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すべての山はいまだ見ぬ山に通ず

狩野 恭一  /  2014年3月28日  /  読み終えるまで6分  /  スノー

写真:松尾憲二郎

すべての山はいまだ見ぬ山に通ず

写真:松尾憲二郎

ここは国道393号の脇にある、小さな山の斜面。2月の北海道にしてはめずらしく4日間も晴天がつづき、最高気温もプラス7℃の予報がでていた。先シーズン利尻を登った島田(パタゴニア日本支社)、松尾(カメラマン)と僕の3人で新しい山への挑戦を考えていたが、日程とパウダーのタイミングがずれて、行き場所に悩まされていた。プラス気温に晴れが4日間もつづくと、いい雪は北海道でも北向きの限られた斜面にしかなくなり、僕らの望む「むずかしいけど楽しい登りを含んでぎりぎり滑れる」斜面は少ない。そんな要望を満たしてくれるところはないかと地図を見ながら考えているとき、遠くに行かなくてもすぐそばにあるじゃないかと思いついたのが、僕が働くBCガイズのロッジ裏山だった。この裏山は短いながらもクーロアールあり、クリフありピローありで、とてもわくわくさせてくれる。そこでねらうはいちばん斜度のある光の当たらない斜面。どうせならと欲張り、手前のクーロアールを登って目的の斜面を滑り、そしてクリフバンドのあいだを登ってから最初のクーロアールを滑って戻る。日帰り日程ということで利尻メンバーだった塩崎(スキーパトロール)も新たに加わり、計画を立て直した。

最初の登りだしまではシールで沢沿いを歩いて20分。そこからは40°を超える斜面をアイゼンとピッケルを出して登り出すのだが、準備しているあいだも小さなシュートからはスラフが落ちつづけている。雪の安定度とスラフに注意し、念のためロープを出して登ることにした。僕は以前このルートを登ったことがあるので、リードは島田にたくし、ビレイに集中した。下から見ていると前回来たときよりも雪が多く、支点となる木や氷が埋まって、ほとんどプロテクションが取れなさそうだった。にもかかわらず、そんなことはお構いなしにとばかりにロープはグイグイ伸びていき、60メートルいっぱいになった。セカンドで登っていきながら、腰まで埋まる深いラッセルに、もしスラフが落ちてきたら身動きできずにくらうな、と頭の片隅で考えながら島田のところまで上がると、余裕の表情。こんなところを楽しんで登るスノーボーダーはなかなかいないにちがいない。2ピッチのあともう1ピッチで上まで出られたが、深いラッセルに時間がかかり、滑りの雪質も悪くなりそうだったので、尾根に抜けるルートに変更して稜線まで出ることにした。登りも楽しいが、やっぱり僕らは滑り手。登りのラインの美しさよりも、滑りの楽しさを取る。

すべての山はいまだ見ぬ山に通ず

写真:松尾憲二郎

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写真:松尾憲二郎

稜線に出るとやっと滑る斜面が見えてきた。小さい斜面だが、3人が分かれて滑るところはありそうだった。誰がどこを滑って松尾がどこから撮るかを話し合いながら滑り出しまでいき、もう一度雪の状態を確認しあうと、それぞれの場所へと分かれた。島田はいちばん奥の三段細くつづくピローラインへ、僕は手前の短いヒマラヤ襞みたいになったところへ、塩崎は2人のあいだの当て込める地形をねらった。この地形では滑る順番はラインの長さで決まる。そしていちばん短い僕が最初にスタートした。

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写真:松尾憲二郎

斜面の上部には登りはじめてから2時間でたどり着いたものの、時計は11時半を指していた。天気予報は昼にはかなり気温が上昇すると告げていたのに、あまりにも場所が近いため気が緩んだのか、忘れ物や装備の不備などの小さなミスが大きな時間のロスにつながった。裏山で良かったと思ったが、上手くリズムが合わないとき、そのずれはどんどん他にも影響していく。結果、滑りは雪の重さもあって斜面をきっちり攻略できず、中途半端になった。3人とも不甲斐ない滑りに終わり、それは松尾にも伝わった。朝から感じていた小さな気分のズレみたいなものは正しかった。

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写真:松尾憲二郎

気持ちを切り替えて楽しく登ろうとクリフバンドのほうを見ると、ひっきりなしにサッカーボール大のスラフが流れている。こんな状態では登れないよなと思いつつもクリフの近くに行き、岩のあいだから4人でのぞき込んでみると、岩の上にはでかい雪庇のブロックがいまにも落ちそうな感じで乗っかっている。ここは通れないよねと相談していると、いきなりバランスボールぐらいの大きさの雪の塊がスラフとともにすごい勢いで転がり落ちてきた。このままでは全員に当たる。「さがれーっ!」と叫びながら横っ跳びでかわす。ギリギリで全員に当たらず難を逃れたものの、あんな大きなのが落ちてくるならすぐに下山しようと、全員一致で素早く移動をはじめた。上から落ちてくるものに注意しながら間隔をあけ、なおかつ立ち木に身をかくしながらトラバースしていった。

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僕たち4人は誰もが個人の危険に備えた高い能力をもっている。だからこそ、ミスが許されない山や斜面にも挑戦できる。今回も普段なら入らない条件にもかかわらず、自分たちの望みと撮影したいという気持ちが重なり、さまざまな危険が予測されるなか、急斜面に入った。そして全員けがもなく降りることができた。自分たちの判断が正しかったからなのか、ただ運が良かっただけなのか。正しかったと思う反面、運だったとも感じる。小さな裏山での行動だけど、山はどんなに小さくても山であり、ひとつひとつの判断は僕らが挑戦するいまだ見ぬ斜面につながっている。ねらう斜面はたくさんある。次の撮影まで裏山での修業はしばらくつづくだろう。

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狩野恭一はここ数シーズン、冬は北海道での未滑降なスティープラインを探しながらバックカントリーガイドをしつつ、夏場には温暖化のことを考えながら200キロ近くある薪ストーブと格闘している。

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