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鈴鹿山脈から熊野へ 三重縦断300km

阪田 啓一郎  /  2019年6月11日  /  トレイルランニング

いなべ市、僕が住んでいる三重県の一番北にある田畑の広がる田舎町、西側には鈴鹿山脈が遠くまで続いている。二十代後半、僕は山を走るようになった。

ある日、縦に長い三重県を上から下まで山で繋ぐことを思いついた。自分の住んでいる町から一番南の熊野まで山を繋いで行けないだろうか?そしてそれを一気に走れないかと。

コースは、まず、鞍掛峠をスタートし、鈴鹿山脈を縦走する。そこから伊賀の里山を抜け青山高原へ。そこから御杖村を経て高見山から台高山脈。そして、大台ケ原から尾鷲道を抜け、最後は熊野古道伊勢路で熊野市七里御浜の獅子岩に向かう。約300kmのロングコースだ。

一緒に山遊びしている仲間に声をかけた。僕を含め6人でチャレンジすることになった。まず、コースを鈴鹿山脈、青山高原、台高山脈、熊野古道の4つに分け、各パートにペーサーとして各1名ついてもらい、僕は通しで全部走る。残りのメンバーはサポートを任せる。4月29日の午前0時にスタートすることになった。

1日目(4月29日) 0時 鞍掛峠~柘植 80.24㎞ 累積獲得標高6,689m

スタートの鞍掛峠に着くと、友人達が見送りに集まってくれていた。鈴鹿山脈を抜け、80km先の柘植までのペーサーは森本潤。仲間らが来てくれたお陰で賑やかなスタートだった。

ライトの照らし出す登山道に踏み出した。峠に上がり稜線を行く。心配していた寒さはあまりなかった。御池岳から藤原岳は石灰岩のカルストで開けている。藤原岳からは山腹を急降下。治田峠へ進む。やがて竜ヶ岳が見えた。自分が住んでいる田舎町の明かりも見え、夜空も眩い星空だった。

鈴鹿の山はひたすらアップダウンが続く。僕たちはポール使い、ただただ歩いた。しばらくすると、ポールからミシッという嫌な音がして、そのまま裂けるようにして折れてしまった。森本には「全然問題ないよ」と言ったものの、やはり、一本だとバランスが悪かった。

釈迦ヶ岳に着いた。眼前には御在所岳だ。ロープウェイやレストランがある、御在所岳の頂上は登山者で賑わっていた。とはいえ、まだ営業前。自販機で飲み物だけを買い、しばしの休憩をとった。スタートから9時間経っていた。サポートの山本健文に連絡し、ポールの替えを頼んだ。鎌ヶ岳に向けて、御在所を出発する。岩場や痩せ尾根があり注意して慎重に進む。水沢岳、宮指路岳、仙ヶ岳と越え、御所平に、広い開けた尾根道が続く。

安楽越に降りると、友人がお菓子やコーラを用意して待っていてくれた。この後、夕方から雨が降る予報だと言う。どうやら雨は避けられそうにないようだ。

鈴鹿峠には16時半頃に着いた。ここで「柘植には21時前に着きそうだ」と、サポートに連絡を入れる。高畑山を過ぎたころポツポツと雨が降り始めた。

見覚えのない分岐に差しかかる。唐木岳ともう一方は長峰尾根。雨で億劫になり、地図も見ないで、長峰尾根に進んだ。二人とも違和感を覚え、地図で確認してみると、やっと間違いに気がついた。僕らは全く逆方向に進んでいたのだ。雨がすっかり本降りになっていた。先ほどの分岐に戻り、軌道修正する。急登と急降下が続いた。風も出てきて、濡れた身体に吹き付ける。寒くなってきた。加えて、膝に少し痛みがでていた。やがてゾロ峠に出て林道に降りた。柘植まで残り5kmほど。僕らが柘植に到着すると、みんなが待っていた。

うどんやおにぎり目に入るものを次々食べた。着替えをし、装備を入れ替え、ポールも受け取った。「少し寝るか?」と聞かれたが、そのまま行くことにした。実際は眠かったのだが……。

