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アーティフィッシャル

ディラン・トミネ  /  2019年8月8日  /  読み終えるまで8分  /  アクティビズム

連邦政府が3億2,500万ドルの復元プロジェクトの一部としてワシントン州のエルワ・リバーのエルワ・ダムとグラインズ・キャニオン・ダムを撤去したのち、グラインズ跡地の上流では、約1世紀ぶりにはじめてサーモンとスチールヘッドの産卵が確認されたが、同川岸にはさらに1,600万ドルをかけた孵化場も建設された。写真:ベン・ムーン

絶滅への道は、善意で敷き詰められている。

キッチンテーブルの上には請求書とピザの空箱が、ほぼ同じ速さで積み重なっていった。羽や獣毛、その他のフライ製作用の材料がアパート中に舞い、あらゆる平面を覆っていた。ウェーダーから滴り落ちる水で、濡れてシミだらけになったカーペットの上を歩くには室内履きが必要で、留守番電話のメッセージ灯は点滅しっぱなしだった。1990年代、僕はずっと食べて、飲んで、そして春のスカイコミッシュ・リバーの野生のスチールヘッドのシーズンにどっぷりと浸って、暮らした。それ以外のことはどうでもよかった。

そんな日々も、いまとなってはまるで夢のようだ。シアトルの自宅から1時間もかからないところにいた、大きく美しい野生のスチールヘッド。ほぼ毎年、3月と4月の少なくとも40〜50日はスカイコミッシュで過ごした。裸だったアカクキミズキの茎が新緑の芽を吹きはじめ、頭上では雁が北へと飛んでいき、土砂降りの雨の中に純粋な陽の光が差し込む、魔法のように魅惑的な時期。もちろん、そこには半透明の青緑の水を泳ぐ銀色の魚がいたが、当時の僕はまったく気づいていなかった。それがここでスチールヘッドを釣ることのできる最後の日々だったということを。野生のスチールヘッドは数十年にわたって急降下をつづけ、歴史的な生息数の3パーセント以下に減少していた。

2001年、ワシントン州はわずかに残った野生のスチールヘッドの保護を試みて、春の釣りシーズンを中止した。僕は打ちのめされ、それ以上に当惑した。僕の生活はこの魚とこの川を中心にまわっていた。毎日何時間も、僕はいったい何をすればいいのか。いったい何が起きたのか。そして何よりも、どうしてこんなことになったのか。生息環境は健全だった。釣られる魚も最小限だったし、川にはダムもない。スカイコミッシュの野生のスチールヘッドの消失原因として僕がただひとつ思い当たるのは、孵化場だった。

僕はぽっかり空いてしまった時間を埋めるため、孵化場の研究に没頭した。それまでは孵化場は良いものだと思い込んでいた。川に多くの魚が放流されれば、より多くの魚が釣れる。そうだろう? ところが、僕が新たに発見した事実は、かなり衝撃的だった。多くの場合、養殖魚の放流は捕獲可能な魚の数を増やすどころか、減らす。さらに養殖魚の存在は、野生の従兄弟分にライフサイクルのあらゆる段階で多大な被害を与える。稚魚期には餌と隠れ場所の競争を激化させ、養殖スモルトの大量放流により、捕食現象は異常に高くなり、産卵場所では養殖魚と野生魚の異種交配が発生する。異種交配の魚の生存率は1世代目だけで50パーセントも減少する。

アーティフィッシャル

ゴミを入れ、ゴミを出す。毎年サンフランシスコ湾に放流される、孵化場で飼育された何百万匹ものサーモン。写真:ベン・ムーン

納税者や電気消費者にとっては、機能しないばかりか、そもそもの意図とはまったく逆の結果を生み出す孵化場運営に数十億ドルが費やされるという、経済的悪夢となっている。コロンビア・リバーでは、ダムによる「安い」発電事業の環境影響を埋め合わせるミティゲーションプランに180億ドル以上が費やされた。さらにワシントン州のある孵化場では、捕獲されたスプリング・チヌークサーモンの成魚1匹につき68,031ドル(!)が納税者の負担となっていた事実を、僕は発見した。

それでも孵化場依存症はつづく。古参の釣り人は嘆くだろう。失敗にさらに金をつぎ込むいい例だと。2011年にエルワ・ダムの解体がはじまると、連邦政府は野生のサーモンの自然繁殖を促す代わりに、1,600万ドルを費やして新たな孵化場を建設した。今日、史上最も重要な意味を成すダム撤去を前に、クラマス・リバーではアイアン・ゲート孵化場を再構成して、運営を継続する計画が持ち上がっている。〈ネイティブ・フィッシュ・ソサエティ〉のジェイク・クロフォードは、カリフォルニア州魚類野生生物局にこう問いただした。「アイアン・ゲート孵化場がダム建設の環境影響緩和策として建てられたのなら、ダムの撤去後はいったい何を緩和するのだ?」と。

