ギアテスターのフィールドメモ
全ての写真:スティーブン・グナム
花こう岩の尖峰を仰ぎ、ガレ場を縫うように進み、なだらかなスラブを越える。ワシントン州カスケード山脈の奥深く、スチュアート山の堂々たる北稜は、空へ続く2,800フィートの階段を形成する。今朝、パートナーのマイケルと私は、由緒ある尾根を伝ってスチュアート山に登頂し、その後、下りは穏やかな南斜面で、この山の脇腹を回り込んでスタート地点へ戻ろうとしている。今、不穏な空の下、大いにエネルギーを消耗しつつ、周回路を踏破し、車へ向けてロリポップキャンディの棒の部分を歩き出そうと頑張っている。
上の氷河から冷気の塊が下りてきて、私はシャツの袖の暖かいワッフル地をこぶしの中で丸める。1日中、ロープを引っ張ったり、割れ目に腕を突っ込んだり、鼻水を拭いたりしても、袖口にはまだ全く摩耗の兆候がなく、最近テストした2つの試作品とは大違いだ。ついにこの新しいリサイクル生地に近づいている、と思う。後で背面と肩(そこはバックパックを12時間背負った後、最も傷みやすい部分だから)を詳しく調べて、写真とメモをパタゴニアのフィールドテスト・コーディネーターのケリー・コーデスに送付しよう。
パタゴニアのギアテスターである、とはそういうことだ。ケリーは、その人がどこに住み、どのようなスポーツをし、ギアのどのような面にこだわるかなど、あらゆることを踏まえ、最も過酷なテストができそうな人物にアイテムを送付する。サーマルウェイト・ベースレイヤーの試作品なら、北部山岳気候に暮らすテスターに依頼するだろうし、フードの着心地が画期的なビレイジャケットの試作品なら、フードに思い入れの強いアイスクライマーを頼るだろう。
続いてテスターはみな、特技に取り掛かる。つまり、そのギアを酷使することだ。テストの間中、テスターは発見したことを提出し、それらのフィードバックに基づいてデザイナーは変更を加える。特長が洗練され、生地が改善され、耐久性が最適化され、バージョンごとにアイテムはより良くなる。
この流れは理にかなっていて安心だし、単純で心地よい。本物の山岳アスリートが開発者やデザイナーと会話し、何度も反復を繰り返す。ギアは山での動きを決め、動きは作るギアの種類を決める。私たちはグルグルとロリポップのように回る。

アベッグは、丸太橋でのアクシデントから川で水浴びする羽目になり(思いがけず生地の乾燥時間をテストできて)脳の痺れを笑い飛ばす。ワシントン州スチュアート山域。
2024年6月1日
ティーナウェイ山脈アイロンベア周回路ミラーピーク
夏季高地活動で着用。この日の遠征は、ティーナウェイ山脈の17マイル超のトレイルラン。この山域は近隣のカスケードほどドラマティックでも広大でもないが、晴れて乾燥した初夏のコンディションで、山の上部のほとんどは、まだ冬のコートを脱いでいない。
友人2人と私は、マツやモミの森を抜け、バルサムルートでいっぱいの斜面を越え、3,000フィート登る。次第に樹々がまばらになり、西にティーナウェイ山脈の残りの部分が現れる。
今着ている試作品のパンツは気に入っている。目測では股下4インチのゴルディロックス丈、快適な薄さで、乾きが速い。ポケットも多く、右側ポケットはジッパースタッシュ付きで、今は食べかけのバーが入っている。着ていて楽しいパンツだが、その単純な構造や箱型の形状は、着映えがするというより、古くさくないだろうか。そうした疑問を今後のフィードバックのために心に留めおく。
ミラーピークの頂上で、スナックをパクつき、山岳ランナーの常として、近くの稜線を目でつなぐ。雪の襞からは、あるピークから次のピークへ続く縦走路が分かる。地図アプリを開いて、目の前の高所ポイントを同定し、その後、下山時にすぐ取り出せるように、スマホをパンツのサイドポケットの1つにしまい込む。歩き始めの数歩は、スマホの重さでポケットが裾からはみ出る具合に注意する。時代遅れは承知済みだが、これは単なる美観の問題ではない。スマホをより安全に携行できるジッパースタッシュへ移動する。サイドポケットは、パンツの脚部に付けるべきか。その疑問をすばやく心のノートに書き留めて、私たちはシングルトラックを下り続ける。

