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僕の親友

ホーボージュン  /  2021年2月26日  /  読み終えるまで6分  /  Worn Wear

Photo: HOBOJUN

親友というのは“運命の人”ではない。たいていの場合、第一印象はパッとしないが、時間が経つにつれてかけがえのない存在になる。ナノパフは僕にはそんな存在だ。

初代のナノ・パフ・ジャケットに出会ったのは2009年の冬のことだった。翌年に控えたローンチに先駆けてフィールドテストとレビュー記事を書くために、アメリカから最終版のサンプルを送って貰った。色はゴールドに近い黄色で、今はないプルオーバースタイル。サイズはMで全身にレンガの壁のような見慣れないミシンステッチがかけられていた。

「へんなの・・・」

最初の印象はかなりビミョーなものだった。なにしろ薄い。僕が当時愛用していたふんわりした「ダウンセーター」に比べるとまるでせんべい布団みたいだ。表地には高密度マイクロファイバーが使われていたが、見た目が宇宙服みたいにツルツルしていてあまり好きじゃなかった。

さっそく袖を通してみたが薄くてなんだか頼りない。ポケットは胸ポケットひとつあるだけで、秋冬の必須装備であるハンドウォーマーポケットがない。開発スタッフは「これは高所クライミングのためのミニマルなデザインで、寒冷で湿潤な雪山ではフリースやダウンを超える存在になる」と力説したが、正直ぜんぜんそんな気がしなかった。

「絶対気が合うと思うよ。マジでいいヤツだからさ!」

そういって友人が紹介してくれた相手に興味が持てず、その場からどうやってフェードアウトしようか考えている飲み会みたいな感じ……といえばわかって貰えるだろうか。

しかしたいして興味がないと言いつつも、僕はいろんなところへコイツを持ち歩いた。ナノパフは重量が300gにも満たず、胸ポケットにたくし込むと掌にのるほどコンパクトになった。またギアループがついていたからカラビナでぶら下げておくこともできる。その手軽さからいつもバックパックに放り込んでおいた。

この年の冬、僕はワンボックスカーにキャンプ装備一式とスノーボード、そして愛犬を積み込み長い長いスノートリップに出かけた。パウダースノーを求め山から山へ。ベースにしていた北海道のニセコでは氷点下20℃を下回る厳寒のなかで車中泊をし、ボードを背負って雪山に登っては滑る毎日を繰り返した。

僕の親友

厳冬期のスノートリップではバックカントリーから車中泊まで24時間ずっと着っぱなしだ。薄くても保温力に優れコンパクトに運べるナノ・パフは、僕らのようなスノーバムにはもってこいの製品だ。Photo:Ayako Niki

北海道の滑り手は厳冬期はダウンウェアを着たまま滑る人が多かったが、ナノパフは濡れてもぜんぜん大丈夫なので雪の中ではダウンより使いやすかった。シンプルなデザインはビブの下に着込むのにも使いやすかったし、派手に転んで雪まみれになっても気にならない。中綿は薄かったが高密度な表地のおかげで冷気をしっかり遮断してくれたし、上にジャケットを着込めばグッと保温力が上がった。

またフリースのようにかさ張らず、重ね着もしやすいので、山を下りたあとも僕はナノパフを着っぱなしだった。これを着てメシを食い、これを着てクルマの運転をし、夜はそのまま寝袋に潜り込んだ。雪かきをするときも、MSRで棒ラーメンを茹でる時も、凍てついた森の中へ犬の散歩に行くときもずっと着ていた。

長旅には手入れが簡単なのも嬉しかった。僕のナノパフは泥やコーヒーやワックスの削りカスや寝る時にグリグリと鼻っ面をこすりつけてくる犬のヨダレでそこらじゅう染みだらけだったが、週に1回、倶知安駅前のコインランドリーに行って洗濯機に放り込めば魔法をかけたようにキレイになった。脱水だけでも充分だったが、乾燥機にかければものの数分で乾いてしまう。僕は焼きたてのホットケーキのようにポカポカなナノパフを着て、氷点下の街を歩くのが好きだった。

誤解のないように言っておくが、ナノパフはけっして暖かくはない。厳冬期のビバークにはしっかりした保温着が必要だし、おなじサイズ感ならダウンセーターやマイクロパフのほうがずっと暖かい。でもナノパフにはそれを超越した魅力がある。それは「なんにでも、どこでも使える」ということだ。タフだから状況を選ばない。洗えるので汚れが気にならない。

結局僕はその後10年間、激しく、本当に激しくこのナノパフを使い続けた。夏の北アルプスの縦走登山も、泥だらけの残雪期登山も、海外の長期遠征も、シーカヤックでのアイランドホッピングにも連れて歩いた。

瀬戸内海300kmをシーカヤックで7日間かけて無補給横断した時には168時間一度も脱がなかった。汗と海水と冷たい雨でグシャグシャになった哀れなナノパフは、無人島に上陸するとグリグリ絞り上げられ、焚き火で燻され、強制的に乾かされてまた任務に戻った。また去年の2月に氷点下14℃の燧岳で雪中ビバークしたときには、肉球が凍り付いて身動き出来なくなってしまった可哀想な愛犬のために丸めてベッドとして使われた。

僕の親友

シーカヤックでの海峡横断など、厳しい海旅でもナノ・パフは活躍してくれた。これは瀬戸内海300kmを7日間かけて無補給で横断する『瀬戸内カヤック横断隊』に参加したときの一コマ。11月下旬の骨身に染みる寒さの中、ドライスーツの下にナノ・パフを着込んで漕ぎ続けた。 Photo:Makoto Yamada

アウトドアだけではない。クルマのオイル交換、鉄柵の錆取り、漁師の手伝い、大工仕事など、普段の暮らしにもガンガン使った。釘や針金にひっかけてかぎ裂きができても、ダウンのように吹き出さないからいい。ダクトテープを貼り付ければそれで終わり。オイルも、ペンキも、ミートソースも、担々麺も、なんでも来いだ。おかげで僕の黄色いナノパフはひどい見た目になってしまったが、それでもまだ現役だ。これほどタフに使えるウェアを僕はほかに知らない。

だからもし君がタフでオールマイティに使えるインサレーションを探しているのなら、僕はだんぜんナノパフをお薦めする。

「絶対気が合うと思うよ。マジでいいヤツだからさ!」

そういって僕はサムアップするだろう。もしかしたら君は少し戸惑うかもしれない。でも僕には確信がある。きっと君たちはウマがあうし、これから少なくとも向こう10年間に渡って、ナノパフは君と君の冒険行を支え続けてくれるはずである。

僕の親友

昨年の冬に引越しをした。海辺の町で築53年のボロ家を安く借り受け、自力リノベーション。暖房も電気もない工事現場で、ナノパフは僕ら家族の新生活を下支えしてくれた。11年に渡る酷使でボロボロだけど、まだまだ現役なのだ。Photo:HOBOJUN

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