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ボニン・アイランダー

福本 玲央  /  2021年5月28日  /  読み終えるまで13分  /  ワークウェア

高所での作業は命の危険と隣り合わせとなる。最後の切り離しを目前に小さなミスも許されない緊張の瞬間。Photo:Reo Fukumoto

太平洋に浮かぶ小笠原諸島、英語名 ボニン・アイランド(Bonin islands)。歴史的な背景や固有の生態系など多方面において稀有な要素を持ち、この島は世界でもここだけと言える特異な環境にある。首都、東京に属していながらもユネスコの世界自然遺産に登録され、東京竹芝港から南に約1,000kmの太平洋上に位置しアクセスは航路のみ、東京と父島を結ぶ定期船は週に1便、その船旅は24時間を要する。このアクセスの悪さから孤立した自然豊かな“南の島の楽園”を想像するかもしれない。しかし、この島には多くの人々が暮らし、古くからの歴史と移住者たちによる新しい文化が混ざり合い、島が生きている。

この島に自然と向き合い自然を感じながら生きる3人のアイランダーがいる。島の固有種を守るために樹木と向き合うツリーワーカー、伐採された木々に新たな命を吹き込む木工作家、伐採木を自然に還すコーヒー農家。彼らのそれぞれの取り組みが繋がり、島で育った木々がその命を全うしている。

ツリーワーカー:森 敬太
小笠原諸島は歴史上、大陸と一度も繋がっていないため多くの固有種が存在しているが、現在外来種による固有種の生態系破壊が深刻化しており、各分野において生態系の保全活動が行われている。この島の植物の生態系保全のために汗を流すツリーワーカーの森 敬太さんに話を伺った。

この島で駆除対象の樹木として代表されるアカギ。全体に赤褐色を呈しているため和名の由来となった。土地や気候条件に左右されにくく成長の早いアカギなどの外来種は戦時下、日本政府により燃料や資材確保のために持ち込まれ島のいたるところに植えられ繁殖した。後の1983年11月に起きた台風17号の壊滅的被害により急激に広がったとされている。生命力の強いアカギは固有種が育つ生育環境を奪ってしまうため小笠原の生態系、在来系植物に最も影響を与える樹木の一つとされている。

2011年に小笠原諸島が世界自然遺産に登録され、行政はユネスコから侵略的外来種対策を強く要請された。それまで島の繁栄に貢献していたアカギは“外来種”となり駆除対象となった。行政は伐採だけでなく巻き枯らし(樹皮を剥いで枯らす方法)を行った。しかし、巻き枯らしを行い倒れた木々にはシロアリが繁殖し生態系を崩し、更には下で育つ固有種の芽までをも潰してしまう。

小笠原特有の亜熱帯、木々が育つうえで恵まれた気候のなかで外来種を駆除すれば、固有種も広がりを見せるようだが実際は駆除をする量よりも増える量が多いのが現状だという。

「この島には山の中だけでなく道路沿いや民家の脇に育ち倒木の危険がある外来種の木々が沢山生息しています。生活の安全を守る上でも伐採作業は欠かすことはできません。しかし外来種とはいえ生木を伐採する事は心が痛みます。ツリーワーカーとしてまず樹木を診断し、できる限り手を加えず木が自然な状態を保てるかを考えて作業にあたります」

ボニン・アイランダー

およそ600kgの伐採木をロープワークを駆使し安全な場所へ降ろす。クライマーとグランドワーカーとが互いに状況判断し慎重に作業にあたる。 Photo:Reo Fukumoto

ただ伐採するのではなく、本質的な生態系保全を考慮し作業に取り組むという。森さんは樹木についての豊富な知識と高度な技術を要するツリークライミングを駆使し作業にあたる。高所での危険な作業は、技術や体力だけでなく臨機応変に対応する判断力が必要とされる。ロープワークを使う伐採ではリギングと呼ばれる、伐った樹木をロープで吊って地上に降ろす方法を行う。樹木の構造、健康状態、強度や材質とともに周辺環境を考慮し剪定、リギング方法の作業計画を立てる。木に登るクライマーと地上で作業するグランドワーカーとのチームワークが重要となる。