2日目(4月30日) 柘植~御杖 74.58km 累積獲得標高2,564m

柘植を出発。ここから磯貝剛洋さんがペーサーについてくれた。少しロードを走り霊山の登りに入ると、元気な彼は前でグイグイ登って行く。木段の下りに入ったところで、また、膝が少し痛み出した。トレイルからロードに出る。山の中は木々が雨を凌いでくれていたが、ロードにでると雨に打たれ、ペースが遅いと冷えた。青山高原へと続く、単調で長い林道。登山道とは違い緊張感がない。やがて眠気が襲ってきた。目が覚めない。フラフラ歩いているのが自分でもわかるくらいだった。すぐ脇には川が流れている。気が付くと、川側を磯貝さんが黙って歩いていた。寝ながら歩いている僕が落っこちないように、気遣ってくれていたのだ。風が一段と強くなり奇妙な音が聞こえ始めた。やがて、大きな風車たちが現れた。青山高原には風力発電の風車が何十基とあり、自然と人工物の作り出す独特の世界が広がっていた。先を急ぐものの、風がすごく強く、大粒の雨がレインウェアを叩いた。

明るくなり始めたころ、頂上の三角点のある駐車場に到着した。自販機があった。温かい飲み物を求め、二人駆け寄ったが、無常にも冷たいものしかなかった。

別荘地に向かう急な階段を下り、その先の途中、国道をくぐるトンネルで「3分だけ寝させて」と磯貝さんに言って、仮眠させてもらった。先を急ぐと、サポートの山本が心配して来てくれた。カップ麺をいただく。体の芯から温まった。長いロードが続いた。雨も風も相変わらずだった。やがて青山リゾートという施設に着いた。休憩させてもらい、残りの行程を確認する。残り10数キロで御杖村だ。ここから伊賀富士と呼ばれる尼が岳を越えていくことになる。

桜峠の分岐にぶちあたった。右折すると尼が岳の登山口、直進しても尼が岳に行けるようだ。距離が短い直進の道を選んだ。林道はずっと続いているが、登山道に出る気配はなかった。登り口を見落として、かなり来てしまったようだ。地図を確認すると、このまま進んでも、御杖には辿り着きそうだ。戻らずに、先へ行くことにした。御杖村はすぐだった。

御杖に着くと、山本が待っていた。ここでお風呂に入り、寝ることにした。スタートの日から考えて、起きてから50時間以上経っている。眠いはずだ。

二時間半の仮眠から、起き上がろうとすると膝が曲がらない。痛むし、寒気もする。次の尾鷲まで100kmほど。一番の難所である台高山脈を越えていかなくてはならない。

当初の予定では、この区間は山本と行く予定だったが、諸事情により、一人で行かなければならなくなった。「ここでやめていいか?」自分でも驚くような一言をもらしていた。「阪田さんがそう決めたなら。無事に帰って来てくれるのが一番です」、と山本からすぐにハッキリした口調でそう返って来た。

あれ!?俺、なに言っているんだ?ゴールして皆で達成感を味わうんじゃなかったっけ?

「山が逃げるとあかんから、やっぱ行くわ」そう告げるとすぐに頭を切り替た。大量の食糧をザックに詰め、レインウェアを着て、雨の中を再び出発した

3日目(5月1日) 御杖~尾鷲 97.84㎞ 累積獲得標高7,492m

キャンプ場で水を補給し、山の中へと登っていく。峠に上がりここから高見山を目指す。九十九折の道を下って行く。

しばらくすると、沢の音が聞こえた。ん!?沢? やってしまった。来た道を登り返す。峠に戻り、正しい道に進む。ほどなくして請取峠についたものの、登山道が崩れてしまっている。崩落個所をどうやって抜けるか、暗くてよく解らない。降りたり登ったりしながら脇にテープを見つけホッとして先へ。しばらく行くと、高見山が目に入った。

高見山に着いたのは朝7時だった。これから越えていく台高山脈が奥深く続いている。峠に降り、先ずは明神平を目指した。ひらけたところに下ると、明神平に着いた。一旦、谷の方に降りる。雨のおかげで、水場に水量は十分にあった。