遡って1997年のある日、僕はスカイコミッシュで5キロ以上もある巨大なアトランティックサーモンを釣り上げた。それは、ピュージェット湾のサーモン養殖場の囲い網から泳ぎ出た魚だった。明らかに同系交配の養殖魚で、ヒレはすり減り、目は濁り、肌は光沢を失っていた。岸までラインを引いても、ほとんど抵抗もしなかった。そのときは深く考えなかったが、のちの猛勉強で、囲い網は寄生虫や病気を増大させ、それらは回遊中の野生魚にたやすく伝染しかねないことを知った。また、狭苦しい場所で無数の魚を生かしておくために使われる大量の抗生物質や化学殺虫剤は、公共用水域に無制限に流れ出ていた。州がこれらのサーモン養殖場を許可するばかりか奨励さえしていたのは常軌を逸した行為であり、多勢に影響する野生魚やきれいな水という公共資源の損失よりも、ほんの少数への利益を優先していたなど言語道断だ。

囲い網を使用するサーモン養殖産業も、孵化場と同じく、人間が生み出した問題に対処する技術的な解決策の逆効果を示す一例だ。

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スネーク・リバー下流のダムの影響を緩和する目的で、ボンネビル電力局の出資で建てられたソートゥース魚類孵化場の年次目標は、約170万匹のスチールヘッドと200万匹のチヌークサーモンの稚魚をアイダホ州のサーモン・リバーに放流すること。孵化場が見込む魚の回帰率は1パーセントである。写真:ベン・ムーン

アーティフィッシャル

2017年9月16日、カヤック、カヌー、フィッシングボート、パドルボード、ローボート、セールボート、クルーザー、そして1頭の巨大なオルカ風船がワシントン州のベインブリッジ島に集結し、ピュージェット湾でのアトランティックサーモンの囲い網養殖に反対する「私たちの湾、私たちのサーモン」キャンペーンを行った。写真:ベン・ムーン

映画『アーティフィッシャル』には、スカイコミッシュが閉鎖されて以来、僕たちが何年もかけて学んだことが記録されている。孵化場や囲い網を使うサーモン養殖場が野生魚や流域に与える打撃、さらにそれらに依存する人たちへの影響を取り上げている。しかし実際には人間の傲慢によって生まれる生態学上、および財政上の損失の物語であり、人間が母なる自然をあざむくことができると思い込むとどうなるかを示している。

だがそこには希望も存在する。科学者や経済学者の話に耳を傾けて、孵化場の補充を中止した場所での魚の回復は、注目に値する。たとえばモンタナでは、州全域の河川で孵化場が閉鎖されたわずか4年後、野生のトラウトの生息個体数が1,000パーセント、生物体量が800パーセント増加していることを、科学者が発見した。マウント・セントヘレンズの噴火によってトゥートル・リバーが壊滅的な被害を受け、州が孵化場の運営を中止してから7年後、トゥートルではコロンビア下流域のどの支流よりもたくさんの、冬の野生のスチールヘッドが産卵している。

あとは、母なる自然がみずからを癒す。僕たちにできるのはその邪魔をしないこと。この教訓を学び、手遅れになる前に適用するのだ。孵化場での魚の生産に無駄なお金を使う代わりに、生息地の改善に投資するのはどうだろう。毎年孵化場に費やす何十億ドルもの資金は、排水溝の撤去、河口域の復元、産卵場所の保護などに、大いに役立つに違いない。そうした投資の見返りは、野生のサーモン、野生のスチールヘッド、野生のトラウトの持続可能な生息数だ。

毎年3月のはじめになると、僕は雨に濡れたハンの木の甘い香りをかぎ、早春の暖かい風を顔に受けながら、胸にこみ上げる悲しみを感じる。18回の春が過ぎ、スカイコミッシュでの春のスチールヘッド釣りは閉ざされたままだ。僕はいまでもそこで過ごした日々や、海から戻ってきたばかりの野生のスチールヘッドや、冷たい水の中で魚を探す夢を見る。でもいま、僕には過去だけでなく、未来への夢がある。野生魚が戻ってくる未来という夢が。それは実現可能だと、僕は信じている。

「ボーンズ」ことジョシュ・マーフィーが監督し、パタゴニア・フィルムが提供するドキュメンタリー映画『アーティフィッシャル』は、魚の孵化場と囲い網養殖場に依存するという人間の過ちがもたらした、汚染と病気と廃棄物の150年の歴史を探求する。2019年初夏パタゴニア直営店他にて公開予定。詳細は patagonia.jp/artifishal をご覧ください。

このエッセイはMarch Journal 2019に掲載されたものです。

20191031日、『アーティフィッシャル』フィルム全編を公開しました。

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