小笠原固有種のヒメツバキは小さな芽が地面に隠れているため切り落とした伐採木が芽を潰してしまうことがある。リギングを用いた伐採作業は、ロープで架線を張り巡らせ、伐採した木を固有種の芽が生えていない安全な場所に誘導して降ろす。この一連の作業は、その場に切り落とすことをしないため時間と労力がかかる。亜熱帯のこの土地では想像以上の蒸し暑さ、夏場の照りつける太陽により体力が奪われてしまうため、作業スピードにも影響しその場に切り落とす伐採作業に比べると効率が悪い。

ボニン・アイランダー

夏場の照りつける太陽の元での作業は想像以上の過酷さだ。こまめな水分補給を忘れてはならない。Photo:Reo Fukumoto

「手間はかかるけど、島のことを真剣に考えたらこの方法が最善だと思っています。外来種は人間が意図して持ち込んできたものがほとんど、樹木は悪いものではありません。人間が生活している以上、自然にとっては多少なりとも負荷を与えてしまいますが、その中でできるだけ自然への負荷を減らし、そして世界遺産であるこの島を守る上で本質的な保全について考え取り組む必要があると感じています。さらに、樹形を大切にすることも意識しています。ただ切り落とすことは誰でもできるけれど、いかに自然環境になじむ樹形を再現するか。島には多くの観光客も訪れるため、小さなことだけれど切り株の見え方ひとつにもこだわりをもち、島に訪れた人々にこの島の自然の魅力、エネルギーを存分に感じてもらいたいです」

常に技術を磨き、トレーニングを怠らない彼のストイックな姿勢に圧倒された。森さんは今、新たな取り組みに挑戦している。島内に破砕機を導入し、伐採した樹木をチップにする。そのチップを堆肥化し肥料として利用、島内で循環させるのだ。チップは島の農家へ無償提供している。この取り組みは、試行錯誤の最中であり実用化に向けてはまだまだ改善が必要だと話す。チップの堆肥化、製材として活用し木の命を全うさせる。林業に関わる人間として責任をもって取り組む覚悟、そしてこの島での自身の環境保全への想いを力強く語ってくれた。

「高所作業のリスクを伴うツリーワークの仕事は常に危険と隣り合わせですが無事に終えると達成感や安堵感があります。忘れてはならないのは、目的は環境保全であり、それに真剣に取り組むこと、そしてこの島でアイランドライフを感じること。小笠原の素晴らしい自然からエネルギーを受けているのだから」

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目の前に広がる美しいボニンブルーの海を眺めながらの小休止。クライマーにしか味わえない特等席だ。Photo:Reo Fukumoto

木工作家:木村 優
島を縦断する都道の最南端に近い脇道を奥に進むと手作りの可愛らしいトタン小屋が現れる。ここは木工作家、木村 優さんが制作を行う「太鼓と器 kimuranoki」のアトリエだ。森さんが伐採した駆除対象の樹木などを利用し、木村さんがジャンベ(西アフリカ起源の太鼓)、ランプシェード、器などを制作。伐採木に新たな命を吹き込んでいる。

小屋にいるとヤシの木の揺れる心地よい風音や虫の鳴き声が聞こえる。ここで木村さんにこの島で木工制作を始めたきかっけについて話を聞いた。
「島内で駆除対象になっている外来種の樹木とノヤギの皮でジャンベを作ることができる、と知ったことが最初のきかっけです。もともとは人間が持ち込んだにも関わらず駆除対象となっている現状を目の当たりにし、それらを駆除ではなく活かしたい、命をいただいて、感謝込めて、メッセージ込めて何か作りたい、と思いジャンベを作ってみました」

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木の状態を見極めながら刃をあてていく。大きさや木目など様々な個性を最大限に生かし表情豊かな作品に仕上げていく。Photo:Reo Fukumoto

