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明日を生きるための裁判

岩井 光子  /  2025年7月17日  /  環境, アクティビズム

全国から集まった16人の若者が日本の主要電力事業者10社の気候変動対策は不十分であると訴えた若者気候訴訟が5月、第3回口頭弁論期日を終えた。その意義や背景をより理解するため、原告団の弁護士に話を聞いた。

全ての写真 青山 紗季

5月22日、再び名古屋地裁に向かった。「明日を生きるための若者気候訴訟」第3回口頭弁論期日を傍聴するためだ。
この日は台湾から国際環境NGOのAVAAZ(アヴァーズ)のメンバーがはるばる応援に訪れていた。立命館大学4回生の堀之内来夏さんは、「大きいモンスターに一人で立ち向かっている感覚にも陥りますが、こうして世界から応援してもらえることに感動したし、緊張感が幸せな気持ちに変わった」と話す。広島在住の林菜々子さんも、「機運が高まっている感じがしてうれしい。社会って変わるのかも、と希望を持ちました」と声を弾ませる。

堀之内さんは、法廷で意見陳述にも立った。小学4年から高校までをカリフォルニアで過ごし、今は京都で暮らす堀之内さんは、猛暑のストレスで偏頭痛になったことや、アメリカ滞在時に体験した干ばつによる大火事の恐ろしさなどをリアルに語り、気候変動は人災であると訴えた。

原告団には環境団体に属してアクションを起こしていたメンバーもいれば、そうでないメンバーもいる。サーフィンやスノーボードが趣味で、アウトドアメーカーに勤務する大阪在住の仲地賢作さんは後者だ。堀之内さんに続く意見陳述で、仲地さんは海や雪山で感じる気候への違和感に言い知れない不安が募ると訴えた。「自然の中で“遊び続ける”ことは、生きるために必要だと伝えたい」

若者気候訴訟は提訴から、まもなく1年となる8月を迎える。原告団の若者たちは訴訟を機にさまざまな会合で自分の考えを話す機会が増え、頼もしさを増している。

そんな原告団を支える弁護団に、若者たちが自分のできなかったことに挑戦してくれていると感じている弁護士がいる。小出薫弁護士だ。

小出弁護士は、大学では農学部で森林科学を専攻。生きものや植物が好きで生物学者を夢見た時期もあったが、卒業後、アメリカ留学を経て法科大学院で学び、弁護士になった。2023年、個人事務所を開設するに当たり、学生時代から気になっていた気候変動対策に取り組むことをミッションにするグリーンライツ法律事務所を都内に開設。東京弁護士会でも公害・環境特別委員会の委員を務めている。
異色の経歴の小出弁護士が、森林を研究していた自分と同じ年頃の若者たちを弁護する立場になったのは不思議な巡り合わせだ。

「学生の頃から気候変動に関心がありましたが、周りにロールモデルもいなかったし、どう行動すればいいかわからなかった。社会を変えるために行動し、発信している彼らは一言でいえばすごい。尊敬します。彼らは現世代だけでなく、未来の地球を生きる人たちのことも法廷で訴えている。その視点は本来、意思決定をしている大人たちこそ持たなければいけない視点。私たちも投げかけられていると思います」

気候訴訟とは
さて、今回は原告団の弁護士に話を聞きつつ、若者気候訴訟の背景、概要、争点などを改めて整理してみたい。

日本の環境訴訟は、公害訴訟に始まったといわれる。経済成長が優先された1950年から60年代、企業が出す排煙や排水によって大気や水が汚染され、生活環境や健康を奪われた住民が損害賠償を訴える裁判を各地で起こした。被告の企業は「他の可能性を否定できない」と責任を回避したため、原告側は汚染源と被害との因果関係の立証に身骨を砕いてきた歴史がある。
初の勝訴判決は70年代初め。判例が積み重なるにつれ、規制は強化され、新しい制度ができた。勝訴がもたらした公害の予防効果は大きかった。

気候変動に対する緩和や適応、気候科学に関連する法やデータなどが争点となる気候訴訟も、この公害訴訟の系譜に連なる。世界では2015年のパリ協定以降、1.5℃目標に基づく国際合意と各国政府や企業の削減目標とのギャップを司法の力で解消しようとする動きが活発になり、2024年末までに約3000件の気候訴訟が起きている。気候訴訟は訴訟を起こす対象と求める内容によっていくつかに分類される。大きくは国に対する訴訟が行政訴訟、企業に対する訴訟が民事訴訟となるが、さらに内容によって、気候変動対策の目標や政策の修正を求める「枠組み訴訟」、気候変動の損害を訴え、賠償などを求める「汚染者負担訴訟」、気候変動対策の不正確な表現に異議を申し立てる「気候ウォッシング訴訟」など、さまざまな気候訴訟がある。