クイズ:ギアテスター2人が3着のテックTを同時にテストするには?答え:ハッチンスはデザイナーが50/50トップと呼ぶ、2種類の生地で作られたシャツを着用し、一方ジェニーは3つ目の選択肢をテストする。50/50トップは、通気性と耐摩耗性などを直接並べて比較する有効な方法だ。
2024年6月15日
ウェナッチ・フットヒルズ、ホースレイク保護区の周回路
6月中旬だが、空には灰色の雲が垂れ込め、4月のような感じ。山地西部では小雨が降っており、それでいとこのリサは私といっしょにウェナッチ・フットヒルズを走る気になった。気温が下がったこの機会に、郵送されてきたばかりのエンドレスラン7/8タイツを試すことにする。この試作品は、透明のスパンデックス繊維(おかげで今回の明るいイエローのような淡色の表地を開発できる)をブレンドした新しい生地の耐久性と快適さをテストすることが目的だ。ただし、陽気な色彩もパフォーマンスを犠牲にしては台無しであり、そこで今日、それをテストする。ドライブ中に右足付け根に既に小さなケバ立ちがあることに気付く。帰宅したら、フィールドテスト・チームにその写真を送ろう。
灰色の雲の下、雨がパラつく中で、リサと私はホースレイク保護区の14マイルの周回コースを走る。ついひと月前には紫のルピナスや黄色のバルサムルートが咲き乱れていた乾いた丘を蛇行するシングルトラックだ。あえて気に留めようとしないかぎり、タイツの動きや通気性は全く気にならないだろう。良い兆候。

ドラゴンテールピークへの途上、アベッグは“てっぺん稜線バレエ”をやってのける。すぐ後ろには共同テスターのハッチンスがいる。
2024年6月20日
スチュアート山域コルチャックピーク
午後3時、ラップトップを閉じる時、突然、ストレス発散の必要性を痛感した。コルチャック湖への冒険を決断する。この夏、スチュアート山域に入るのは初めてだ。さらに上へ行きたくなった場合に備えて、アックス、クランポン、自前のナノエア・ウルトラライト・フルジップ・フーディを荷物に入れる。今日の旅はお祝いでもある。約2年間の改良を経て、この軽量断熱ジャケットが世界へ送り出されようとしている。数週間前、その最終生産バージョンが玄関に届いた。テストに費やした時間、フィールドメモ、改良のすべてがその生地と特長に反映されているのを目にすることはすばらしい。
使用できそうな、さらに軽量の裏地はあるか。要確認。
ジャケット本体のポケットに容易に収納できるか。要確認。
バージョンBの裏地は、表地やその他のレイヤーと相性が悪くないか。修正は可能か。
袖を短くするか、あるいは袖口に伸縮性のある、ほんの小さなバンドを付けてはどうか。どちらも要確認。
湖へ4マイルのトレイルを1時間強走り、到着して、冷たい青い湖面上にそびえるドラゴンテールピークを見る。最初に山を見た瞬間、登ろうと決断する。湖を周回し、その南端でトレイルを離れ、コルチャックピークの脇腹へ下りる岩盤に取り付く。やがて花こう岩が氷河に変わり、氷河には中央部へ向けてさらに蛇行するスキー跡がある。雪は柔らかく、クランポンは不要だ。
心臓が脈打ち、高鳴っている。仕事の悩みはとっくにトレイルに置いてきた。バンシー峠で、時間を確認する。午後5時59分。頂上はそれほど遠くない。クラス3~4の岩を登り、雪原を越えて、今日の午後に出発した場所から約6,000フィート上にある安全地点で止まった。山頂の寒さに備えてジャケットを着用し、景色を写真に収める。スマホをしまい込んだ時、胸ポケットの中でごくわずかに垂れ下がる感触を心のノートに書き留める。収納用にこのポケットを広げたことによる予期せぬ結果。ギアの反復は、無限ループである。

ギアの開発とテストに関しては、生地の品質から袖口のデザインに至るまで、どんな些細なことでも細かすぎることはない。アベッグとハッチンスは、ドラゴンテールピーク上で、アルペングローの最後の瞬間に浸りながら、袖を比較する。
2024年7月6日
オリンピック国立公園オリンパス山
7月4日(アメリカの独立記念日)は終日晴天、ようやく夏が定着した兆しだ。お祝いとしてオリンピック山に登ろうと、友人のマヤやタラとオリンピック半島に向かう。約20マイルの平坦なトレイルを経てようやく山岳へ至る、まさにランナーの山登り。
こういう日にどのパックを装備すべきかを判断するのは難しく、そこで候補を3つ持っていき、前夜のキャンプでどれにするかを決めることにする。ギアテスターとして、私は無いものが欲しくなることが時々ある。例えば、アルミニウムの前爪が付いたランシュー用トラクションスパイク、折り畳めるヘルメット、トレイルランとアプローチの適正バランスを押さえた兼用シューズ。そして今日は、今回のランニング兼登山用のパックがポンッと出てくる3Dプリンタが欲しい。容量10L、クランポン用の気室とアイスアックス・ホルダーを備え、前面上部にはハイドレーション容器の気室、さらに下部脊椎と擦れないように背中の上部で背負えるフィット感。
悲しいかな、オンデマンドプリンタがない私は、クランポンをウィンドジャケットでくるんだ不格好な包みをランニングベストの内側に詰め込む。その横にはウォーターフィルタと2,600カロリーのスナック。アイスアックスは、良い収納方法がないので、車に置いていく。
パタゴニアの18Lのパックにコンプレッション・ストラップを付加してはどうか。そうすれば、あらゆる種類のアクティビティに多目的に使えるだろう。
ホー温帯雨林の中を4時間以上ランニングした後、オリンパスのブルー氷河を横断し、小規模な岩場をよじ登って山頂へ至る、高地への小旅行を楽しんだ。幸いアックスは要らない。立ち止まってクランポンを装着することもないほど、雪は柔らかい。重力の魔法に任せて氷河を駆け降りれば、嬌声は絶えることがない。

