティビティ参加人口は6000万人を超え、760万人以上の生活を支え、90兆円近い経済を動かすマーケットを抱えています。社会もこれほど経済インパクトを持つコミュニティを無視することはできません──POW JAPANウェブサイトより抜粋

小松「白馬岩岳での気候変動マーチは、白馬高校2年生の3人組が企画してくれたんですが、それを見て『微笑ましい』という反応の方がけっこう多かった。もちろん、みんな思いを抱いて一生懸命やっているし、実際とてもいい雰囲気だったんです。でも、僕は一切、微笑ましいとは思えなかった。これはマズい、これは悲しいことだとすら思ったんです。なぜかといえば、ホントにやらなきゃならないのは大人なんです、私たちなんですよ。

今の日本で環境の話を切り出すのって、友達であったり、家族や、親しい間柄であったとしても、なかなか難しいじゃないですか。けれども、僕らスノーボーダーやスキーヤーは違います。『雪がなくなると困るんだよね』と言うだけで、『それはたいへんだよね、雪がないと滑れないよね』と誰もが素直に耳を傾けてくれます。そんな小さな声から始まり、それはやがて気候変動を解決に導くパワーに変わるはずです。

だから、あきらめていけないし、子どものためにも、自分たちのためにも、あきらめずにやっていけたらと思います。だから皆さん、お願いします。どうか力を貸してください。私たちの、そして地球の冬を守るために」

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