若者気候訴訟は全国から集まった15歳から29歳の若者16人が主要電力事業者10社に対し、2030年までに2019年比で48%、2035年までに2019年比で65%のCO2排出削減(一部差し止め)を求める民事訴訟(2024年8月提訴)だ。求めている削減の水準は、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)が地球の平均気温の上昇を産業革命前から1.5℃に抑えるために必要としている経路である。
地球の平均気温は既に少なくとも1.2℃は上昇している。そして、今後排出する温室効果ガスの分だけ温暖化が進むこともわかっている。先進国の日本は、世界全体の削減経路より多く削減する(排出量を減らす)責任を負っており、中でも電力事業者は、より迅速に火力発電から脱却し、再エネ発電への転換が求められている。

原告側は、国内のCO2(エネルギー起源)の約3割を排出している10社がいずれも国際合意の削減経路を越えてCO2の排出を行っており、さらに、その削減経路の範囲内に排出を抑えるための目標設定も不備であることが民法上の不法行為に当たると主張。特に多くの先進国は、天然ガスによる火力発電の約2倍のCO2を排出する石炭火力発電所を2030年代に廃止する方針を打ち出しているが、被告企業は、石炭にアンモニアを混ぜて燃焼する発電方式や、発電で排出されるCO2を回収して地中に埋める「CCS」(回収と貯留)などをCO2削減策と主張しており、政府もこうした石炭火力発電設備の継続利用を前提に、価格差補填など経済支援策を導入して火力事業者を経済的に後押ししている。

気候変動の特殊性
「現代の公害」ともいわれる気候変動だが、公害訴訟にも長く関わってきた弁護団共同代表の浅岡美恵弁護士は、従来の公害とは異なる特殊性があると指摘する。

「気候変動がこれまでの公害被害と異なるのは、原因物質のCO2がいつ、どこで排出されたかではなく、排出された総量だけが問題であること。そして、世界の総排出量と世界の平均気温の上昇がほぼ比例関係にあるため、今後どれだけのCO2を排出すると、地球の平均気温が何℃上昇するかが、既に明らかにされていることです。1.5℃に抑えるには、今後世界で排出できる量は数年分ほどしか残されておらず、あるラインを越えると、気候変動の進行が止まらなくなってしまう可能性もあります。かつての公害のように悲惨な被害が目に見えるようになった時は、もう遅いのです」

気候訴訟は予測されている未曾有の被害を防ぐための裁判である。未然防止のために、電力セクターは最速で脱火力、再エネへの転換が求められていると、弁護団は主張する。
根拠とするのは、加害者が不法行為(注意義務違反)をして被害者の権利を侵害した場合、損害を賠償する責任を負う、とする民法709条だ。弁護団は裁判の中で被告らの排出行為と原告らの被害との因果関係と、被告らの法的責任を、IPCCなどの科学的報告や国際合意などをもとに追及している。

近年、世界の気候訴訟でも証拠資料とされているのが、温暖化があった場合となかった場合の影響を評価して比べるイベント・アトリビューション(EA)などの手法だ。CO2排出量の増加と異常気象の発生数との確率的な因果関係などを科学的に分析することが可能で、若者気候訴訟でも活用されている。国や企業の過去の排出量を算定し、温暖化への寄与度を割り出すなどアトリビューション・サイエンスと呼ばれる研究も進化している。

世論の盛り上がりも支援になる。毎回傍聴席が満席になり、多くの人が裁判を話題にし、気候変動の影響がこれほど顕在化しているのになぜ日本の司法は動かないのか、と声を大きくすることで、裁判所も動く可能性はあると浅岡弁護士は言う。

勝訴へのハードル
続いて、日本における気候訴訟の先行事例を見てみよう。これまで気候訴訟と呼べる裁判は日本では数件しかない。
先駆けとなったのは2011年の通称「シロクマ訴訟」だ。環境NGOなどが日本とツバルの住民に加え、野生動物の代表としてホッキョクグマ1頭と電力会社11社に対し、CO2排出は公害であると公害等調整委員会に申し立てたが、CO2は大気汚染防止法の規制対象ではないとして、棄却された。

