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パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(後編)

谷口けい&加藤直之  /  2015年9月17日  /  読み終えるまで10分  /  クライミング, スノー

今日も藪漕ぎ。写真:谷口けい

編集者記:今年の夏、アンバサダー仲間の谷口けい(kei)と加藤直之(nao)が富山県の北方稜線約50キロメートルの藪こぎ山行をした。富山県の黒部市の最北端の末端尾根から入山し、剱岳本峰を経由して馬場島に下山。6日間の山旅で、越中駒ケ岳~池ノ平山はほとんど道がない藪こぎであり、夏に全山縦走した記録はないと思われる。

8月13日(木)

夜半から雨。びちょびちょに濡れた木々を漕いでいくのは難儀だ。コルから滝倉山への登りもオンサイトのルートファインディングが肝要だ。しかしアドレナリンラッシュともいうべき勢いで頂きに達すると、虫、虫、虫。眺望もままならないが、お地蔵さんがひっそり鎮座する可愛らしい頂きだった。休息も束の間、ウドの頭(1967メートル)へ向かうヤブ尾根も当たり前のように濃く、ルートファインディングがむずかしい。6ミリメートルロープで3ピッチの懸垂下降を交え、ウドの頭へ向かうコルに出た。草付きを諦めて素直に稜上を行くもかなりの急傾斜だ。上半身を酷使してようやくたどり着いたウドの頭は、藪のなかで眺望もない。しんしんと振りつづける雨に打たれ、無数の虫の歓迎を受け、できる事といえば水を啜り先に進むという行動だけ。ウドの頭から一旦コルへ激下りし、そこからふたたび西谷の頭(1922メートル)へ登り返すのだ。ウドの頭からの件は両側がスッパリ切れているナイフリッジありの急降下。土砂降りなので足元にはとくに気を使う。コルも釈然としない藪のなかで、そこからだだっ広いヤブ尾根を登高するという苦行。全身ずぶ濡れで西谷の頭へたどり着いたのはもう昼過ぎだった。そこから平坦な藪を経てコルへ下ると、そこには雪渓が横たわり、傍らはある程度平坦な草原地になっていた。そこから先はまたヤブ尾根が急峻な毛勝山につづいているのがぼんやりと見える。長丁場になりそうなのは一目瞭然。全身ずぶ濡れ、そして毛勝山頂以降にいいビバークサイトがあるかはまったくの不明。置かれた状況、明日以降の天気予報、剱岳本峰を越える行程を考えて、ここで落ち着くことに決めた。上田さんは毛勝山から西北尾根を下るのでひとり先を急ぐ。ひとりの藪こぎほど辛く哀しいものはないだろう。見送ったぼくらはテントを張り、濡れた衣類を着替えてラジオの音に耳を傾けると、自然とまぶたが重くなってきた。(nao)

超猛暑期のこの藪縦走、想像したのは暑さと虫と喉の渇きに発狂するかもしれない自分の姿だった。しかし雨にずっしりと濡れた我々は、この日寒さに震えはじめていた。ほとんど止まらずに藪と格闘しつづけていたにも関わらず……。 寒がりな私たち2人は、毛勝山へと前進して吹きさらしの稜線に身を晒すリスクを考慮し、西谷のコルで先を急ぐ(というか今日中に下山する予定の)上田氏を見送って、ここに泊まることにする。雨が本降りとなる前に乾いたものに着替え、今日もまたテントの補修に勤しむ。半前室部分の生地を切り取り、裂けた天井部の当て布として縫う。テントがボロボロならば、身体も打ち身と擦り傷と切り傷だらけだ。さらに寒さも手伝って、もはや燃料をケチっている場合ではなく、温かく甘い飲み物を身体に流し込んで、ようやくひと心地つく。乾いたものに身を包んで温かいものを体内に入れるという行為は、生きている実感として人間に必要不可欠なものなのだ。(kei)

パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(後編)

ものすごい虫に囲まれて。写真:谷口けい

パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(後編)

西谷のコルの雪渓水汲み。写真:谷口けい

8月14日(金)

定時の3時半に起きるも、ホワイトアウトと降り止まぬ冷たい雨で沈殿と決め込む。夕方すこしだけ頑張った太陽で気持ちドライな気分になり、身体も休まった。残されたのは明日からの2日間。はたして剱岳を越えて馬場島へ下りることができるだろうか?(nao)

この日の沈殿を決めた理由の一つは、夜明け前からの稲光と風雨。山を生きていて最も怖いのは雪崩と雷。自然の脅威に抗っては痛い目に遭うと相場は決まっている。仕方ない、大人しくシュラフに潜り込む。しかしお腹は減るのが沈殿日の悩ましいところ。どう頑張っても残された日程はあと2日しか無いのだから、必要な食料を計算し、それ以外は食べてしまうことにする。明日と明後日、最大限のパフォーマンスを発揮してこの完全縦走を目指すために。(kei)

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テントの補修をする谷口けい。写真:谷口けい

パタゴニア・アンバサダーの試練と憧れの夏休み:日本海側末端尾根から剱岳リアル北方稜線50キロ17座の山旅(後編)

雨の止み間に濡れたものを乾かす努力。写真:谷口けい

8月15日(土)