ランニングパックのテストでスナックの収納は重要な検討事項であり、アベッグも決してテストを怠らない。おまけ:これから長い下りが待っていても、6,000フィート登攀後のお祝いのサンセットチップスは格別に美味しい。
2024年7月24日
スチュアート山域スチュアート山・西尾根
夏真っ只中。ほんのひと月前まで白く覆われていたスチュアート山域が今は裸になり、乾いている。この山域にそびえるスチュアート山は、標高9,420フィートでワシントン州第6位、非火山性の山頂としては同州第2位である。スチュアート山に登るのは今回で5度目だが、緩やかな西尾根を登るのは初めて。
尾根の基部に着くまでに6マイル以上走ったり、ハイクしたりしながら、3,000フィート標高を稼ぐ。私たちのパックには、小さな引き出し付きラック、細いロープ、クライミングシューズ、ハーネス、ヘルメット、水、スナックが詰まっている。友人のマヤとCJは、パタゴニアのスロープ・ランナー・エクスプロレーション・パック18Lを使用する。私は少し容量が多く、凝った構造の試作品を試そうとしており、それは私がロープを運ぶということでもある。すぐに、試作品はショルダーストラップががっしりしたことで快適度が増したと気付いた。さらに容量が25Lあるので、クライミングギアをバックパックに収めきろうと格闘する必要はない。それでもクライミングシューズのかかとが背に当たってうっとうしいし、当初大喜びしたウエストストラップはおへそより高い位置にある。
まだダメと思う。軽いスポンジ材の背面パネルを追加してみようか。単にランニングベストとして25Lは大きすぎるのか。あるいは、ウエストベルトの位置をうまく合わせるために、パックを肩よりもっと低い位置にできるか。
尾根の基部に着き、1,000フィート超のクラス3~4の完璧な花こう岩をよじ登る前に、ヘルメットとハーネスを装着し、続いて山頂直下の最終区間に備えて、クライミングシューズ、ギア、ロープを取り出す。今やパックの中身は食料と水だけ。幸い、試作品には両サイドにコンプレッション・ストラップがあり、締めればごくわずかな携行品を小さくできる。これは効果あり、と気付く。うれしいことに、数週間前3Dプリンタを夢想した後に提案したアイデアである。
ショートピッチ5回の高度なクラス5の登攀を経て山頂に至り、そこでサワーパッチキッズを何個か食べて、下山に向けて再びパックを満杯にする。

どんな楽しい日も必ず終わりがあるが、夕飯に間に合うのはまれだ。アベッグとハッチンスは慎重にドラゴンテールピークから下山する。
2024年8月22日
友人アンディ宅ガレージのサイクリングマシン
友人(そしてギアテスター仲間でもある)アンディ宅のガレージに入ると、蒸し暑い午後の屋外とは対照的な乾いた冷気が顔に当たった。腕の中には特徴的なデザインの3着のレインシェルがあるが、それぞれ防水メンブレン(膜)が異なっている。予報によると雨は降らないが、その必要はない。テストするのは通気性だ。
今週初め、気温27℃の日、タンクトップの上に試作品をじかに着て、レブンワースのアイシクル尾根トレイルの連続周回に行った。当然だが、汗だくになり、シェルの柔軟性や吸湿速乾性のわずかな違いの他には、意図した実験から多くを得られなかった。
そういうわけで、8月の晴れた日にレインジャケットでランニングするとは、恐ろしいアイデアであることを確認
今日はやり方を変え、空調下でサイクリングマシンを繰り返し漕ぐ。カッコ悪いが、ときにはこうした管理されたフロントカントリーでの実験の方が、純粋なバックカントリーに終日を費やすよりも啓発的な場合がある。可変要素を分離すると、相違点がより明確になる。
雨天時の走行を模倣するつもりで、着用前に屋外のホースで最初のジャケットをずぶ濡れにした。フードをかぶり、ジッパーを上げ、バイクにまたがり、タイマーを15分にセットする。体内温度の上昇にしばらくかかり、その間に細かなことに気付く。最初の試作品の裏地は肌にひんやりする。2番目のものはベタベタまとわり付く。3番目のシェルはシャカシャカうるさいが、はるかに放熱性に優れる。スマホにメモすると、親指の下でスクリーンに汗の滴がたまった。
森に雨が降らず、気温が常に27℃を超える8月に、これらのシェルをテストすることには課題があるだろうと分かっていた。しかし、これは何度も反復するフィードバックのほんの初回である。まもなく、汗まみれの夏日は湿った秋の嵐に取って代わる。季節が変われば、ギアも変わる。新たなコンディションが新たなテストを誘発し、それがデザインの変更に影響し、そうした行ったり来たりは、雨が再び雪に変わり、高地や丘が白く覆われるまで繰り返される。