最初はまったくの未経験、独学で小さなジャンベを作った。その後、鹿児島にあるジャンベ工房へ制作を学びに留学し技術を習得、そこから本格的に取り組み現在は島にアトリエを構え製作に没頭している。

「台風の影響で倒木した木を自分で取りに行ったり、森さんら林業に携わる方々から廃棄される木材をいただいて作品の材料にしています。今後はトレーサビリティのような伐採された木材が島のどこで、誰が伐採したのかがわかるようにするなど生産者を明確にさせ安全で安心、小笠原の限られた資源に付加価値がつけられる新しい取り組みにも仲間と一緒に挑戦したいです。ワインのようにジャンベにも生産地を明記し、伐採者の顔がわかるようにしていくことで作品だけでなく木材そのものにも価値を生み出し、島内で循環していることが多くの人に認知されることで自分以外にも新たな島の産業が回ることを目指しています」

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妥協のない手作りでの制作のため、1日で作ることのできる器の数は最大でも2〜3つほど。後ろに見えるランプシェードは器作りで穴が開き、失敗した事から生まれた。Photo:Reo Fukumoto

19世紀初期の頃、小笠原諸島に家畜として持ち込まれたヤギが放牧され繁殖していった。放されたヤギは第2次世界大戦中に食用のため捕獲され激減、戦後再び放されることとなるのだが次第に食料として利用されなくなり野生化していった。野生化したヤギの数が大幅に増加し森林の破壊や表土の流失、固有植物の食害など島の生態系に大きな影響を与えるようになり、東京都は1994年から生態系や生物多様性を確保すべくノヤギの排除を実施している。現状は行政のルールにより排除対象のノヤギの皮をジャンベ制作に活かせていない。木村さんは行政にも取り組みを理解してもらいノヤギの皮も活かせる方法を探している。現在ノヤギは殺処分されているが、ただ殺めてしまうのではなく、皮はジャンベの材料として、残った肉は食用として活かすことで彼らの命を無駄にせずいただけるのではないか、と話す。ノヤギを一定数管理するためには屠殺場の整備など新たに始めなければならない課題もあるがジビエでとして食べる文化を生むことで新たな産業となり観光資源にもなりうる、と自身の活動の範囲だけに留まらず島全体の未来を見据えている。

「僕にできることは小さなことだけど、自分にできる取り組みを誠実に行い続けて村に少しでも影響を与えられたらと思う。そのためにもできることをしっかりやるだけ、良いものを作ることを忘れてはいけないと肝に命じています」
複雑な歴史を辿った小笠原諸島は日本に正式に返還されてからまだ50年弱と歴史は浅い。
「移住してきた最初の世代の先輩や僕たち若い世代から新しい文化も生まれています。フラが小笠原のカルチャーとして浸透してきているので、ジャンベもそのような存在になり、いつか島の人たちが僕の作った器や太鼓でビーチパーティーをしながら、そこで『いただきます』という想いに繋がればいいなと思っています」と優しい笑顔で話してくれた。島のあちこちから笑い声とともにジャンベのリズムが聞こえてくる日はそう遠くない未来かもしれない。

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一日の作業を終え、アトリエの前でジャンベを奏でる木村さん。彼の人柄を表すような優しいリズムが響き渡っていた。Photo:Reo Fukumoto

コーヒー農家:宮川 雄介
木村さんのアトリエを後にし、再び都道に突き当たると手作りの看板がみえる。
“100% Bonin Island ” ここはツリーワーカーの森さんが取り組む伐採木の堆肥化チップ利用を農家としてサポートしコーヒーの栽培から加工、提供までを行うUSKコーヒーだ。

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スケートボード休憩を終え、再び仕事場へ。スケートパークから仕事場のカフェまでは徒歩5秒の距離だ。Photo:Reo Fukumoto

