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色あせたボードショーツ

麻生 弘毅  /  2021年11月17日  /  Worn Wear, サーフィン

世界の海を舞台に、レースをともに戦った青いボードショーツ。少し色あせたいまも心地よくパドラーを包み、今日もともに海へと向かう。

パドラーの朝は早い。

夜明け前に目を覚ますと、コーヒーを淹れ、暁の空を見上げる。そうして天が微笑んでくれたら、自転車を走らせて海へ。そうしてひとりで、仲間とともに、パドルを握る。朝一番の海に入って昼頃あがり、夕方になるとふたたび海に入ってトレーニング。アスリートとして世界大会に出場すべく異国へと旅立つことも、仲間とともにボヤージングの旅に出ることもあるけれど、一年のほとんどは海とともにある――。

そんな毎日にあり、5~10月の半年間は、基本的にボードショーツにしか足を通さないという。

「ボードショーツにはいくつか使い方のパターンがある。夏ならば、ボードショーツ一着で寝てしまい、起きたらキャプリーンなどを羽織ってそのまま海へ。午前中、海を漕いだら水洗いをしてデッキなどに干しておき、別のボードショーツに穿き替えてリラックスタイム。それから夕方の海へ……そんな感じのサイクルなのですが、このいちばんのお気に入りは、夕方のパドリングを終えた後に穿きたい一着です」

2016年からの付き合っている色あせたボードショーツは、旧い友人のような親しみやすさが漂っている。左腰にぺたぺたとリペアシールが張ってあるのは、アウトリガーカヌーの左側にはアマ(浮き)があるので、必然的に右側を力強く漕ぐことになるため左腰が擦れるから。

「こいつはぼくにとっての“ラッキーボードショーツ”。いつかぼろぼろになっても、この一着だけは、直しながらずっと身に着けていきたい」

日本を代表するオーシャンパドラーである金子ケニーは、幼少の頃からサーフィンに親しみ、10代の大半を過ごした南カリフォルニアでその腕を磨いた。17歳で帰国すると、アウトリガーカヌーを漕ぎはじめ、大学1年生のときにハワイのコナで行なわれた世界大会に出場。それ以来、世界の最前線で戦いつつ、2013年からはSUP競技にも進出。翌年、国内チャンピオンに輝くと2015年からは世界大会へ出場するなど、アウトリガーカヌーとSUP競技で世界一を目指し、鎬を削ってきた。

「そんななかで、ひときわ印象的だったシーズンが2016年」

この年、フィジーで行なわれたISA世界選手権のスプリントレースでは、自身初となる3位入賞。その後にわたって好成績を残す礎となったのが、2016年なのだ。

「ハワイやカリフォルニアには毎年訪れていたけれど、フィジーは初めて。人も温かいし、海も本当にきれいで……世界選手権は18kmのレースで、海は透き通っていて、サメやイルカにも出会えた。過酷なレースではあるけれど、大自然のただなかにあることを実感できたんです」

お気に入りの青いボードショーツは、この年、メインで身に着けていたもの。技術を磨き、経験を重ねたいまとなっては、なにを穿いても自信を持ってスタートに立てるが、当時は世界を転戦しはじめて2年目。「これを着ていれば大丈夫」という、願掛けのような部分もあったかも、と照れ笑い。

それにしても、世界の頂点を競いながら、この余裕はどこから生まれるのだろう――。

「このボードショーツに用いられたデザインは、敬愛するハワイのレジェンドサーファーであるジェリー・ロペスによるもの。その後、このデザインを使った製品がいろいろ出たけれど、いちばん初めに出たこの青いボードショーツに出会ったときの、ビビッときた感覚は忘れられないんです」

ストレッチ・ハイドロ・プレーニング・ボードショーツは軽量で動きやすく、速乾性に優れている。そのうえ、縫い目を極力廃した圧着型のデザインを採用しているため、激しく動いてもストレスを感じさせない。

「海外に遠征に行く場合、旅先によってはいつ洗濯機にたどり着けるか分からない状況もある。そんなときでもこのボードショーツならば、海からあがったらトラックのラックに結びつけておけば、あっという間に乾く。2週間の旅でも3枚持っていれば大丈夫」

また、ボードショーツは毎年少しずつ進化を果たしているが、高機能な素材とシンプルなデザインを採用しているため、「新品であること」にこだわる必要がないという。気心の知れた友人と付き合うように、気に入ったものを長く身につけられるという安心感がある。

「この青いボードショーツを穿いて、あちこちを漕ぎ、成績を残すことができた。ハワイ、カリフォルニア、ドイツ、イギリス、フィジーにタヒチ……」

一着のボードショーツに染みこんでいるのは、世界の海水だけではない。そこには、無心に世界の頂点を目指すという、かけがえのない時間が宿っている。

「あの頃は、ひたすらに漕ぐことだけを考えるという貴重な時間だった。家族が増えたいまは、考えること、幸せのあり方が変わってきたのかもしれません」

コロナ渦により世界大会が開かれなかった2年間は、子育ての時間と重なっていた。その間、主宰するカヌークラブの仲間とともに、地元の子どもたちとアウトリガーカヌーを漕ぐ「オーシャンモアナケイキクラブ」を立ち上げている。

「海に出ると子どもたちは純粋に楽しんでいる。そうした姿に触れていると、おのずと自分の存在意義について考えてしまう。果たして、大会で競い合うことの意味って、なんなのだろう……」

子どもたちとカヌーを漕ぐことに加え、自身のショップ「PADDLER」、そしてSUPブランドである「KOKUA」を立ち上げるなど、ケニーは人が海に触れる機会を増やすことに注力してきた。そして、この10月、自身のInstagramにて、SUP競技から引退することを発表している。2017~2019シーズンにおいても国際大会で優勝するなど、目指してきた世界の頂は、手を伸ばせば届くところまで来ているのにもかかわらず……。

そこのところをたずねると、屈託なくにっこり笑う。

「それよりも、より多くの人に海のすばらしさを伝えたい、という気持ちが強くなったんですよね」

その言葉には気負いもてらいも感じさせない。

アウトリガーカヌーとの出会いをきっかけに、海のすばらしさを伝えたいという思いは当初から持っていた。とはいえ、20代前半の彼には、その伝えた方が分からなかった。けれど、アスリートとして数年にわたり世界のトップで戦ってきたいまならば、より明確に、説得力を持って、思いを伝えることができる。

「海に出て、ああ楽しかった、でもいいんです。楽しむことを重ねるうちに、海や自然が抱える病理に気づいてゆく。すると、ならばどうすればいいか……と考えてくれるはずだから」

早朝、葉山大浜の海では、ゴミを集めるケニーの姿がある。それは海風にとけこんだ日常の風景。その背中を見ている子どもたちが、その行動の意味を自ら考え、ひとり、またひとりと、ゴミを拾う輪が広がってゆく。

誰よりも速く海を漕いできた彼が本当に目指していたのは、自然と調和するという生き方であり、その環境を守ること。そして、海に触れる人を増やしつつ、その心に火を灯すことなのだろう。

「技術や経験、情報や感情がひとところに止まってしまうのは、もったいないことだと思っています。ぼくが持つものを次世代に手渡せたら……」

そんなケニーの元には、志を持つ若いパドラーが集っている。

古ぼけたボードショーツを穿いた彼らは、顔を洗うように浜のゴミを拾い、呼吸をするように海へと漕ぎ出す。そして、絵本を読み聞かせるように、子どもたちに海のすばらしさを伝えている。

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