パリ協定発効以降は、石炭火力発電所の建設や稼働の差し止めを訴えた裁判が仙台、神戸で相次いで起きた。神戸の民事訴訟では、CO2の排出が気候変動を加速させていることは認めたものの、原告の被害と被告の排出行為に因果関係は認められない、とされた。横須賀と神戸で続いて起きた行政訴訟は、行政訴訟を提起する権利(原告適格)がないと却下、もしくは棄却されている。
日本では依然として、裁判所で気候変動による被害が法的保護の対象として認められていない現状がある。勝訴へのハードルは非常に高く思えるが、ここには日本の司法制度の課題もあるという。

そもそも日本ではCO2など温室効果ガスの削減義務を定めた法律がなく、命や健康、生活を脅かす気候変動の悪影響から守られる権利を基本的人権ととらえる社会の認識も薄い。また、日本には法や政策の違法性を直接争うことができる憲法裁判所がなく、政治や行政の裁量が広く認められる傾向がある。いわゆる国に対する枠組み訴訟を提起することが難しい。

憲法裁判所がある国の勝訴事例には、ドイツ(2019年)や韓国(2020年)で起きた若者気候訴訟がある。若者たちが国の温室効果ガス削減目標は不十分であると憲法裁判所に提訴。憲法裁判所は、2031年以降の削減目標がない気候変動の法律は若者世代に不当な負担を押しつけるもので自由権の侵害に当たり、違憲であると画期的な判断を下した。実際にドイツでは目標が引き上げられている。憲法裁判所や憲法に環境権の規定がないオランダなどでも、基本的人権の規定から、国や企業の排出削減の義務を認めた事例がある。
市民の司法へのアクセス権の違いもある。日本では原告適格の要件が厳しい上、原告個人が現在受けている被害の重大性(※)が問われる傾向がある。また、日本にはないが、世界の大半の国には被害を受ける人々に代わり、環境NGOが訴訟を提起できる「公益訴訟」と呼ばれる制度がある。そこでは個別的被害が争点となることはなく、環境保全を目的に国や自治体、企業に対しても、不法行為の差し止めなどを求めることができる。

※例えば、不法行為の中止を求める差し止め訴訟では、将来おそらくそうなる可能性(蓋然<がいぜん>性)が高いと示すことが重要な要件となる。

公益訴訟には、オランダで2013年、環境NGOアージェンダが886人の市民と共に政府の温室効果ガス排出量の削減目標引き上げを求めて提訴した訴訟や、2019年に環境NGO「Milieudefensie(地球の友オランダ)」と6つのNGOが、約1万7000人の市民とともに石油企業シェルグループの温室効果ガス排出量削減を求めた訴訟がある。どちらも、裁判所はNGOを原告として認め、国や民間企業に排出削減を命じた世界初の事例となり、気候訴訟の扉を開く歴史的な訴訟となった。

自身も環境NGO気候ネットワークの代表を務める浅岡弁護士は、シェル事件の原告となった環境NGOの事務所を見学したことがあると話す。

「オランダのMilieudefensieはスタッフが160人近くいる大所帯のNGOで、弁護士や科学者など様々な専門スタッフがいて、公益訴訟に専念できる体制が整っています。比べて日本の環境NGOは規模も小さく、NGOが市民を代表して訴訟を提起できる制度もない。民主主義を支える社会的基盤も大きく違っています」

私たちの裁判
世界各地で気候変動の影響は顕在化し、洪水や熱波、干ばつ、山火事などのニュースが年々増えている。今年のゴールデンウイークに一般社団法人ジャパン・クライメート・アライアンス(JCA)が日本の18歳以上の5000人を対象に行ったオンライン調査によれば、「気候変動は、あなたの個人的な生活にどの程度悪影響を与えていますか」の質問に8割以上が「悪影響を受けている」と答えた。「この2〜3年で影響は大きくなっている」と答えた人も72.3%に上っている。

「気候がより極端になっていることはわかっているのに、将来さらに悪くなることも見えているのに、加害と被害はつながっているのに、政治が必要な対応をとれていないのに、裁判所も何もできないと言うのでしょうか?」と浅岡弁護士は問いかける。

気候変動から人権を守ることは、ビジネスにおいても、裁判においても今、取り組むべきこと。原告団の役割は、日本ではまだまだ腰の弱い、そうした世論の土台をつくることでもある。日本の社会と司法のあり方を問うチャレンジが、若者気候訴訟には集約されている。

次回第4回期日は事前協議を挟み、9月17日に行われる。原告の若者たちが訴えている被害は大多数にとっての実感であることは明らかだ。若者気候訴訟は私たちの裁判でもある。

明日を生きるための若者気候訴訟

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