敷地内では栽培しているコーヒーの木の周りをニワトリが自由に駆け回り、手作りのスケートパークでは子供達が遊んでいた。USKコーヒーのオーナー宮川 雄介さんにコーヒー農家として農法や環境保全への取り組みについての話を詳しく伺おうとすると、「特にこだわりなんてないよ」と笑顔で返されてしまった。

小笠原のコーヒーの歴史は明治初期に遡る。当時、小笠原諸島には多くの熱帯植物が試験的に導入されその一種であるコーヒーの木は小笠原の気候に適応し、栽培に成功した。しかし、第二次世界大戦の際には全島民が強制疎開を強いられ、島民は島を離れることとなる。その後、日本に返還された土地は長くアメリカの統治下におかれたため荒れ果ててしまった。幾多の困難の中でもコーヒーの木は絶えることなく成長し、現在に至っている。

「なんでも植物を植えることが環境にいいわけではないからね。人為的にコーヒーを植えることは多少なりとも生態系を壊すことにつながってしまう。だからこそ農法にとらわれず、この土地で、この島での最善の方法を目指し栽培に取り組みたい」

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収穫した豆を我が子のように丁寧に愛でる宮川さん。小笠原の自然のエネルギーと愛情をたっぷり受けたコーヒー豆だ。Photo:Reo Fukumoto

農薬は一切使用していない。幸い、コーヒーの木は果樹の中でも病害虫に強いため特別な農法を施さなくとも育ちやすいという。しかし、話を聞くとコーヒーの他にも野菜や果物、島唐辛子が実り、自然と間作や輪作の仕組みを確立している。伐採木のチップを肥料として利用することで島で育った木々を島の土に還し、次の命へ繋いでいく。

実際は苦労も多く、近年は台風の影響をうけコーヒーの木が大きな被害を受けた。何年もかけて大切に育てた木が収穫を目前に倒れ、ほとんど収穫ができない年もあったという。しかし、それもまた自然であり受け入れることが自然に即したこの島での最善の方法だと教えてくれた。

「農法よりもコーヒーにとって、そして人間にとっても居心地の良い環境を作ることを意識している。おこがましいけど、(自身の行為が)浄化であればいいな、と。自分の活動でその場所が良くなればいい、と思っている。行動の一歩が浄化に繋がる、自分の歩いた跡がそうなっていくイメージかな」

そう話す宮川さんの思いの通り、USKコーヒーでは農園だけでなく、カフェも含めた環境、空間を提供している。月に一度、島で唯一のファーマーズマーケットを開催、島内で採取されたハチミツや手作りのスイーツなどが並び、島民に愛され観光客へも解放している。

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伐採木のチップをコーヒーの木へ撒く。こうして島で育った木々が島の土に還っていく。Photo:Reo Fukumoto

「僕は小笠原でコーヒーを作っている。ここでいうコーヒーを作る、とは栽培から加工、提供までコーヒーに関わるその全てのこと。そこには小笠原の自然環境から地域社会、人間関係、そして自分自身の状態、ここにある全てのものが関係している。どの要素が欠けても小笠原のコーヒーはできないし、語れない。コーヒーには春夏秋冬、島の大地に根を張り、空に枝葉を伸ばし、島を吸収し、吐き出し、同化して行く、人間には真似できない強さがある」

小笠原の自然を五感で感じ、人々が集う空間を生み出すUSKコーヒーで作られる“100% BoninIsland ”、それは宮川さんの熱い想いを受け育った希少な国産コーヒーだ。

島からのエネルギーを受け、生きるアイランダーたち。彼らは共通して島の自然に生かされ、その自然の中で暮らすものとしてこれから続く島の未来を想いながら生きている。それぞれの取り組みがバトンのように繋がり、島の未来のためにモノや想いが自然と循環されていく。

東京の遥か南の果て、太平洋上に浮かぶ小笠原諸島。

そこには昨今よく耳にする“循環型社会” や “持続可能性”と謳われる言葉ではない、本質的な意味でのコミュニティがあった。

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