明神平から先はトレースが薄くなった。バイケイソウが一面に生えている中、細い頼りない木の枝にマーキングテープがあるだけだった。気づくとすぐ道を外れ、時折あるマーキングテープを見つけては、安堵した。

広いブナ林が広がる池木屋山に着いた。霧が立ち込めて幻想的な光景だ。ブナ原生林は下草が生えておらず、道に迷いやすかった。池木屋山を過ぎると、トレースはほとんどなくなり、去年の台風の影響か、倒木が行く手を塞ぎ、マーキングテープは風で飛ばされていた。

陽が落ち、暗くなりはじめると、道を見失い、全く判らなくなった。ライトが照らし出す3mほどの視界では、テープを探すこともできなかった。暗い中、彷徨い続け、ようやく木に巻かれた地池越と書かれたテープを見つけた。日没から二時間以上が経過していたが、あまり前に進んでいなかったのだ。

この先は急な斜面を登るようだが、正解かどうか解らないのに、登る気力はなかった。皆、心配するだろうな、と思いつつも、ビバークすることにした。適当な場所にツェルトを張り、雨で濡れた身体にエマージェンシーシートを巻きつけ、眠りに落ちた。

しかし、すぐ寒さで目を覚ました。時計を見るとまだ一時間半しかたっていない。寝ているのか、寒さに耐えているのか、朝までが長かった。翌朝になると雨は止んでいた。休んだおかげで頭は冴え、足の痛みも引いた。ツェルトから飛び出し準備をして出発する。

広い斜面を直登していく。急登、急降下、右に左に忙しく動き回る。険しい登山道を抜けると、引水サコに着いた。水が美味しくて沢山飲み、顔を洗った。暫く行くと、岩場が現れた。視界が開け、大台ケ原が見える。筏場道を通り、笹薮を抜けて道路に出ると、ビジターセンターはすぐだった。ビジターセンターに到着するなり、仲間に到着したことを伝えた。すぐに返信があり、咎めることもなく喜んでくれた。食堂でカレーとうどんを注文し、飲むようにして胃袋に収めて、大台ケ原を後にした。

ここからは尾鷲道。尾鷲の人々が大台ケ原の教会に通うのに使っていた昔の生活道だ。コース上にはマーキングテープが丁寧に付いており、道に迷うことはなかった。

道が急に左に折れ上に向かって伸びている。登りきるとコブシ峰。遠くに尾鷲の街と海が見える。急な下りをこなし沢沿いに進んだ。暗くなる頃、林道を歩いていると、街灯が見え、国道に出た。尾鷲の街はすぐだった。

到着すると皆が待っていてくれた。もうゴールかというような歓迎ぶりに驚いた。けど、熊野はまだ先だ。

4日目(5月2日) 尾鷲~熊野 41.4km 累積獲得標高2,048m

ここからは熊野古道伊勢路で熊野まで、一緒に行くのは石坂健太。尾鷲から最初に越えるのは八鬼山、伊勢路一番の難所である。登りをこなす二人の足取りは重かった。難所七曲り、急な石畳みの九十九折れ、止まらないように上るのがやっとだった。

難所八鬼山を越え、海に降りた。ここからは、石畳みの峠を越え町に出ることになる。夜が明け、日が差し石畳みを照らした。昨日までの雨で光沢を帯びた石、苔は生き生きしていた。二木島ではサポートの谷口佳希らが待っていてくれた。用意してあるものを次々に食べた。僕が「牛丼食いてぇ」と言ったのには驚いたそうだ。

石畳みの坂道を登りきると、そこは松本峠だった。長く続く海岸が見え遠くまで伸びている。ついに七里御浜に着いたのだ。

峠から駆け下り浜に出た。その向こうにはゴールの獅子岩が見える。達成感が身体を包み込んだ。仲間に迎えられ、二人で海に飛び込んだ。足の擦り傷に海水が沁みた。

仲間と挑んだ107時間、一度は諦めそうになったが支えられ辿り着けた。一人だったらきっと無理だった。また皆でチャレンジをしたいと、海を見ながら強く思った。

三重の山は大きく美しく厳しかった。僕はまた好きになった、仲間も、三重の山も。この先何十年と経っても、皆で集まり思い出しては笑いあえるだろう、この山遊びのことを。

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