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情熱のその先へ:ガイドという生き方

加藤 直之  /  2021年1月21日  /  読み終えるまで8分  /  スノー

ヨーロッパアルプスでのスキーツアーガイディング

「ガイドの仕事ってぜんぜん割に合いませんね」。今年の夏、急峻な岩肌や岩稜を約13時間登り下り続け、やっと辿り着いた深山のオアシスで、疲労困憊の色を隠せずも充足感を漂わせていたクライアントから真剣な表情で言われた言葉だ。こちらもノーモーションでやってきたオーバーハンド気味のフックにダウン寸前まで追い込まれそうになったものの、何とかファイティングポーズを取り、すかさず微笑んで「ま、まあそうですかね」と力のないクリンチで返すことしかできなかった。そして、そのときの彼女の真意と自分のこれまでの蓄積してきた概念とのギャップに狼狽えつつ、そのとき、改めてガイドという職業へのプライドとやりがいを心底感じ取れたのだった。

情熱のその先へ:ガイドという生き方

剱岳のバリエーションルートをガイディング中 写真:旭立太

ガイドの世界に身を投じようと決したのは十数年前、経緯は簡単で山の中で生きる証のようなものを模索する旅の魅力を、素直にクライアントにも伝えていきたいと思ったからだ。自然というフィールドを舞台として自身の生の存在を感じるお手伝いをしたい。それが山を通じて伝えることのできる職業ならば至高だと思ったし、端的に言えば、ガイドという「立ち位置」に魅力を感じたからだ。まあ、そういえば聞こえは良いが、当時は率直にそれ以外自分が社会に貢献できる術があるとも思えなかった。いまだに貢献できているかは別として、いわば、好き放題やってきた成れの果てといっても過言ではない。と同時に自らの山をやめるつもりは毛頭なく、むしろ自身の山ありき前提の成れの果てであったように思う。

わが国では国家資格でもない山岳ガイドの社会的認知度の低さは、現在の新型コロナウイルス感染症騒動の渦中でも浮き彫りになった。プロ(職業)としてのそれはひいき目に見ても高いとは言えず、スキーガイドになると言わずもがなである。それでも時代の流れと先人の方々の多大なる尽力のお陰で、ひと昔前に比べ山岳ガイドという職業が周知されてきたのではないかと思う。スキーガイドで言えば、それまであやふやかつ曖昧未満だった分野を、2008年頃から佐々木 大輔を中心に私を含む山を登り滑ることに情熱を傾けてきた全国のスキーヤー・テレマーカー・スノーボーダーがBC検討会という名の元、スキーガイド(当時は呼称すらなかった)の「未来」を幾度となく綿密に話し合い、試行錯誤を繰り返し、やっと2010年に欧米に倣ったやり方で新資格制度を立ち上げ、「スキーガイド」という単語が定着した。私が日本バックカントリースキーガイド協会を発足して、同志とともに滑りを生業とするガイドの存在の認知度を高めていくことになったのは偶然ではなく必然と言える。

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記念すべき第1回JMGAスキーガイドステージⅡ検定 Photo : Kevin Boekholt

古より山岳信仰の厚い日本の山々には案内人といわれるガイドたちが多数存在し、近代スポーツ登山が大衆化した後も、案内人の存在は確かにあったにも関わらず、歩んできた歴史の重みが違うヨーロッパアルプスなどとは比較対象にすらならないし、北米のガイドとも世間的認知度や社会的地位に違いがあるだろう。それでも、登山やバックカントリースキー・スノーボードが大衆化している昨今のガイド需要はそこまで悪いものではないと感じている。

ただ、山地・森林が約7割を占め、世界でも有数の山岳国家でありながら、高山と低山の境界が至極曖昧で、一般的にはトレッキングガイドと山岳ガイドの区別すら完全にぼやけており、多様化し、細分化されたニーズに対して適材適所にガイド配置がされていないのも現状だ。そもそも、唯一国際山岳ガイド連盟に加盟が許されている日本山岳ガイド協会認定ガイドではなくとも国内でガイドを名乗る人たちは大勢いるし、加速度的に増大しつつあったインバウンド需要と化学反応を起こし、まさに玉石混交の戦国時代、選ぶ側(クライアント)にとって欲しいもの(適正なガイド)を手に入れるのは、難易度が高いといってもいいだろう。