夜中にトイレに起きると素晴らしい星空。天気は味方してくれている。充電できたはずの身体にムチを打ち、毛勝山へ向かう。これまでの困難さを考えればそこまで悪い藪漕ぎではなかったというのが本音だ。歓喜の声をあげながら最後の草付きをたどり、午前8時、終戦記念日のお盆に、誰もいない山頂(2415メートル)で絶景を満喫した。難関と思われた駒ケ岳~サンナビキ山~毛勝山のヤブ尾根を漕ぎ通した充実感に包まれながらも、これから進む剱岳へつづく稜線が途方もなくみえる。藪の濃い毛勝山南峰を経て、順調に毛勝三山(釜谷山2415メートル、猫又山2378メートル)を越えた。ブナクラ峠(1740メートル)へ下り、ふたたび赤谷山(2260メートル)へ登り返す。いまとなっては慣れた激しいアップダウンだが、疲れた身体には相当応えるものだ。赤谷山頂はお花畑の平坦地にあり、すぐそこには雪渓が派手に横たわっていた。ジャブジャブ流れる水を採り、幸せなテントサイトに充実感が湧いてくる。本峰経由馬場島がいよいよ現実味を帯びてきた。(nao)

この山行では出発前からエスケープルートの可能性を幾つか考えていたし、毎日一日の終りに明日への期待と不安を織り交ぜつつ、エスケープするなら……という会話を交わしてはいた。けれども動きはじめると、結局エスケープという方向へは一度も動くことはないまま前進していた。終わることのない藪と格闘しながら、何故こんな辛いことをしているんだろ……?なんて思いがめぐってきたら、そんな思いは即打ち消す。でも、辛くない冒険行なんて冒険じゃない。辛さのないbutより大きな幸せなんてあり得ない。今回は藪の向こうに幾つもの衝撃的な(そして絶望的な)現実と、幾つもの素晴らしい景色が繰り返し展開された。そうやってひたすら前進。最後のエスケープ可能地は、毛勝三山を越えた後のブナクラ峠→馬場島ルートだった。これまで繰り返されてきた藪との衝撃的な現実に身体はだいぶヨレていたけれど、結局はより素晴らしい展開を求めて悩むことなく前進していた。ただし残された一日という時間のなかで、予定の2日分の行程をこのボロボロな体でクリアすることが出来るのだろうか。(kei)

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快晴の毛勝山_9座目。写真:谷口けい

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毛勝山頂で太陽の日を浴びる。写真:谷口けい

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赤谷山_12座目。写真:谷口けい

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足の補修をする加藤直之。写真:谷口けい

8月16日(日)

いよいよ最終日。赤谷山をあとにして、白萩山(2269メートル)~赤ハゲ(2330メートル)~白ハゲ(2387メートル)の藪を漕ぐも、正直ナメてたわけではないが、思ったより悪く感じた。大窓(2200メートル)に下りると両サイド素晴らしい眺めとこれから登り返す池ノ平山が険しく見える。急峻な山肌を詰めると池ノ平山北峰(2561メートル)へ到達。ここから南峰まではボロボロに崩落したギザギザのナイフリッジを行く。もう藪はないものの、神経をすり減らすルートファインディングがつづき、無造作に残置された昔のフィックスロープを無視して、池ノ平山南峰(2555メートル)へ。誰もいない山頂から気合を入れなおし、小窓への急降下をはじめる。あとは集中力を切らさず、気力で本峰を越えて馬場島へ行くしかない。三ノ窓~池ノ谷乗越~長次郎の頭を越えて剱岳(2999メートル)へ登り詰めたのは14時ころだったか。日本海側の末端尾根から入山し、6日目にしてほんとうの北方稜線を歩き通し、本峰で笑顔の握手。さあ、ここからの早月尾根下山は気力との戦いだ。標高差約2250メートルの大下り。2人とも無心で脚を前に運ぶ。早月小屋を越え、松尾平を通り、巨木のあいだから夕焼けがオレンジ色に輝いて、我々の山行を祝ってくれている。午後6時馬場島登山口(750メートル)に到着。まさしく「試練と憧れ」を実践したような真夏の夢のような山行が終わってしまった。振り返れば長いようで短かった6日間だったが、余計なデータは詰め込まず、不透明な行く先を案じながら、目の前の藪を漕ぐ。泥臭く時代遅れとも取れるが、ドキドキワクワクするような山旅がまたひとつ脳裏に刻まれたのだった。(nao)

最終日の行程、赤谷山~劔本峰~早月尾根経由馬場島を無雪期に行くのははじめてだ。まずは池平山まで4時間で行けたら相当いいなと私が言うと、いやいや3時間でしょと加藤くん。結局5時間半かかった。前途多難。温泉に入れる時間までに下山できるのか不安だ。藪はないが、幾つもの大きなギャップと崩壊地、気力頼みの最終日。これまで人にほとんど遭うこともなく来た我々としては、メジャー登山道へ突入するということで、多くの人に会ってしまうことをちょっぴり残念に思って懸念していた(何と言ってもお盆の時期に人に合わないで過ごせる場所として今回のエリアが選ばれたのだから)。しかし本峰に着いたのが14時だったこともあり、たった2人の登山者にしか会わず、これまで幾度も来た劔岳本峰も、今回の頂上はいつになく感慨深いものとなった。見えないほど北の果てから、この長くつづく尾根を継続して劔本峰まで、まさか本当に踏破出来るだなんて。身近にあって、でもなかなか踏み出せない冒険的行為って結構あるはず。こんな、誰にも理解されないだろう、最高にアホな行為をともに出来る仲間の存在に心から感謝したい。(kei)

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赤谷山での黎明_後立山連峰。写真:谷口けい

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剣岳_17座目_最後の頂。写真:谷口けい

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試練と憧れ_馬場島。写真:谷口けい

【行程】

嘉例沢森林公園-鋲ヶ岳-烏帽子山-僧ヶ岳-駒ケ岳-サンナビキ山(滝倉山)-ウドの頭-西谷の頭-毛勝山(北峰-南峰)-釜谷山-猫又山-ブナクラ峠-赤谷山-白萩山-赤ハゲ-白ハゲ-池ノ平山(北峰-南峰)-小窓-三ノ窓-池ノ谷乗越-剱岳-早月尾根-馬場島

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