情熱のその先へ:ガイドという生き方

北大雪エリアの日常 写真:大塚伸

どんなガイディングを至高とするかに答えは出ないが、ひとつ例を挙げるとすると、国内外の大きな斜面を滑るライダーたちの撮影に際し、ガイドを依頼されることがある。ビッグマウンテンで宇宙人的な滑りを披露するのは彼らの真骨頂だが、事前の準備から滑り、下山するまでのすべてのプロセスをコントロールしているのは、他でもないガイドである。当然滑りとガイドを両立する場合もある。その中で、様々な知識・経験・技術が凝縮された尊い知見が発揮される。アラスカで長年ヘリスキーガイドをしていたアメリカはワイオミング州の友人でありスノーボードガイドでもあるジェイミー・ウィークスは、ひと昔前のスノーボードムービー「ファースト・ディセント」収録においてリードガイドを務め、コンディションを多角的に分析した上で、ライダーたちが本番に滑る超急斜面を事前に数回滑り、ライン取りやスラフマネジメントを確認、積雪安定性に太鼓判を押した上で撮影がスタートした。彼は悪意なく、「ガハハハハ、あれはフォース(4番目)ディセントだったな」と高笑ったのだった。

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利尻山南稜にてデナリ南西壁のトレーニング山行ガイディング

ガイドという職業の魅力に話を戻す。突き詰めて行くと、ガイドという仕事は完全に裏方でありながら、判断から決定までのプロセスをすべてコントロールするという崇高な職業なのだと認識している。そのプロセスの中には俗にいうリスクマネジメントや安全管理というニュアンスも当然含まれるが、誤解を恐れずに言うと、自分はガイドという立場ながらそれらの少し軽薄に聞こえる言葉があまり好きじゃない。プロである以上それらは当たり前に考えているとも取れるが、そもそも、人間が生物として自然界に存在する限り、われわれが行為を起こせばすべてリスクになりうるし、その中で安全を管理するなんて至極変な話でもあるからだ。人類は生まれながらに大なり小なりリスクを求め、それを乗り越え発展してきた。それを完全に排除し安全に生きることは生物学的上まったく理にかなっていないのではないか。また、その崇高な職業の立ち位置感を支えるのは、その情熱と常に「考える」という喜びを多分に味わえるということ。本来、陸上競技場ではない山というフィールドでは肉体的よりも知覚的に脳に働きかける喜びの方がよっぽどロマンチックなのだと思う。

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ユタ州僻地でのクライミング(Big Sexy 12a を開拓・初登する)写真:佐藤正純

もちろん、裏方であっても日々プレイヤーとして自らの存在感を高め続けることが、ガイド時のパフォーマンスに直結していくのは言うまでもない。そもそも、フランスのように国立スキー登山学校など存在しないわが国では、自身がボリュームのある山行を長年積み重ね、成熟したのち、人様の命を預かることができるかの査定を受ける権利を与えられる。そう、分厚い経験を重ねないと真の意味でガイドという職業には届かないという現実がある。そこには自己顕示欲や自己肯定感などといった薄っぺらなものは一切存在価値がない。また、そうして長い間山に登って滑っていると、沢山の友人知人を失っていく。ただ、それら事実に対する喪失感も麻痺している自分がいるのも否めない。人生観が180°変わった遭難事故も体験した。遠い世界に行ってしまった彼らは何かしらの状況判断を誤ってしまったのか、最終的に運が悪かったのか、そのどちらとも言えるのか。終戦を知らず帰還した兵士が「生きていてすいません」と言ったように、今生きていることが不思議になることもある。ただ言えることは、残された自分たちには残された理由があり、残されたからには全力を尽くして生き抜くことが義務付けられている。

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真夏の剱岳北方稜線全山縦走中に盟友・谷口ケイと

現代テクノロジーの進化はほんとうに人々の人生を豊かにしているのか?生き物としての人間の肉体的能力はおろか、とくに知覚や脳の機能を退化させてしまっているのではないか。それゆえに人々は成果を至上とし、そこに至るプロセスを省くことがいとも簡単に行われているようにみえる。じつはガイドという裏方は、始まりとゴールのあいだに存在する重厚で深淵なプロセスにこそ真実があり、生きる最大の喜びを得られることを知っている。それらをクライアントと共有することがプロフェッショナルとしてやりがいのある、ガイドという情熱的な職業なのではないだろうか。

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